国会での演説や答弁などを記録する「速記者」という職業があり、その人たちが使う速く記録するための手法が、暗号のような崩し字(略字)の「速記文字」を用いた「速記術」です。
それと同様に、以前から本を速く読むための「速読術」というものがありました。ところが最近、書店で立ち読みをしていると、それをさらに上回るような「瞬読術」の本を見つけました。
今回はこの「速読」と「瞬読」について考えてみたいと思います。
1.速読術
(1)速読術とは
「速読術」(speed reading)とは、「文章を速く読むための技術」で、「読書速度を向上させ、効率的に大量の書物を読破する技術」のことです。
驚異的な記憶力の持ち主だった南方熊楠(1867年~1941年)は、蔵書家の家で100冊を超える本を見せてもらい、それを家に帰って記憶から書写するという卓抜した能力を持っていたと言われています。これはやや誇張ではないかと思いますが、「写真記憶」のような方法で「速読」していたのでしょう。
かつてはこのように「文字を写真記憶する」などの個人の才能に依存する方法が主流でしたが、徐々に科学的な訓練方法が確立されつつあります。
(2)速読の訓練方法
一般的な読書の場合、声に出して「音読」せずに、文字を追って「黙読」しています。
これに対して「速読術」では、視野を広げて「視読」を行います。
具体的には、「目を一定の間隔の間を行き来させる」「2行以上をまとめて読む」「本をパラパラとめくりながら1ページあたり1秒~数秒程度眺める」などです。
日本語の場合は「漢字」が表意文字であるためイメージ化しやすく、漢字に注目していけば自然に速読できるとのことです。また、「目次ページ」を最初によく見ておけば、章タイトルで筆者が何を言いたいのか理解しやすくなるとのことです。
私は本格的な速読術を実践したことはありませんが、何となくわかるような気がします。
欧米人や英語が得意な日本人と違って、私は英語の本や新聞を数秒眺めても、内容がわからず頭には入りません。ところが日本語の本や新聞の場合は、流し読み・斜め読み・飛ばし読み・拾い読みを自然と実践しています。特に新聞は、ざっと目を通して、気になった個所だけじっくり読むのが普通です。本の場合、だらだらと書いてある場合が多く、一字一句精読しなくても全体の理解に支障はありません。
(3)速読術普及団体等
1984年に日本初の本格的速読普及活動を開始した「日本速読協会」、速読能力開発に関して特許を取得した川村明宏氏、「栗田式SRS速読法」を開発した栗田昌裕氏などが有名です。
2.瞬読術
(1)瞬読術とは
「瞬読術」とは、「一般社団法人瞬読協会」の説明によれば、「あらゆる人の『右脳の潜在能力』を引き出す最強の『脳力』開発メソッド」だそうです。
2018年11月に山中恵美子氏の「瞬読」(副題:1冊3分で読めて、99%忘れない読書術)という本が出版されています。
この本によれば、要するに「瞬読」とは、「文字や単語の断片から内容を想像して理解するという方法」のようです。したがって、我々が理解できる内容の文章でなければ、使えない方法です。法律学・医学の本や英語の論文などの難しい本はとても無理です。
(2)瞬読の訓練方法
「右脳」とか「潜在能力」とかの文句を使って「夢のような効果」を宣伝するのは詐欺的商法によくあります。
「瞬読術セミナー」(参加費1万円)に参加した方の「口コミ」や「体験レポート」がネット上にいくつも掲載されています。「明らかに瞬読術にヨイショしている口コミ」もありますが、批判的に書いている記事もあります。それによれば、「瞬読という魔法のメソッドなどは存在しない」という結論でした。
簡単な文章を2回も読めば、読むスピードが上がるのは当然です。体験セミナーで読まされる本はそういった軽い読み物のようです。内容もじっくり読まなくても容易に想像がつくものだったそうです。最初に内容を理解するためにゆっくり読ませ、理解度を確認するテストがあるそうです。次に速さを競うように「瞬読」させるのだそうです。後の「瞬読」については「速さ」だけが計測され、理解度は問われないそうです。そして、「右脳を使ってちょっと訓練するだけで、最初の時より何倍も読むスピードが上がりました」と講師は説明するそうです。
講師の話では、「『瞬読』という本(1,540円)を読んだだけでは、ぶっちゃけ出来るようにならない」ということだそうです。それで、「本講座」(258,000円)への勧誘があり、「今クレジットカードで支払うと198,000円に割引します」とのことでしたが、体験レポート投稿者は当然ながら申し込まなかったそうです。
(3)瞬読術普及団体等
一般社団法人瞬読協会(代表理事:山中恵美子氏)というのがあります。山中恵美子氏は「国際脳機能開発協会」の会長をされているそうですが、詳しいことはわかりません。
3.速読術・瞬読術についての疑問
速読術や瞬読術は、とにかく速く読むことに力点を置いていますが、そうなると「内容を深く理解すること」や「記憶すること」「批判的に考えること」を行う時間的余裕が不十分で欠落するのではないかと心配です。
「読書法」として、「流し読み」「斜め読み」「飛ばし読み」「拾い読み」のように大雑把に全体を理解する「通読」と、正確に理解して記憶するための「精読」とがあります。
「速読術」は「通読」を効率的に行うための方法の一種だと私は思います。
ただ、「瞬読術」は本当に効果的な通読方法なのか疑問だと私は思います。スポーツの場合もそうですが、スピードを追求し過ぎるのはかえって危険だと思います。「瞬読術」が「詐欺的商法」にならないか心配なくらいです。
むしろ読書においては、「スピード」よりも「どの本を読むかの選択」の方が重要だと私は思います。そして「著者が言いたいことを理解し記憶する」ことで事足れりとするのではなく、批判的な読み方をして、「著者が言っていることは本当に正しいのか」と自分の頭で考えるのでなければ、読書の意味は半減すると思います。
4.大般若転読会
天台宗の年中行事に「大般若転読会(だいはんにゃてんどくえ)」というのがあります。
これは「大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみったきょう)」600巻を「転読」(経題と文句を唱える間、経を繰り広げて読誦しているようにする)して、国家安穏、家内安全、厄難消除などを祈願する法会のことです。
これは禅宗の曹洞宗の寺院でも行われているようで、「隆伏一切大魔災諸成就」と唱えながら転読するそうです。私は宗教を一切信じませんので詳しいことは知りませんが、浄土宗などほかの宗派でも同じように「経典の虫干し」を兼ねた年中行事があるようです。
時々テレビで「お経の虫干し」を兼ねた行事として紹介されることがありますので、ご覧になった方も多いと思いますが、どこか「瞬読」と似ていますね。
「1冊10分」で読める速読術 (知的生きかた文庫) [ 佐々木豊文 ]
齋藤孝の速読塾 これで頭がグングンよくなる! (ちくま文庫) [ 斎藤孝 ]