皆さんは「カエサルの物はカエサルに」(皇帝の物は皇帝に)という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか?
今回はこの言葉について、わかりやすくご紹介したいと思います。
1.「カエサルの物はカエサルに」(皇帝の物は皇帝に)とは
これは新約聖書「マタイによる福音書」「マルコによる福音書」「ルカによる福音書」の中に共通して書かれている逸話で、「神への服従と国家に対する義務とは次元の違うものであって、両者をともに守ることは矛盾ではない」と説いたイエス・キリストの言葉です。
転じて「物は、本来あるべきところに戻さなければならない」「本来の持ち主に返せ」という意味にも用いられます。
「カエサルの物はカエサルに返さる(かえさる)べき」ということでしょう。
2.この言葉の由来となった故事
イエスを敵視する「パリサイ人」が、イエスの言葉尻を捉えて彼を陥れようとして、「カエサルに税金を納めてよいでしょうか?」と尋ねると、イエスは相手に「貨幣に彫ってある肖像は誰か?」と問い返しました。
相手が「カエサルです」と答えると、「それではカエサルの物はカエサルに、神の物は神に返しなさい」と述べたという故事です。
なお、「パリサイ人」とは、「パリサイ派(ファリサイ派)」と呼ばれるユダヤ教の一派を信仰する人々のことです。
当時キリスト教は新興宗教で、従来からある伝統的なユダヤ教から攻撃され、ローマ帝国からも人心を惑わすものと睨まれていたので、ローマ帝国の法に従って納税義務は認めつつも、信仰では譲らないと宣言したかったのでしょう。
政治家のような巧妙な答弁ですね。
この故事を題材にしたさまざまな絵画も描かれています。
下の画像は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオの絵画「納めるお金」です。
次の画像は、ドミンゴス・セケイラの絵画「皇帝の硬貨」です。
3.皇帝の硬貨の「カエサル」とは誰?
イエス・キリスト(B.C.6年か4年頃~A.D.30年頃)が「カエサルの物はカエサルに」と言った「カエサル」は、有名な「ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)」(B.C.100年~B.C.44年)ではなく、第2代ローマ皇帝のティベリウス(B.C.42年~A.D.37年、皇帝在位:A.D.14年~A.D.37年)です。正式な名前は「ティベリウス・ユリウス・カエサル」です。
彼は初代皇帝アウグストゥスの養子で、イエス・キリストが世に出て、刑死した時のローマ皇帝です。
下の画像は、ティベリウス皇帝の肖像が刻印されたデナリオン銀貨です。
なお、ジュリアス・シーザーの正式な名前は、「ガイウス・ユリウス・カエサル」です。
余談ですが、この故事の当時、為政者の肖像をコインに刻む行為はよく行われていましたが、ユダヤ人は偶像崇拝をタブーとしていましたので、ユダヤの君主はハスモン朝の王たちやヘロデ王は自分の肖像をコインに入れずに、名前と在位年を記す程度でした。
ローマの同盟領主は銅貨の鋳造は独自の判断で行えましたが、銀貨以上は原則認められませんでした。そのため銀貨を使う場合は、ユダヤ人たちもローマ帝国が発行する皇帝の肖像入りの銀貨を使用するしかありませんでした。