非難を表す四字熟語(その3)簡単に信じる・すぐに飽きる

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亦歩亦趨

漢字発祥の国だけあって、中国の「四字熟語」は、人生訓にもなるような含蓄に富んでおり、数千年の悠久の歴史を背景とした故事に由来するものも多く、人類の叡智の結晶とも言えます。

そこで今回は、「非難」を表す四字熟語のうち、「簡単に信じる」「すぐに飽きる」を表す四字熟語をご紹介したいと思います。

1.簡単に信じる

(1)亦歩亦趨(えきほえきすう)

弟子が師匠がすることから学ぶこと。または、何も考えずに、ただ人の言う事に従うこと。

先生が歩くと自分も一緒に歩き、先生が走ると自分も一緒に走るという意味から。

「亦」は…もまたという意味。「趨」は小走りで走ること。

(2)貴耳賤目(きじせんもく)

他人から聞いたことを信じ込み、自分の目で見たことを信じないこと。または、現在を軽視して、過去の出来事を重視すること。

「耳(みみ)を貴(とうと)び目(め)を賤(いや)しむ」と訓読します。

(3)渾崙呑棗(こんろんどんそう)

人からの教えの意味を考えずに、ただ受け入れるだけでは本当に理解することはできないということのたとえ。

「渾崙」は丸ごとという意味。「呑棗」は植物の棗の実を噛まずに飲み込むこと。

棗の実を噛まずに丸呑みしても、棗の実の味はわからないという意味から。
元は仏教の言葉で、仏の教えについていった言葉。

「渾崙(こんろん)棗(なつめ)を呑(の)む」と訓読します。

(4)耳食之談(じしょくのだん)

耳で聞いただけで食べ物の味を判断するという意味から、耳で聞いただけの話を確認もせずに信じてしまうこと。

(5)百依百順(ひゃくいひゃくじゅん)

人に言われるがまま従うこと。

「依」はもたれかかる、頼るという意味。「順」は逆らうことなく従うこと。

(6)矮子看戯(わいしかんぎ/わいしのかんぎ)

見識がないことのたとえ。また、自分にはよくわからないことであっても、すぐに周りの意見に合わせることのたとえ。

「矮子」は背の低い人のこと。「看戯」は観劇のこと。

背が低くて舞台が見えないのに、周りの人の批評を聞いて賛同するという意味から。

(7)一里撓椎(いちりどうつい)

たくさんの人が同じ事を言うと、あり得ないことも事実のようになってしまうということ。

「一里」は一つの村。「撓椎」は椎を曲げること。

椎を曲げることが出来る力のある人がいると、村の人々全員が言えば、実際にいるかのようになってしまうという意味から。

「一里(いちり)なれば椎(つち)を撓(たわ)む」と訓読します。

これは「プロパガンダ」と同様の意味です。次のような記事も書いていますので、ぜひご覧ください。

「嘘も百回つけば真実になる」という「プロパガンダ」の恐ろしさ

(8)三人成虎(さんにんせいこ)

噓や噂が多くの人の話題になれば、みんながそれを信じてしまい、真実のようになってしまうということ。

「三人(さんにん)、虎(とら)を成(な)す」と訓読します。

中国戦国時代、魏(ぎ)の龐恭(ほうきょう)が魏王に「町に虎が出たと一人が言ったら信じるか」とたずねて、魏王が「信じない」と答えた。

「二人の者が言ったら信じるか」という問いには、「もしかしたらと疑うかもしれない」と答え、「三人ではどうか」という問いには、「信ずるようになるだろう」と答えたという故事から。

(9)衆議成林(しゅうぎせいりん)

間違っていることでも、数多くの人々が正しいと言えば、正しいことになってしまうこと。

「衆議」はたくさんの人が議論をすること。

たくさんの人が話し合って、林があるという結論を出せば、何もない平地に林が生まれるということから。

「衆議(しゅうぎ)林(はやし)を成(な)す」とも、「衆(しゅう)議(ぎ)すれば林(はやし)をも成(な)す」とも訓読します。

(10)聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

小さなものでも、数が多くなれば大きな力になるということ。
または、多くの人が同じ悪口を言うと害悪が発生するということのたとえ。

小さな虫の蚊でも、数多く集まれば羽音が雷のようになるという意味から。

「聚蚊(しゅうぶん)雷(らい)を成(な)す」と訓読します。

(11)曾参殺人(そうしんさつじん)

嘘の話でも、多くの人から何度も繰り返し話を聞かされていると信じてしまうことのたとえ。

「曾参」は人名。孔子の弟子。

ある時、曾参の親類の者が人を殺した。誰かが誤って、曾参の母親に「曾参が人を殺した」と告げたが、曾参の母親は信じなかった。
しかし、二人目、三人目と同じことを告げに来ると、さすがに話を信じて、機織仕事をやめて家を飛び出したという故事から。

(12)吠形吠声(はいけいはいせい)

一人が根拠のないうそのようなことでも言い始めると、周りが同調して本当のことのように広めること。

一匹の犬が吠え始めると、周りにいる犬も吠え始めるということから。

「一犬(いっけん)形(かたち)に吠(ほ)ゆれば百犬(ひゃっけん)声(こえ)に吠(ほ)ゆ」を略した言葉。

「形(かたち)に吠(ほ)ゆれば声(こえ)に吠(ほ)ゆ」と訓読します。

(13)浮石沈木(ふせきちんぼく)

一般大衆の無責任な言論が、道理に反して威力をもつたとえ。

水に沈むはずの石を浮かせ、水に浮くはずの木を沈める意から。

「石(いし)を浮(う)かせ木(き)を沈(しず)む」と訓読します。

2.すぐに飽きる

(1)一暴十寒(いちばくじっかん)/十寒一暴(じっかんいちばく)

少しだけ努力して、あとは怠けることが多いたとえ。気が変わりやすく、ちょっと努力するだけで怠けることが多いたとえ。

また、あるところで努力して、あるところでそれを打ち破るたとえ。

一日目にこれを日に曝(さら)して暖めたかと思うと、次の十日これを陰で冷やす意から。

「暴」は「曝」と同じで、日に曝して暖める意。

(2)隠公左伝(いんこうさでん)

左伝を読み始めても、最初の隠公の条で飽きてやめてしまうこと。飽きやすく読書や勉強が長続きしないことのたとえ。

「左伝」は「春秋左伝」の略。左伝は魯 (ろ) 王の隠公元年の記事から始まるところから

「桐壺 (きりつぼ) 源氏」も同様の意味。

(3)三月庭訓(さんがつていきん)

正月から12月までの手紙を集めた「庭訓往来(ていきんおうらい)」を手本として字を習う者が、3月あたりでやめてしまうこと。勉強に飽きやすいこと。三日坊主。

(4)三日坊主(みっかぼうず)

あきっぽくて何をしても長続きしないこと。また、そのような人のことをあざけっていう言葉。

修行に耐えられず、三日で還俗(げんぞく)(一度、出家した者が、再び俗人に戻ること)をしてしまう僧侶の意から。

「三日」は、きわめて短い時間のたとえ。

(5)雍也論語(ようやろんご)

勉強が長続きしないことのたとえ。

全20編ある「論語」の、第6編「雍也」あたりで読むのをやめてしまうことから。