1.ジョン・ケネス・ガルブレイス
私が大学生のころ、ジョン・ケネス・ガルブレイス(1908年~2006年)と言えば「豊かな社会(The Affluent Society )」や「新産業国家(The New Industrial State)」などの著作で大変有名なアメリカの経済学者でした。
ジョン・メイナード・ケインズ(1883年~1946年)はすでに評価の定まった伝説的な経済学者でしたが、ガルブレイスは当時現役バリバリの経済学者という感じでした。
「豊かな社会」では、「企業の広告・宣伝によって、物を買っても買っても欲望が満たされない精神的欠乏が、かつての貧困に取って代わる」という「依存効果」理論を提起しました。
「新産業国家」では、「現代経済社会は、資本を所有する事業家ではなく、広く専門的な知識・情報・才能・経験を有する専門家集団の経営陣(テクノクラート)が企業の意思の決定を担う」とし、これを「テクノストラクチャー」と呼びました。「消費者主権から生産者主権への移行が生まれ、巨大企業が市場を操作し、価格を調整し、能動的に市場機能に関与する」としました。
2.不確実性の時代
ガルブレイスが1977年に著した「不確実性の時代(The Age of Uncertainty)」は日本でもベストセラーになり、この言葉は流行語になりました。
「不確実性の時代」は「経済思想史の一般向け解説書」で、アダム・スミスやマルクス、ケインズについての解説があります。
彼は「大きな政府を求める立場」を取っています。郵便・通信・公共運輸などを国有化し、不況時には緊縮財政ではなく、赤字国債を発行してでも公共事業を求める立場です。
ところで「不確実性の時代」と彼が言っているのは次のような意味です。
前世紀(19世紀)にあっては、資本家は資本主義の繁栄を確信し、社会主義者は社会主義の成功を、帝国主義者は植民地主義の成功をそれぞれ確信しており、支配階級は自分たちが支配するのは当然だと考えていました。しかし、こういった確実性は今やほとんど失われています。
彼は、アメリカが経済大国となり人々が浮かれている時に「物質的な豊かさが幸福とは限らない」として、消費社会に警鐘を鳴らしています。
また、株価がどんどん上がってまた人々が浮かれだしたバブルの時には、「これはバブルだ。必ず暴落するぞ」と警告しています。彼は1929年の「大恐慌」を実際に経験した人なので説得力があったはずなのですが、有名な経済学者も含めてバブルの渦中にあった人々には通じませんでした。彼はこの時「通念(一般に共通した考え)を疑ってみることの大切さ」を身をもって学んだと述べています。
3.ノーベル経済学賞を受賞できなかったことにまつわるエピソード
彼は反骨精神の持ち主で、孤高の人だったようです。
1970年にノーベル経済学賞を受賞したポール・サミュエルソン(1915年~2009年)は、私が大学生のころは「経済学の教科書」=「サミュエルソンの『経済学』」と言われるほどの経済学者ですが、彼はガルブレイスについて次のように述べています。
自分たちノーベル賞をもらった者が書いた本は、半世紀後には誰も読まないだろう。しかし、ガルブレイス氏の本は読まれ続けるだろう。
経済学者のトーマス・カリアーも「偏見の強いノーベル賞選考委員会は、知名度・人気も抜群の20世紀の経済学者をもう一人(一人は、ジョーン・ロビンソン)を、賞の対象から外してしまった。リベラル過ぎる・数学的でないなど理由はどうあれ、巨匠ガルブレイスの名がないことは、受賞者名簿の不備を際立たせる一例である」と指摘しています。
何だか「ノーベル文学賞候補の村上春樹さん」のケースに似ているような気がしますね。