漢字発祥の国だけあって、中国の「四字熟語」は、人生訓にもなるような含蓄に富んでおり、数千年の悠久の歴史を背景とした故事に由来するものも多く、人類の叡智の結晶とも言えます。
そこで今回は、「さまざまな状態」を表す四字熟語のうち、「人が多い・にぎやか」「矛盾する」「役に立たない」を表す四字熟語をご紹介したいと思います。
1.人が多い・にぎやか
(1)揮汗成雨(きかんせいう)
たくさん汗をかく様子。または、人がたくさんいる様子。
たくさんの人たちの振り払う汗が、雨のように見えるということから。
「汗(あせ)を揮(ふる)いて雨(あめ)を成(な)す」と訓読します。
(2)煕煕攘攘/熙熙壌壌(ききじょうじょう)
人が多くて活気のある様子。または、多くの人々がにぎやかに行き交う様子。
「熙熙」は喜び楽しむこと。「攘攘」はたくさんの人が入り乱れる様子。
(3)肩摩轂撃(けんまこくげき)/轂撃肩摩(こくげきけんま)
人や車馬の往来が激しく、混雑しているさま。都会の雑踏の形容。
人の肩と肩が触れ合い、車のこしきとこしきがぶつかり合うほど混雑している意から。
「肩摩」は肩と肩が触れ合うこと。「轂」は車のこしき。車輪の中央部で車軸を通して回転するところ。「轂撃」は轂と轂がぶつかり合うこと。
(4)紅灯緑酒(こうとうりょくしゅ)/緑酒紅灯(りょくしゅこうとう)
歓楽街・繁華街の華やかなことの形容。また、歓楽と飽食の享楽生活のたとえ。
「紅灯」はあかいともしび。繁華街などの華やかな明かりをいう。「緑酒」は緑色に澄んだ酒。質のよい美酒をいう。
(5)項背相望(こうはいそうぼう)
人々の往来がはげしいさま。
「項」は、首筋。「背」は、背中。「相望」は、互いに見ること。人々が互いに前後にいる人の首筋や背中を見るという意から。
「項背(こうはい)相(あい)望(のぞ)む」と訓読します。
(6)車水馬竜(しゃすいばりょう/しゃすいばりゅう)
車や馬などの乗り物の往来がとてもにぎやかな様子。
車は流れる水のように、馬は竜のように連なっているという意味。
(7)人口稠密(じんこうちゅうみつ/じんこうちょうみつ)
人や家が一箇所に集まっていること。
「稠密」は隙間がないほどに集まっていること。
(8)千客万来(せんきゃくばんらい/せんかくばんらい)
多くの客が入れ替わりひっきりなしに来て絶え間がないこと。
「千」「万」は数の多いことを示す。店などが繁盛していたり来客が頻繁にあったりするときに用いる。
(9)千門万戸(せんもんばんこ)
建物や部屋の数が極めて多いこと。
または、たくさんの建物が隙間も無いほどに集まっていること。
「千」と「万」は数が多いことのたとえ。
「門」と「戸」は建物の出入り口ということから、部屋や家のたとえ。
(10)塡街塞巷(てんがいそくこう)
繁華街に人が多く、活気に満ちている様子。
「塡」と「塞」は塞ぐこと。「巷」は町にある小さな道のこと。
大きな道も小さな道も、人や馬車が多くて道が塞がれるということから。
「街(まち)を塡(うず)め巷(ちまた)を塞(ふさ)ぐ」と訓読します。
(11)輭紅塵中(なんこうじんちゅう)
華やかで、にぎやかな都会の様子。
「輭」は「軟」と同じ。「輭」はやわらかい花びら。転じて、都会の華やかな雑踏の形容。「紅」は華やかな印象を与える色。「塵中」は車馬の行き交う際に舞い上がる塵やほこりの中の意。
(12)比肩継踵(ひけんけいしょう)
次から次へと絶え間なく続いている様子。または、大勢の人が次々と続いている様子。
「比肩」は肩を並べるということから、人が多いということ。
「継踵」は踵を踏むほどの間隔で続いてくること。
「肩(かた)を比(くら)べ踵(くびす)を継(つ)ぐ」と訓読します。
(13)門巷填隘(もんこうてんあい)
門や門前の小道が、人が多く集まることでふさがってしまい、通れなくなるほど狭くなってしまうこと。人が多く集まり、密集しているさまをいう。
「門巷」は門と巷(ちまた)のこと。「填隘」は満たされ、ふさがってしまい、狭くなること。「填」はふさぐ意。「隘」は狭くなること。
(14)門前成市(もんぜんせいし)
多くの人の出入りがあり、市場のようににぎわっていること。権勢や名声が盛んなことのたとえ。
「成市」は、市場のようになること。門の前が人や馬、車であふれかえり、市場のようであるという意から。
「門前(もんぜん)市(いち)を成(な)す」と訓読します。
(15)門庭若市(もんていじゃくし)
門や庭にたくさんの人が集まること。人がたくさんいて騒々しいことをいう。
「門庭(もんてい)市(いち)の若(ごと)し」と訓読します。
2.矛盾する
(1)一口両舌(いっこうりょうぜつ)
前に言った内容と後に言った内容がくい違うこと。前に言ったことと違うことを平気で言うこと。
一つの口に二枚の舌がある意から。二枚舌。
(2)韓文之疵(かんぶんのし/かんぶんのきず)
主張や発言の辻褄が合わないこと。
「韓文」は中国の名文家の韓愈の書いた文章のこと。「疵」はきずのこと。
「送孟東野序」の中で、韓愈が述べていることに矛盾があるということから。
(3)言行齟齬(げんこうそご)
言葉にして言った事と、実際の行動が一致しないこと。
「言行」は言葉と行動。「齟齬」は食い違うこと。
(4)口是心非(こうぜしんひ)
口に出して言うことと、気持ちが一致していないこと。
言葉では賛成しているが、心の中では反対していることをいう。
「口(くち)に是(ぜ)とし心(こころ)に非(ひ)とす」と訓読します。
(5)自家撞着/自家撞著(じかどうちゃく/じかとうちゃく/じかどうじゃく)
同じ人の言動や文章などが前後で矛盾していること。自分で自分の言行に反することをすること。
「自家」は自分、自分自身のこと。「撞着」は突き当たること。矛盾すること。
(6)自家撲滅(じかぼくめつ)
同じ人の言動や文章が、前と後で食い違っていること。
「自家」は自分自身のこと。自分自身を滅ぼすということから。
(7)自己矛盾(じこむじゅん)
自分自身の中で、論理や行動が食い違い、つじつまが合わなくなること。
「矛盾」はつじつまの合わないこと。
(8)前後矛盾(ぜんごむじゅん)
言動が、前と後とで一貫性を欠き、食い違うこと。
(9)矛盾撞着/矛楯撞着/矛盾撞著/矛楯撞著(むじゅんどうちゃく)
二つの事柄が論理的に食い違って、つじつまが合わないこと。
「矛盾」は同一人物の言動が一貫していないこと。食い違っていること。「撞着」も「矛盾」と同義。
「矛盾」については「中国戦国時代、楚(そ)国で矛(ほこ)と盾(たて)を売っていた商人が、矛を売るときには、この矛はどんな堅固な盾も突き破るほど鋭いと言い、盾を売るときにはこの盾はどんな鋭利な矛でも破れないと言ったところ、聞いていた人に、それではその矛でその盾を突いたらいったいどうなるのかと聞かれ、商人は返答に困った」という故事が『韓非子(かんぴし)』難一)にある。
3.役に立たない
(1)夏炉冬扇(かろとうせん)/冬扇夏炉(とうせんかろ)
時期はずれの無駄なもののたとえ。また、無用なもの、役に立たない言論や才能などのたとえ。夏の囲炉裏(いろり)と冬の扇(うちわ)の意から。
君主の信望・寵愛を失った者や、寵愛を失った宮女、恋人にすてられた女性のたとえとして用いられることもある。
(2)塵垢粃糠(じんこうひこう)
何の役にも立たないもののたとえ。
「塵」は小さなごみ、ちり。「垢」は皮膚のよごれ、あか。「粃」は殻ばかりで実っていない穀物、しいな。「糠」は米の外皮の糠。
(3)粗鹵迂遠/疎鹵迂遠/麁鹵迂遠(そろうえん)
質が悪く、役に立たない様子。
「粗鹵」は作りが雑で役に立たないこと。「迂遠」は遠まわしで面倒な様子。
(4)竹頭木屑(ちくとうぼくせつ)
役に立たないもののたとえ。また、細かなもののたとえ。転じて、つまらないものでも、何かで役に立つかもしれないから粗末にしないこと。廃物利用すること。
「竹頭」は竹の切れはし。「木屑」は木のくず。
中国晋(しん)の陶侃(とうかん)が、船を造るときにできた竹の切れはしや木のくずという不用になったものをとっておき、木のくずは雪の降ったときのぬかるみ防止に、竹の切れはしは竹釘(たけくぎ)にして、船の修理に役立てたという故事から。
(5)樗櫟散木(ちょれきさんぼく)
役に立たない人や物のたとえ。主に自分のことを謙遜していう言葉。
「樗櫟」は木のおうちとくぬぎのこと。おうちもくぬぎも木材としては使えないという意味から。
(6)泥車瓦狗(でいしゃがこう)
役に立たないもののこと。
「泥車」は泥で作られた車。「瓦狗」は瓦で作られた犬。
泥で作られた車は何も運ぶことができず、瓦で作られた犬は番犬としての役目を果たすことができないことから役に立たないものという意味。
(7)陶犬瓦鶏(とうけんがけい)/瓦鶏陶犬(がけいとうけん)
形ばかり立派で、実際の役に立たないもののたとえ。
「陶犬」は陶製の犬。「瓦鶏」は素焼きの鶏。犬には夜の番をする、鶏には夜明けを告げるという役目があるが、作り物ではその役目を果たすことができないことから。
(8)十日之菊(とおかのきく)
時期を過ぎたために役に立たなくなったもののたとえ。
陰暦九月九日は菊の節句、一日過ぎた十日の菊はもう役に立たないことから。
(9)杯水車薪(はいすいしゃしん)
少なすぎて役に立たないこと。
「杯水」は杯に一杯分の水、「車薪」は車一台分の薪のことで、杯に一杯分という少量の水で、燃えている車一台分の薪の火を消そうとするという意味から。
(10)六菖十菊(りくしょうじゅうぎく/ろくしょうじっきく)
時期が遅れて、もう役に立たないこと。端午の節句(五月五日)に一日遅れた六日の菖蒲(しょうぶ)と、重陽(ちょうよう)の節句(九月九日)に一日遅れた十日の菊の花という意。
「六日(むいか)の菖蒲(あやめ)、十日(とおか)の菊(きく)」ともいう。