前回まで、「ホトトギス派の俳人」16人(「ホトトギス派の俳人(その16)杉田久女:虚子との確執で有名な悲運の女流俳人」など)と「ホトトギス派以外の俳人」14人(「ホトトギス派以外の俳人(その14)長谷川かな女:大正期を代表する女流俳人」など)を紹介する記事を書いてきました。
ホトトギス派は、「客観写生」「花鳥諷詠」「有季定型(季語のある定型俳句)」を旨としましたが、それに飽き足りない俳人たちが、「無季俳句」や「自由律俳句」などを標榜する「新興俳句運動」を起こしました。
私は、「新興俳句運動」を全否定するつもりはなく、それなりの歴史的意義はあったと思います。しかし、私はやはり季節感溢れる「季語」を詠み込んだ「定型俳句」に魅力を感じます。
そこには、現代の私たちの生活から失われつつある(一部はほとんど失われた)季節感が溢れており、「懐かしい日本の原風景」を見るような気がします。
そこで今回から、「二十四節気」に沿って季節感あふれる「季語」と俳句をご紹介していきたいと思います。
なお、前に「季語の季節と二十四節気、旧暦・新暦の季節感の違い」という記事も書いていますので、ぜひご覧下さい。
「夏」は旧暦4月~6月にあたり、「初夏」(立夏・小満)、「仲夏」(芒種・夏至)、「晩夏」(小暑・大暑)に分かれます。
今回は「仲夏」(芒種・夏至)の季語と俳句をご紹介します。
・芒種(ぼうしゅ):新暦6月5日頃です。「五月節」 稲などの(芒のある)穀物を植えます。
・夏至(げし):新暦6月21日頃です。「五月中」 昼の長さが最も長くなります。
5.行事
(1)あ行
・愛染参(あいぜんまいり):6月30日から7月2日まで、大阪市・愛染堂で行われる会式
・愛染祭(あいぜんまつり):6月30日から7月2日、大阪天王寺区の勝鬘院の夏祭。
日本最古の夏祭とされ、大阪で最も早く開かれる夏祭でもある。愛染明王は愛嬌と人気の仏であることから、芸妓や演劇関係者の尊崇を集めている。芸妓や愛染娘らの華やかな行事が行われる
・青葉祭(あおばまつり):6月15日、高野山金剛峯寺で行われる弘法大師の降誕会
・県祭(あがたまつり):宇治市の県神社の例祭。6月6日午前零時、梵天と呼ばれる大幣に神霊が移され御旅所に渡御する。その間、沿道の家々は灯りが消され、暗闇の中を行列が進むことから「くらやみ祭」ともいわれる。男女雑魚寝をして待っていたことから、「種貰い祭」ともいわれた
針さしに 県祭の 案内札(松瀬青々)
・朝顔市(あさがおいち):7月6日から8日まで、東京入谷の鬼子母神(お産と育児の神)で催される縁日。朝早くより鉢植えの朝顔を売る店が境内の内外に立ち並ぶ。明治時代に始まったと言われている
・浅草富士詣(あさくさふじもうで):江戸浅間祭(えどせんげんさい)の別称
・熱田祭(あつたまつり):6月5日に行われる名古屋市熱田神宮の例祭。本宮で祭儀がとり行われ、境内では子供みこし、武道大会、芸能などが奉納される。夜は献灯巻わら台がともされ、花火が打ち上げられる
・雨づつみ(あめづつみ):五月忌(さつきいみ)の別称
・菖蒲合せ(あやめあわせ):平安時代、貴族の遊戯として行われた、菖蒲の根の長さを比べ歌をよみ添えて勝負を争ったもの
・菖蒲印地(あやめいんじ):印地打(いんじうち)の別称
・菖蒲刀(あやめがたな/しょうぶがたな):子どもらが、端午の節句に腰に挿して遊んだ木の太刀を言う
初孫や ふぐりを持ちて 菖蒲太刀(相島虚吼)
・菖蒲の占(あやめのうら):菖蒲を結んで軒にかけ、事の成就を占った女の子の遊び
・菖蒲の帷子(あやめのかたびら)/菖蒲帷子(あやめかたびら):端午の節句に身につけた帷子をいう。菖蒲は邪気を祓うということで五月中身につけていた
・菖蒲の根合(あやめのねあわせ):平安時代の貴族の遊び。菖蒲の根の長さを競って勝負を決した。『増山の井』には「その式、歌合の儀のごとし」とあって、その場で和歌を競い合ったこともうかがわれる
しるしなき 菖蒲の占を 恨かな(松瀬青々)
・菖蒲の枕(あやめのまくら):端午の夜、菖蒲を枕の下に敷いて寝ること。そうすることで邪気がはらわれると信じられていた
・菖蒲引く(あやめひく/しょうぶひく)菖蒲刈る/菖蒲売:端午の節句には、菖蒲で作った人形を飾ったり、菖蒲そのものを門戸に飾って邪気を祓った。その菖蒲を刈ることをいう
菖蒲売り 葺いてまでゆく 庵かな(加賀千代女)
長々と 肱にかけたり 菖蒲売(加舎白雄)
・菖蒲浴衣(あやめゆかた):菖蒲帷子の別称
・率川祭(いさかわまつり):「三枝祭」の別称。率川神社で6月17日に行われる例祭で、一般には 「ゆり祭り」 の俗称で知られている 。 三輪山 に咲く 笹ゆり は古くは さいぐさ と呼ばれ、この花が供えられる
・石打ち(いしうち):小石を投げ合う遊戯。石投げ。石合戦
・伊勢の御田植(いせのおたうえ):伊勢神宮の神嘗祭など諸行事に供える御料米をとる神田の田植をする儀式。
楠部町神田は5月上旬、磯部町御料田は6月24日に御田植祭を行う。笛、太鼓、ささらの演奏のうちに、早乙女や立人が田を植える。大きな団扇を奪い合う「竹取神事」もある
・虎杖祭(いたどりまつり):貴船祭の別称
・五日の節会(いつかのせちえ):陰暦5月5日に宮中で行なわれた節会。端午の節会
奈良時代以後の朝廷年中行事の一つ。毎年5月5日に天皇が武徳殿に出て、群臣に宴を賜り、あとに騎射が催された。参列する人々は菖蒲 (あやめ) を鬘 (かずら) につけた。平安時代後期には衰えた
・犬追物(いぬおうもの):陰暦5月5日に宮中で行われた騎射の一種で、犬を追物射(おいものい)にすること
・井守の印(いもりのしるし):「守宮を搗く」の守宮(やもり)が日本で誤って井守(いもり)に転化したもの
・井守を搗く(いもりをつく):中国の宮廷にかかわる端午の日の故事。守宮に赤い砂を与えて飼うと体全体が赤くなる。それを端午の日に搗き殺してその血を、ひとの体に塗る。罪を犯せばその色が消えるというもの。女官たちの淫行を戒めたもので、ゆえに守宮という。日本には井守として伝えられた
ゐもりつく 王の秘メ事 窺ひけり(松瀬青々)
・入谷朝顔市(いりやあさがおいち):朝顔市に同じ
・印地打(いんじうち):5月5日の端午の節句に行われた遊びの一つ。川原などで子どもが二手に分かれ、石を投げ合うもの。時には大人も混じって壮絶な戦いになるようなこともあった。朝廷や幕府は再三これを禁止した
石を打つ 印地は五月 碁(ご)にちかな(松永貞徳)
おもふ人に あたれ印地の そら礫(つぶて)(服部嵐雪)
・印地切(いんじきり):印地打の別称
・右近の荒手番(うこんのあらてつがい):平安時代、陰暦5月4日に一条大宮の右近の馬場で行なわれた騎射の式。真手番(まてつがい)の略儀
・右近の真手番(うこんのまてつがい):右近の荒手番に同じ
・鵜坂の杖(うさかのつえ):鵜坂祭に使われる道具
・鵜坂祭(うさかまつり):陰暦5月16日、富山県婦中町・鵜坂神社で行われた奇祭。現在は行われていない
・牛供養(うしくよう):花田植の別称
・馬弓/騎射(うまゆみ):陰暦五月五日(端午の節句)に宮中で行われた騎射の儀式。選ばれた射手が馬上から的を射るというもの
・江戸山王祭(えどさんのうまつり):山王祭に同じ
・江戸浅間祭(えどせんげんさい):富士山信仰と深く関わる浅草浅間神社の祭礼。
神社を一段高いところに設け、それを富士山に見立てた山開きが行われる。明治以降、富士の山開きが7月1日になったのをきっかけに、6月1日、7月1日を中心に年二回の祭礼となった。当日は植木市が並び多くの人でにぎわう
・延暦寺六月会(えんりゃくじみなづきえ):伝教会の別称
・樗葺く(おうちふく):端午の節句の前夜、地方によっては菖蒲の代わりに樗を軒に葺いた邪気払いの風習
・樗を佩ぶ(おうちをおぶ):樗の葉を腰に佩びて霊気を避けること。端午の節句に行われた、軒に樗の葉を飾る習慣もあった
・桜桃忌(おうとうき):小説家太宰治の忌日。6月13日。
太宰治は明治42年(1909年)6月19日、青森県金木村(現五所川原市)に生まれた。本名津島修治。1933年より小説の発表を始め、1935年に「逆行」が第一回芥川賞候補となる。
代表作に「斜陽」「富嶽百景」「走れメロス」「津軽」「斜陽」「人間失格」など。昭和23年(1948年)6月13日、東京三鷹の玉川上水に入水自殺した。発見されたのが誕生日と同じ6月19日。この日を忌日とする歳時記もある
・大田植(おおたうえ):花田植の別称
・御田植(おたうえ):(「お」は接頭語) 神田(しんでん)で行なわれる田植えの神事。
伊勢神宮(6月24日)、住吉神社(6月14日)など。これがすむと、一般農家の田植えが始まる。おたうえまつり。おんだまつり
・御田植祭(おたうえまつり):伊勢の御田植に同じ
・御田扇(おたおうぎ/おんだおうぎ):伊勢の御田植の神事の一つ
・鬼太鼓(おにだいこ/おんでこ):6月25日、新潟県新穂村の天神の祭礼。最近は4月に行われたりもする
・お御田祭(おみたまつり):伊勢の御田植の別称
・尾山祭(おやままつり):6月13~15日。百万石祭の別称
石川県金沢市で、六月中旬に行われる。加賀藩の祖、前田利家が、1583年6月14日、金沢城に入城したことに由来する。百万石行列をはじめ、薪能、茶会などのイベント行われる
・御田(おんだ):寺社や皇室等が所有する領田のこと、またその領田で行われる 行事 。
日本人と稲作の深い関わりを示すものとして、多くの御田に関する行事が日本各地に伝承されている
・御田祭(おんだまつり):伊勢の御田植の別称
・女天下の日(おんなてんかのひ):5月5日のこと。五月忌(さつきいみ)に由来する言葉
・女の家(おんなのいえ):5月5日のこと。五月忌(さつきいみ)に由来する言葉
(2)か行
・艾人(がいじん):菖蒲人形の別称
・笠懸(かさがけ):選ばれた射手が馬上から的を射るというもの。端午の節句に行われた昔の天覧の儀式
・飾り冑(かざりかぶと):菖蒲冑の別称
・川社/河社(かわやしろ):夏越の祓の一つ。川のほとりに社をたてて、神楽を奉納すること
・鑑真忌(がんじんき):律宗の開祖である帰化僧鑑真和上の忌日。
中国から十年余の歳月を経て渡来。759年に唐招提寺を建立した。763年5月6日入滅。唐招提寺では6月6日に忌日法要が行われる。また唐招提寺に伝わっている鑑真像は、日本最初の肖像彫刻といわれている
・騎射(きしゃ):馬弓/騎射(うまゆみ)に同じ
・貴船神事(きふねしんじ):貴船祭の別称
・貴船祭(きふねまつり):6月1日、京都市左京区、貴船神社の祭礼。明治以前に行われていた御更衣祭に起源する。神職らが虎杖(いたどり)を摘み競ったことから虎杖祭ともいう。神輿巡礼や子供千度詣、招福餅まきや神楽などが行われる
・儀方を書く(ぎほうをかく):端午の節句の習慣。紙に儀方の二字を書いて壁や柱などに貼れば、蚊をよせつけないという
・儀方を書す(ぎほうをしょす):5月5日、家の四方にお札を張って虫除けをする中国の古い俗信
・草合せ(くさあわせ):5月5日の端午の節句の遊び。野に出て草を摘み、その草を比べあって優劣を決めるというもの
君が手の 扇の影や 草合せ(石井露月)
珍草の 香もたゞならぬ 合せけり(佐々木北涯)
合はす草を 蝶のよに選る 水辺かな(原月舟)
・薬玉(くすだま):端午の節句に邪気払いのため柱に掛けたりした飾り。沈香、丁字などの香料を錦の袋に入れて玉にし、菖蒲や蓬などを飾り、長い五色の糸を垂らした。長命縷、続命縷はその漢名である
薬玉や 灯の花の ゆるぐまで(池西言水)
唐猫に 五月の玉や たますだれ(椎本才麿)
薬玉や 五色の糸の 香に匂ふ(三宅嘯山)
玉の緒の そのしだり尾や 長命縷(吉田冬葉)
・薬狩(くすりがり):端午の節句に摘む薬は特別の効能があるとされた。この日、女は野に出て薬草を摘み、男は鹿を捕らえてその袋角を薬とした
・薬の日(くすりのひ)/薬日(くすりび):陰暦5月5日のこと。この日に薬玉 (くすだま) を掛けたからとも、薬狩りをしたからともいう
・鞍馬の竹伐(くらまのたけきり):6月20日、五穀豊穣を祈って京都鞍馬寺で催される行事。
近江座「近江地方」と丹波座「丹波地方」に分かれた法師らが、大蛇に見立てた青竹を太刀で競い切る。勝った方が豊作であると、豊凶の占いとした勇壮な祭である。本堂では蓮華会が修せられる
・鞍馬の竹伐会式(くらまのたけきりえしき):6月20日、京都・鞍馬寺の蓮華会における行事
・鞍馬の蓮華会(くらまのれんげえ):6月20日、京都鞍馬寺の毘沙門堂で法師が山刀で大蛇に見立てた青竹を切る式。鞍馬の竹切り。竹切の会式
・くらやみ祭(くらやみまつり):東京府中市の大国魂神社の祭礼。
4月30日から5月6日にかけて行なわれるが、5日の大太鼓送り込みから神輿渡御、6日未明から朝にかけての神輿還御が最も盛り上がる。六基の大太鼓と八基の神輿が出て神輿渡御が行われる。昔、夜中に真っ暗闇の中を神輿渡御したので「くらやみ祭」の名がある
・競渡(けいと):中国由来のボートレース。
中国戦国時代の屈原は王族として生まれ活躍したが、懐王に疎まれ汨羅江(べきらこう)に入水自殺した。その死を悼み霊を慰めるために5月5日の節句の行事として行なわれるようになった。江戸時代は盛んに行なわれており、長崎で行なわれるペーロンは中国福建省地方から伝わったもの。沖縄では爬竜船(パイロン)排竜とも呼ばれる
・競渡船(けいとせん): 競渡に使われる船
・削掛の甲(けずりかけのかぶと):削掛は、柳の枝を薄くそいで茅花状にしたもの。それを甲にかざして、端午の節句の飾り物とした。邪気を払うと言われている
・けずり甲(けずりかぶと):5月5日の端午の節句の飾り物の一つ
・源三位忌(げんざんみき):陰暦5月26日、源頼政の忌日。
頼政は平安後期の武将、歌人。保元の乱、平治の乱では勝者に属し、以仁王と共に平氏打倒を試みるも事前に発覚、奈良に逃れようとし宇治で自害。武勇に優れ 二度の、ぬえ退治は有名。歌人として優れ、藤原俊成に評され新古今時代を準備した
蔭ふかき 昔座敷や 頼政忌(松瀬青々)
・弘法大師降誕会(こうぼうだいしこうたんえ):6月15日、高野山金剛峯寺で行われる弘法大師の降誕会
・降臨祭(こうりんさい):聖霊降臨祭のこと
・紅緑忌(こうろくき):6月日、佐藤紅緑の忌日。
紅緑は明治・大正・昭和期の小説家・俳人。正岡子規に師事、著作に「俳句小史」「蕪村俳句評釈」「芭蕉論稿」などがある。小説家としては「行火」が認められたが、大衆文学に転じ「あヽ玉杯に花うけて」を発表。詩人サトウハチロー、作家佐藤愛子の父
・御更祭(ごこうさい):貴船祭の別称
・五旬節(ごじゅんせつ):キリスト教で、聖霊降臨日をいう。ペンテコステ。五旬祭。
カトリック教会の典礼暦で復活祭に先立つ 40日を四旬節と称し、その第1日目である水曜日を灰の水曜日というが、これに先立つ日曜日を五旬節の日曜日という。
四旬節の苦業と断食の期間直前の日曜日として、これに続く月・火曜日とともに歓楽に興じる俗習が生じた
(3)さ行
・三枝祭(さいくさまつり/さいくささい/みくささい):6月17日、奈良市本子守町率川神社の祭礼。三輪山で摘まれた 二千本余の笹百合が奉納され、巫女が百合を手に神楽を舞う。奈良朝の風俗を再現した、七媛女と稚児の行列があり、参詣者に百合が配られる。笹百合の古名「さいくさ」が、祭の名となった
・在五忌(ざいごき):陰暦5月28日、平安時代前期の歌人在原業平の忌日
・最澄忌(さいちょうき):6月4日、最澄(伝教大師)の忌日。伝教会(でんぎょうえ)が行われる
・左右近の馬場の騎射(さうこんのばばのうまゆみ):左近の馬場、右近の馬場で行われた騎射をいう。射手二人が的を狙って勝負を競った儀式。陰暦の5月3日から6日にかけて行われた
・さくらんぼ祭(さくらんぼまつり):六月の日曜日に山形県寒河江(さがえ)市で行われる祭
・左近の荒手番(さこんのあらてつがい):平安時代、陰暦5月5日に一条西洞院の左近馬場で行なわれた騎射の式。真手番の略儀
・左近の真手番(さこんのまてつがい):平安時代、陰暦5月5日に一条西洞院の左近馬場で行なわれた騎射の式
・五月忌(さつきいみ):陰暦五月を婚姻を避けるべき月としたこと。
中国では昔から、五月は悪い月とされていた。日本でも陰暦の五月は梅雨の季節として忌みされてきた
・五月狂言/皐月狂言(さつききょうげん):陰暦の5月5日から6日にかけて行われた歌舞伎の興行を言う。仇討ち狂言や、新作物が披露された
・札幌祭(さっぽろまつり):札幌市の北海道神宮の祭礼。6月14日から16日にかけて行われる。15日には神輿渡御があり、16日には八台の山車が市内を練り歩く。境内、中島公園に五百もの露店が並び、大勢の見物客でにぎわう
・山家会(さんげえ): (伝教大師の別称が山家大師であるところからいう) 天台宗で、宗祖伝教大師最澄の命日を修する法要。陰暦6月4日に行なわれる。六月会(みなづきえ)
・山王祭(さんのうまつり):6月7日から16日にかけて行われる東京都千代田区の日枝神社の祭礼。
山王祭は、江戸城内に入御した御神輿を、二代将軍秀忠が拝して以来、「天下祭り」として江戸三大祭の筆頭とされる。さらに京の祇園、大阪の天満祭とともに、日本三大祭りも数えられる。隔年で「神幸祭」が行われ華麗な王朝絵巻を行列が都内を巡行する
・三位祭(さんみさい):聖霊降臨祭の次の日曜日をいう。父なる神はキリスト、聖霊とともに唯一の主であるという三位一体の教儀を賛美し礼拝する祭日
・至聖祭(しせいさい):三位祭に同じ
・品川河童祭(しながわかっぱまつり):品川祭の別称
・品川天王祭(しながわてんのうまつり):品川祭の別称
・品川祭(しながわまつり):六月初旬週末に行われる品川神社の「北の天王祭」と荏原神社の「南の天王祭」の合同の祭礼。
南の天王祭は神輿を海にかつぎ入れて海中を練り歩くことから、「河童祭」とも呼ばれる。北の天王祭は千貫神輿の渡御がある。露店が百軒以上も出て、多くの人でにぎわう
・笞太刀(しもとだち):鵜坂祭に使われる道具
・楉祭/苔祭(しもとまつり):鵜坂祭の別称
・丈山忌(じょうざんき):5月23日。石川丈山(1583年~1672年)の忌日。江戸初期の漢詩人で書家・儒学者・茶人・作庭家であった。六六山人、四明山人などと号す。三河の人。徳川家康に仕え、大阪夏の陣に功をたてた。のち藤原惺窩に学び、晩年は京都に詩仙堂を築いて閑居。「覆醤集」などの著作がある
屋根屋根に 木の葉ふるぶよ 丈山忌(松瀬青々)
・菖蒲打(しょうぶうち):端午の節句の子どもたちの遊びである。菖蒲の葉を縄のように編み上げて、それで地面をたたきあい、音の大きさを競い合う
・菖蒲売(しょうぶうり):端午の節句に用いる菖蒲を売る人
菖蒲売り 葺いてまでゆく 庵かな(加賀千代女)
長々と 肱にかけたり 菖蒲売(加舎白雄)
・尚武会(しょうぶえ):熱田祭の別称
・菖蒲刀(しょうぶがたな):子どもらが、端午の節句に腰に挿して遊んだ木の太刀を言う。
・菖蒲冑(しょうぶかぶと):端午の節句の飾り甲に菖蒲の葉をほどこしたもの。甲は男子の健やかな成長の象徴であり、菖蒲は邪気を祓うものとされていた
・菖蒲刈る(しょうぶかる):5月5日の端午の節句に飾る菖蒲を刈り取ること
・菖蒲挿す(しょうぶさす):端午の節句に、軒端に病難よけのまじないとして菖蒲を挿すこと。
こどもの日のあたりは季節の変わり目でもあり、梅雨を迎えることから、病気や災厄を避けるための厄祓いは大切な行事だった。 この頃に盛期を迎える菖蒲がさまざまな厄祓いのために使われ、菖蒲湯に入る習慣が広まり、 菖蒲や蓬を屋根に挿すことでその香りによって邪気を祓う とされてきた
・菖蒲敲き(しょうぶたたき):菖蒲打ちの別称
・菖蒲太刀(しょうぶだち):子どもらが、端午の節句に腰に挿して遊んだ木の太刀を言う。
・菖蒲縄(しょうぶなわ):菖蒲打ちの別称
・菖蒲人形(しょうぶにんぎょう):古代中国では邪気を払うとされる菖蒲や艾(よもぎ)で人形を作り、門戸などにかかげた。それを受けて、日本でも端午の節句にそのような人形を門の前などに置いたという。これが菖蒲人形である
かくやあらぬ 作る菖蒲の 小人形(松瀬青々)
・菖蒲鉢巻(しょうぶはちまき):鉢巻に菖蒲の葉を挿すこと。端午の節句の祝い事の一つ。菖蒲は邪気を祓うものであり、子どもの健やかな成長を願って行なわれた
・菖蒲引く(しょうぶひく):端午の節句には、菖蒲で作った人形を飾ったり、菖蒲そのものを門戸に飾って邪気を祓った。その菖蒲を刈ることをいう
・菖蒲葺く(しょうぶふく):端午の節句前夜、5月4日の夜に軒に菖蒲を葺く風習。平安中期の宮廷で始まり、その後武士や庶民にも広がったという。菖蒲に蓬を添えて葺くことで、夏に発生する毒虫や火災を防ぎ、邪気を払う意味があった。樗や真菰の花を葺く地方もある
・菖蒲風呂(しょうぶぶろ):菖蒲湯の別称
・尚武祭(しょうぶまつり):熱田祭の別称
・菖蒲湯(しょうぶゆ): 端午の節句に、菖蒲の葉を湯にうかべて入浴する。菖蒲の葉が、邪気を祓い身を清めてくれるという。かって、疫病がはやり始めるのは、この季節からであった
さうぶ湯や さうぶ寄りくる 乳のあたり(加舎白雄)
菖蒲湯も 小さ盥で すましけり)小林一茶)
灯のさして 菖蒲かたよる 湯舟かな(内藤鳴雪)
菖蒲湯を 出てかんばしき 女かな(日野草城)
菖蒲湯や なみなみとして あごの下(日野草城)
・勝鬘会(しょうまんえ):6月30日から7月2日まで、大阪市・愛染堂で行われる会式
・勝鬘参(しょうまんまいり):勝鬘会の別称
・続命縷(しょくめいる):5月5日の端午の節句に、邪気を払い、不浄を避けるもの。麝香(じゃこう)・沈香(じんこう)・丁子(ちょうじ)などの香料を錦の袋に入れ、円形にして糸や造花で飾り、菖蒲や蓬をあしらい、五色の糸を長くたらしたもの。長命縷(ちょうめいる)。薬玉(くすだま)
・尻打祭(しりうちまつり):鵜坂祭の別称
・尻太刀祭(しりだちのまつり):鵜坂祭の別称
・士朗忌(しろうき):陰暦5月16日、名古屋の寛政期の俳人井上士朗の忌日。産科医の傍ら、国学を宣長に、画を范古に学び、俳諧は暁台の教えを受け、寛政の三大家といわれた。「枇杷園句集」などがある
・神麯製す(しんきくせいす):5月5日、6月6日、三伏の日に薬用米麴を製したこと。薬効が増すといわれた
・神水(しんすい/しんずい):端午の日の昼時に竹を切ってためた雨水。霊験があるとされる
・神水取る(しんずいとる):神水を取ること
・住吉踊(すみよしおどり):6月14日に、大阪市住吉区の住吉大社で行われる神事での踊り。
念仏踊りの一種で、長柄の傘を持った音頭取がその柄を扇子で打ちながら調子をとり、傘のまわりを菅笠をかぶった四人の少女たちが踊り回る
・住吉の御田植(すみよしのおたうえ):6月14日に、大阪市住吉区の住吉大社で行われる。
地元では御田といわれる。神功皇后が、長門国から植女を召して御田に植えさせたことに始まる。昔は遊女が植女をつとめたが、今では農家の婦人らが植えている。植えつける間、御田の舞台では踊りが次々に披露される
傾城の うゑしや御田の しどろなる(蝶夢)
唐人も 見よや田植の 笛太鼓(小林一茶)
・聖三位祭(せいさんみさい):三位祭に同じ
・聖体祭(せいたいさい):ローマ教皇ウルバーノ四世が定めた祝祭日。三位祭の次の木曜日。
聖体はイエスの肉体であるパン、血液である葡萄酒。この聖体をいただき、信者の敬虔な思いを呼び覚ます日である
・聖ペトロ・パウロ祭(せいぺとろ・ぱうろさい):聖ペトロと聖パウロがローマで殉教した日。6月29日である。聖ペトロは初代のローマ教皇。聖パウロは異邦人の使徒として布教し、キリスト教神学の基礎を築いた
・青峰忌(せいほうき):5月31日、大正・昭和期の俳人嶋田青峰の忌日。
嶋田青峰は、早稲田大学英文科を卒業して、国民新聞社に入り、『ホトトギス』の編集を1911 年(明治44年)から担当した
・聖ヨハネ祭(せいよはねさい):洗礼者ヨハネの誕生を祝う行事。洗者ヨハネは、大天使ガブリエルによって告げられ、キリストに先立つこと半年前に生を得た
・聖霊降臨祭(せいれいこうりんさい):復活祭から50日目で、昇天祭からは10日目。キリストの弟子に聖霊が降臨したことを祝う日。
聖霊によって力を得た使徒たちが死と復活の意味について語り、多くの人を信仰に導いたという
・聖霊祭(せいれいさい):聖霊降臨祭に同じ。
・関明神祭(せきのみょうじんまつり):陰暦5月24日、平安時代前期の歌人・琵琶の名手蟬丸の忌日
・蝉丸忌(せみまるき) 陰暦5月24日。琵琶の名手であった蝉丸(生没年不詳)の忌日。逢坂の関に庵を結び、百人一首で有名な「これやこの行くも帰るも分かれては知るも知らぬも逢坂の関」と歌ったことは広く知られている
・蝉丸祭(せみまるまつり):陰暦5月24日の大津市・蝉丸神社の祭礼
・洗者聖ヨハネ祭(せんじゃせいよはねさい):聖ヨハネ祭に同じ
・洗者聖ヨハネ誕生日(せんじゃせいよはねたんじょうび):6月24日、聖ヨハネの誕生日
・曽我祭(そがまつり):江戸の歌舞伎劇場で、曽我狂言を正月から5月まで継続興行した年に、曽我兄弟のあだ討ちのあった5月28日を中心に行った祭礼行事。文政期(1818~1830)まで続いた
(4)た行
・竹筏(たけきり):鞍馬の竹伐に同じ
・竹の神水(たけのたまりみず):薬日(5月5日)の午の刻に降った雨水が竹の節に溜まったもの
・太宰忌(だざいき):6月13日、昭和期の小説家太宰治の忌日
・父の日(ちちのひ):六月の第三日曜日。子どもたちが父親に感謝を捧げ、また、すでに父になった子が亡き父を偲ぶ日でもある。
米国で提唱され、第二次大戦後、日本でも広がった。カーネーションを贈る母の日に比べ認知度は低いともいうが、最近は男物の贈り物を勧めるデパートなどのPRで一般化している
・ちゃぐちゃぐ馬っこ(ちゃぐちゃぐうまっこ):6月15日、岩手県滝沢村で行われる行事
・長講会(ちょうごうえ):伝教会の別称
・趙子忌(ちょうしき):陰暦5月12日、蕉門の俳人立花北枝の忌日
・長命縷(ちょうめいる):古代中国で、陰暦5月5日の端午に、柱などにつるして飾る五色の糸。日本の薬玉(くすだま)にあたるもの
・天下祭(てんかまつり):(江戸時代、将軍が上覧したところから)山王祭 (さんのうまつり) や神田祭(かんだまつり)のこと
・伝教会(でんぎょうえ):6月4日、比叡山延暦寺で執り行われる伝教大師の忌日会。伝教大師は天台宗開祖最澄の諡号(しごう)である。長講会、六月会、山家会ともいう
六月会 雲母の雲も 払けり(三宅嘯山)
・伝教大師忌(でんぎょうだいしき):6月4日、最澄(伝教大師)の忌日。伝教会が行われる
・桃引符(とういんふ):桃の木で作った板に文字を記したもの。端午の日、これを門戸に掲げて邪気をはらった
・闘草(とうそう):端午の節句の遊び。野に出て草を摘み、その草を比べあって優劣を決めるというもの
・時の記念日(ときのきねんび):6月10日。1920年に始まる。
671年、天智天皇のとき、漏刻(水時計)を設置して時刻制度を定めた日が4月25日(太陽暦6月10日)であったいわれに基づく
・時の日(ときのひ):時の記念日に同じ
・独歩忌(どっぽき):6月23日、国木田独歩の忌日。
独歩は明治時代の詩人・小説家。キリスト教に入信、教師の後日清戦争の従軍記者となる。「独歩吟」で詩人として認められた後、小説に専心「武蔵野」「忘れえぬ人」「牛肉と馬鈴薯」等を残した
(5)な行
・霖雨斎み(ながめいみ):五月忌(さつきいみ)の別称
・夏越神楽(なごしかぐら):夏神楽に同じ
・名越の神楽(なごしのかぐら):夏神楽に同じ
・夏神楽(なつかぐら):神楽は古代の神あそびのことで、里神楽として冬季に集中していたが、夏祭が盛んになるにつれて、「夏越の祓」などに合わせて夏にも奏納されるようになった
若禰宜の すがすがしさよ 夏神楽(与謝蕪村)
禰宜呼びに ゆけば日の入る 夏神楽(天野桃隣)
裸身(はだかみ)に 神うつりませ 夏神楽(与謝蕪村)
けふ来ても 何の伝授か 夏神楽(斯波園女)
・業平忌(なりひらき):平安時代の歌人、在原業平の忌日。陰暦5月28日。情熱的な美男子として知られ、平城天皇の皇孫。『伊勢物語』は業平の歌を中心に展開し、登場する「昔男」のモデルも彼ともいわれている。五十六歳で卒した
断髪の えりあし青し 業平忌(日野草城)
早苗田に あやめ立ち添ふ 業平忌(松本たかし)
三河女と 早苗取らうよ 業平忌(松本たかし)
・根合せ(ねあわせ):菖蒲の根合せのこと
・軒菖蒲(のきしょうぶ):端午の節句に、軒端に病難よけのまじないとして挿す菖蒲
(6)は行
・爬龍船(ハーりーせん):競渡(けいと)に使う船
・花田植(はなたうえ):①中国・四国・北九州にみられる田植様式。囃田(はやしだ)・いさみ田・太鼓田(おおつづみた)・牛供養ともいう。
大田植の形態を伝えるものであるが、現在は特定の田に行うものが多い。広島県下のものは、著しく芸能化している
②本田の最も大きな田の植付をする日。また、地方によっては田植の終わりの日とする。牛供養や祝宴を催すなどする。
・花の日曜(はなのにちよう):花の日に同じ
・花の日(はなのひ):六月第二日曜日におこなわれるキリスト教の行事のひとつ。神の恵みに感謝して教会に花を持ち寄り、礼拝堂を飾り、その花を不幸な人々と分かちあおうというもの。子供たちの行事でもある
・囃田(はやしだ):花田植で、田植え歌にあわせて田植をする田
・薔薇の日曜(ばらのにちよう):花の日のアメリカでの呼称
・日枝神社祭礼(ひえじんじゃさいれい):6月14日から16日まで、東京・日枝神社で行われる祭礼
・ひおりの日(ひおりのひ):平安時代、陰暦5月5日と6日に行われた左近と右近の真手番の日のこと
・百草摘み(ひゃくそうつみ):陰暦5月5日に山野で薬草を採ったこと。百草採り
・百草を闘わす(ひゃくそうをたたかわす):5月5日の端午の節句に、摘み草を比べ 合って遊んだ風俗
・百万石行列(ひゃくまんごくぎょうれつ):6月13〜15日、金沢市の百万石祭での行事の一つ
・百万石祭(ひゃくまんごくまつり):石川県金沢市で、6月13~15日に行われる。
加賀藩の祖、前田利家が、1583年6月14日、金沢城に入城したことに由来する。百万石行列をはじめ、薪能、茶会などのイベント行われる
・枇杷園忌(びわえんき):陰暦5月16日、江戸時代後期の俳人井上士朗の忌日
・梟の羹(ふくろうのあつもの):中国の宮廷にかかわる端午の日の慣習。梟は悪鳥なので羹にして群臣に賜い、もってその悪を懲らしめるというもの
・梟の灸(ふくろうのあぶりもの):梟の羹に同じ
・富士行(ふじぎょう):祈願のため山伏とともに富士垢離をとること
・富士小屋(ふじごや):富士行を行う者の利用する小屋
・富士垢離(ふじごり):修験者が、富士の山開きを待って富士に入る前に身を清めること。
富士の山開きは陰暦の6月1日だったので、五月晦日がその日に当たる。富士に詣でることがなくても、水垢離をとって行をおこなえば富士垢離とされた
・芙美子忌(ふみこき):6月28日、大正・昭和期の小説家林芙美子の忌日
・ペーロン:長崎県の浦々で行われる競漕(きょうそう)行事。
ペーロンの語は、「白竜(パイロン)」「飛竜(フェイロン)」「剗竜(チャンロン)」などの中国語の訛(なま)り。
端午(たんご)の節に屈原(くつげん)の霊を慰めるために行ったという中国の競漕が伝えられたもので、江戸時代初期の長崎開港後まもなく始められた。船の大きさ・形態、漕(こ)ぎ手の人数、競技距離は浦々や時代によって一定ではない。
現在長崎市で行われているものは、舷側(げんそく)に太陽、竜(りゅう)、波形などを描いた長さ13.5メートルの和船に、33名以内(漕ぎ手28名のほかに舵(かじ)取り、太鼓打ち、銅鑼(どら)たたき、閼伽汲(あかく)みなどが加わる)が乗り組むもので、6月第1日曜日から市内の各町内で予選が始まり、7月第4日曜日に長崎港内のグラバー邸の下あたりで、1950メートル(往路1200、復路750)の距離で決勝が行われる。熊本県水俣(みなまた)・津奈木(つなぎ)や兵庫県相生(あいおい)などでも行われている
・ペンテコステ:聖霊降臨祭に同じ
・封国祭(ほうこくまつり):百万石祭の別称
・北枝忌(ほくしき):陰暦5月12日、立花北枝の忌日。北枝は江戸前期の俳人、蕉門十哲のひとり。金沢で研師をしていたが、芭蕉の奥の細道の旅で出会い入門、随行。山中温泉滞在中に芭蕉、曽良と三吟歌仙を巻いた。芭蕉追善集「喪の名残」を刊行
北枝会と 申しそめけり 秋しぐれ(中山眉山)
北国の 涼しき夏や 北枝が忌(青木月斗)
・蒲人(ほじん):菖蒲人形の別称
(7)ま行
・巻藁船(まきわらぶね):熱田祭の際、神戸浜に浮かぶ船
・みくさ祭(みくさまつり):三枝祭の別称
・御田祭(みたまつり):伊勢の御田植の別称
・六日そうぶ(むいかそうぶ):5月5日の端午の節句で使った菖蒲を、6日に菖蒲湯にすること
・六日の菖蒲(むいかのあやめ):五日の夜の雨露を受けた菖蒲をいう。
5日の夜の雨露は神水とされ、それを受けた菖蒲は特別の効能がある信じれていた。菖蒲湯などにも用いた。また、端午の節句に間に合わなかった、時期遅れの菖蒲という意味合いもある
(8)や行
・八乙女の田舞(やおとめのたまい):6月14日、住吉の御田植の際の神事芸能
・薬草摘(やくそうつみ):上代5月5日に薬草を取り集めたことで、この日取った薬草は特に効験があるとされた
・流鏑馬(やぶさめ):選ばれた射手が馬上から的を射るというもの。端午の節句に行われた昔の天覧の儀式
・山田の御田植(やまだのおたうえ):伊勢の御田植の別称
・守宮を搗く(やもりをつく):5月5日の端午の日に捕えた守宮(やもり)を一年後に杵で搗き、女性に塗って貞操の守りとした中国の古い俗信
・百合祭(ゆりまつり):三枝祭(さいくさまつり)の別称
・蓬葺く(よもぎふく):端午の節句の前夜、軒に菖蒲とともに蓬も葺いた邪気払いの風習
・艾を佩ぶ/蓬を佩ぶ(よもぎをおぶ):5月5日、蓬を腰につけておくと悪疫を避けるという中国の古俗
・頼政忌(よりまさき):陰暦5月26日、源頼政の忌日。
頼政は平安後期の武将、歌人。保元の乱、平治の乱では勝者に属し、以仁王と共に平氏打倒を試みるも事前に発覚、奈良に逃れようとし宇治で自害。武勇に優れ 二度の、ぬえ退治は有名。歌人としてすぐれ藤原俊成に評され新古今時代を準備した
(9)ら行
・蘭湯(らんとう):端午の節句に、蘭の葉を浮かべた湯に入ると、邪気がはらわれるという。中国の故事であるが、日本の菖蒲湯につながると考えられている
蘭湯や 女がくるゝ 浴巾(ゆてのごひ)(松瀬青々)
蘭湯や 阿房に朝の 雲かゝる(島田五空)
蘭湯や 衣桁(いこう)に侍る 女あり(渡辺水巴)
(10)わ行