「生老病死」という言葉があるように、人間は生れ落ちると、誰しも「死」から逃れることは絶対にできません。
老年になると、月日の経つスピードが速く感じられ(ジャネーの法則)、誕生日が来るたびに「また一つ年を取った」と嘆息したりしがちです。
「老人性うつ」も増えているという話も聞きます。
これは「これからは気力も体力も落ちる一方…」などと将来に漠然とした不安を抱えて悲観しているサインです。
ところが意外なことに実際には、世界中の多くの高齢者が「今が一番楽しい」と答え、毎日に幸せを感じているという調査結果が出ています。
1.年は取りたくないという心理
(1)年を取ると失う物が増えるという思い込み
ある一定の年齢を越えると、私たちはつい年を重ねることをネガティブに考えがちです。高齢になるほど体力は落ちますし、退職を迎える頃には収入が減ると同時に、社会との関わりそのものが薄れてしまったような心細い気持ちになることもあるかもしれません。“年をとる=多くのものを失う”というイメージは、加齢に対する不安の大きな一因と言えるでしょう。
(2)老いは克服すべき試練だという思い込み
年を重ねることへのそうした不安は、「なるべく長く若さを保っていたい」という心の焦りを生むことがあります。
心身の健康を気遣うことは確かに大切ですが、加齢を否定的に捉えるあまり憂鬱になってしまう人にとって、老化現象の全てはまるで克服すべき大きな試練のようです。
2.「幸福感のパラドックス」(「加齢のパラドックス」)
しかし、実際に高齢者と呼ばれる年齢の方々に今の生活について尋ねてみると、決して不満の多い人ばかりではありません。むしろ、「若い頃より楽しい」と答える人も多いのです。
NPO法人「老いの工学研究所」による高齢者研究では、高齢期に幸福感が向上していくという結果が出ています。40才~70才台の男女に「人生を振り返り、各年代の幸福度を100点満点で評価してください」という質問をしたところ、次のような結果となりました。
実は、国内外の諸研究でも同じような結果が出ています。
高齢者は健康を損なったり、身体的機能が衰えたりします。あるいは仕事を引退して収入が減ったり、活動範囲が狭まって刺激がなくなったり、家族や友人、知人との別れを経験したりします。
この「普通に考えれば、幸福感は低下するはずなのに、実際には幸福感が徐々に向上していく現象」は、「幸福感のパラドックス」(または「加齢のパラドックス」、「高齢化パラドックス」)と呼ばれています。
ちなみに「パラドックス」とは、「逆説」という意味で、有名な「パラドックス」には、「アキレスと亀のパラドックス」「フェルミのパラドックス」「床屋のパラドックス」などがあります。
3.「幸福感のパラドックス」(「加齢のパラドックス」)が起きる理由
このパラドックスについて、さまざまな研究者が試みた説明には、以下のようなものがあります。
(1)離脱(世俗から離れることによる幸福)
高齢者は社会活動から離脱し、活動範囲を縮小します。そのため人との比較から生じる「できない」という否定的感情を持つ機会が自然に減少します。これが、幸福感が維持される理由です。
仕事を引退したり、それまで参加していたコミュニティから身を引く年齢になると、少し淋しさを感じる一方、無理な人付き合いから解放されて気が楽になることがあります。他人と自分との能力差や境遇を比べてストレスを感じる必要もなく、自分の価値観に従ってマイペースに過ごすことができる毎日は、心に平穏な幸福感をもたらしてくれると言えます。
(2)活動(新たな取り組みによる幸福)
高齢者は、それぞれの環境に見合った新しい役割や居場所を見出し、自律的に社会活動を再開しています。これが、幸福感を維持する理由です。
引退によって社会的な居場所を一部失ったとしても、時間的・精神的余裕ができたことで、共通の趣味などを持った人々と新たな人間関係を築けるのも楽しみのひとつです。また、これまでの経験を活かし、別の形で社会貢献をしようと取り組む高齢者には、より自分らしい新たな居場所とやり甲斐が生まれます。
(3)継続(強みの発揮による幸福)
高齢者は、自身の過去の経験や社会関係を、その後も継続的に活かすような活動を行っており、社会もそれを認めて受け入れます。そのため、幸福感を維持できるのです。
高齢者の豊かな人生経験は、後に続く若い世代の大きな助けとなります。異なる世代がお互いの知識や考え方を分かち合うことは新しい刺激をもたらしますし、人生の先輩としての役割を与えられ頼られていると実感することは、高齢者の心身を元気にしてくれます。
(4)最適化(目標に対する態度による幸福)
高齢者は、肉体的・精神的衰えに従順になる傾向があり、柔軟に目標を変え、また目標の達成に執着しすぎることがありません。集中するべき目標を適切に選び、仮にそれが達成できなくても、自己否定することなく、上手に自己を最適な状態に調整できます。現状に対する最適化によって幸福感を維持しているわけです。
年をとっても努力によって若者に負けない体力や知力を磨き続ける人もいますが、多くの人はある程度の時点で「年相応」という現実に上手に対応していきます。今の自分にふさわしい目標を立て、焦らずじっくりと歩んでいく楽しみを見つけた高齢者は、例え結果が思ったように出なくても自己否定することなく、挑戦することそのものに幸福を感じると言われています。
(5)発達(精神的成長による幸福)
高齢者の幸福感は「仕事や役割に執着せず、引退を受け入れる」「身体的健康に執着せず、衰えを受け入れる」「死に対しても、逃れられないものとしてそれを受け入れる」という精神的に高次の段階に至ることによって得られています。
人生の終わりを意識すると、多くの人は生と死に関する観念が変わると言われています。今まで当たり前に過ごしていた日常や季節の移ろいに心を動かされたり、家族・友人との絆に改めて感謝の念を抱いたりしながら、そこに幸福感を見出だします。
また、自己中心的な考え方から抜け出して、残りの人生を社会や他人のために役立てることに歓びを感じる高齢者が多いのも、こうした他者との関わりにこれまで以上の深い価値を見ているからかもしれません。
(6)老年的超越(精神的超越による幸福)
高齢者は、まず身体的・社会的に限界が生じることを自然に受容します。さらに、死にする恐怖心ではなく、生と死について新しい認識を持ちます。利己主義から利他主義へ移行し、人間関係における深い意味を見出します。このような超越的次元に移行することで、幸福感を維持するのです。
年齢による自身の衰えを実感するのは誰にとってもつらいものですが、いつまでも若さや理想にこだわっていると、年を重ねるほど自分に対して否定的な気持ちが生まれてしまいます。年齢と上手に折り合いをつけながら今の生活を楽しめている高齢者は、「人は生きていれば誰でも老いる」という現実を穏やかに受け止め、人生につきまとう焦りや不安からも解放されていると言えるでしょう。
4.年を取ることを楽しむ人の考え方
加齢を自然なことと受け止め、人生の選択に納得しながら、その年齢に合わせた暮らしをポジティブに楽しんでいる人はたくさんいます。
若い頃ではできなかった物事の捉え方や価値観に徐々にシフトしていくことで自分らしさを発見し、かえって若々しく輝いて見えるのです。そんな人たちの考え方には、どんな特徴があるのでしょうか?
(1)自己を確立しているため、物事への判断基準が明確
仕事の上でも、また私生活においても、若いうちは未経験のことに多く挑戦するためさまざまな場面で迷います。しかしそこで悩みながら選択を続けて来たことが自己の確立に繋がり、ある程度の年齢に達する頃には、自分にとって後悔の少ない決定がどれなのか、判断するための基準が明確になってきます。そのぶん無駄に悩まなくても良いので、時間を有意義に使うことができ、精神的なストレスも軽減できます。
(2)物欲が減り、必要なものだけがあればいいと思える
流行の服や雑貨に目移りしたり、子どもたちのために必要なあれこれを買い揃えたり。家の中に物が増えすぎて、整理整頓に苦労する時期は誰でも一度は経験していると思います。しかし、次第に年齢を経て仕事や生活環境が変化し、子どもたちにも手がかからなくなってくると、物欲に対する向き合い方も少し変わってくるようです。
一定の人生経験を経た人ほど、これからの生活に本当に必要なものとそうでないものをはっきりさせたい、と考える傾向が強くなります。最近では「ミニマリスト」という言葉もよく聞くようになりました。使い勝手の良い厳選したものだけを手元に残し、できるだけ身軽ですっきりとした暮らしを選びたいという人は、今後もさらに増えていくかもしれません。
(3)経験を積んだ分、若い頃のような漠然とした不安が減る
就職、結婚など決断しなければならない節目が続く年齢には、不確定な将来への期待や不安に心が大きく揺れ動きます。
それに対し、一通りの人生経験を積んだ大人は、自分が選び取った結果である今をどう充実させるかという点に重きを置きます。若い頃よりは自分の感情を扱うことにも長け、精神的に安定しやすいと言えるでしょう。
(4)背伸びすることなく、今の自分を受け入れることができる
若い頃に様々なチャレンジを続けてきた人は、その経験によって自分の得意なことがわかると同時に、どうしても受け入れられなこと、向いていないことも自覚しています。可能性を求めてあらゆることを頑張る時期も必要ですが、自分という人間が大体わかってきたら、等身大の自己を受け入れることも大切です。背伸びせず、飾りすぎずに生きていこうと決めると、人生をもっと楽しむ余裕が生まれてきます。
(5)終わりがあると意識することで今を大切にできる
体力にも気力にも自信がある若い頃には、時間の使い方や自分の健康についてもあまり深く気に留めることはありません。
でも少しずつ体力が衰えてきたり、同世代の健康問題が話題に上る年齢になると、やがて自分にも老いが近付いてくるのだと気付き始め、少し不安になる方も多いのではないでしょうか。
ですが何事にも限りがあると気付くからこそ、有限である時間の使い方や健康な身体の有り難さ、周囲の人々との繋がりの大切さについて改めて見直すことにも繋がります。自分が今持っているものの価値をわかっている人ほど、何気ない毎日を丁寧に暮らすことができるのかもしれません。
(6)否定的な感情が少なくなる
自分の価値観を中心に物事を判断しやすい若い頃は、違う意見にぶつかると「なぜわかってもらえないのか」と苛立ったり悲しくなったりしがちです。でもやがて多くの他者と出会い、交流を重ねるうちに、相手にも相手の言い分があること、正解はいつも一つとは限らないことがわかってきます。否定的な感情を一旦置いて、まずは理解を深めようとする姿勢は、長い社会経験の中で育まれた大人ならではの余裕と言えます。