「グリーンの妖精」と呼ばれた美人女子プロゴルファーのローラ・ボー!

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ローラ・ボー

今年の日本女子プロゴルフは3月5日開幕の予定でしたが、「新型コロナウイルス肺炎」(COVID-19)の感染拡大の影響で、開幕戦から2試合(ダイキンオーキッドレディス・明治安田生命レディス)が残念ながら中止となりました。第3・4戦も中止か無観客試合になる可能性があります。

ところで近年の女子プロゴルフ界の「美人ゴルファー」と言えば、イ・ボミなどの韓国女子プロ、藤田光里・香妻琴乃・堀琴音・松田鈴英のほか、原英莉花などの「黄金世代」と呼ばれる日本人の若手女子プロが続々と出て来ています。一昔前に比べてフォトジェニックな可愛い選手が多くて楽しみです。

しかし私が駆け出しのサラリーマンでゴルフに興味を持ち始めた45年ほど前は、「美人ゴルファー」と言えばアメリカの「ローラ・ボー」がその代表でした。彼女はまさに輝くような「(往年の)正統派美人プロゴルファー」です。

1.「ローラ・ボー」とは

「ローラ・ボー」(1955年~ )は、フロリダ州生まれの女子プロゴルファーです。2歳の時に兄二人とともに、弁護士で優秀なアマチュアゴルファーだった父からゴルフの手ほどきを受けました。

少女時代に、「全米ピーウィー選手権で5連勝しています。

彼女が13歳の時に両親が離婚したため、母親とともにカリフォルニア州ロングビーチに転居します。しかし生活に困窮し、「グリーンフィー」も払えないため、友人たちとこっそりゴルフ場に忍び込んでプレーしていたそうです。

2.輝かしいアマチュア時代の戦績

日本でのローラ・ボー

14歳で「ロングビーチ・ジュニア選手権」で優勝し、ロングビーチの全てのパブリックコースのフリーパスを手に入れました。その後「ロサンゼルス女子ゴルフ選手権」で2勝しています。

1971年16歳の時、「全米女子アマチュアゴルフ選手権」に、「当時最年少記録で優勝しました。

3.LPGAプロ転向後は「優勝」から見放され2位が最高

木陰のローラ・ボー

1972年17歳でプロに転向しました。同年ゴルフダイジェストの「Most Beautiful Golfer」に選ばれています。「グリーンの妖精」「フェアウェイの妖精」などとも呼ばれました。

彼女はその美貌でアメリカはもちろん日本でも大変人気がありました。しかしゴルフの実力もあり、トップ10入りが66回もあり2位に10回も入っていますが、「優勝は遂に出来ませんでした。彼女は数多くのCMに出演しましたが、ゴルフよりも外見が注目されることに長年悩んだそうです。

彼女と同年代の宿命のライバルは、LPGAツアー18勝(うちメジャー4勝)の「ホリス・ステーシー」(1954年~ )です。彼女は1979年の「メイフラワークラシック」で、ホリス・ステーシーとのサドンデスプレーオフに敗れて2位に終わっています。「1勝の重み」を考えると、もしこの時彼女が優勝していたら、その後のゴルフ人生も変わっていたのではないかと私は思います。

4.結婚後、「家庭内暴力」や精神的な脆さから「アルコール依存症」になった

俯くローラ・ボー

彼女は1979年に最初の結婚をした頃から、「アルコール依存症」になります。夫の「家庭内暴力」に苦しめられ1年で離婚していますが、その後10年間「家庭内暴力」に対する恐怖の後遺症に悩まされたそうです。

2人目の夫(80年に結婚して85年に一度離婚。88年に再婚して98年に離婚)のプロゴルファー「ボビー・コール」との間に7人の子供をもうけました。夫は賞金が稼げず彼女の収入に頼るようになったため、彼女は不本意ながら大黒柱として家族の生活を支えるためにツアーに参戦し続けます。将来への不安はストレスとなり、飲酒量が増えて行ったようです。しかし妊娠中は胎児の存在が支えとなり、一滴のアルコールも口にしないで済んだため、自分は断じて「アルコール依存症」ではないと誤解し続けることになります。そして「妊娠中だけは(禁酒するため)ゴルフの成績も良い」という奇妙で皮肉な結果を生みました。

しかし、その後「アルコール依存症」を克服し、1999年には自叙伝私は仮面の妖精だったを出版しています。私は彼女がアルコール依存症に苦しんでいたことをこの本で初めて知って、衝撃を受けました。

なお、2004年には弁護士である3人目の夫と4度目の結婚をしています。

「天は二物を与えず」という言葉があります。彼女は「美貌」と「ゴルフの才能」には恵まれましたが、「男運」と「勝負運(プロの栄冠)」には恵まれなかったようです。

5.「レジェンズツアー」(45歳以上の女子版シニアツアー)でゴルフを続ける

彼女は1994年(最高位9位)を最後にゴルフ界から完全に姿を消したように見えました。しかし、2010年54歳の時、「全米女子オープン予選会」に挑戦して、ちょっとした話題になりました。「全米女子オープン最年長出場」を目指して「レジェンズツアー」で練習を重ねてきたようです。

彼女は20代後半から30代は想像を絶する苦悩に満ちた人生を送りましたが、立ち直った今こそゴルフへの情熱が再燃してきたようで、「子供も大きくなり、自分のキャリアを素晴らしかったと思えるようになったんです。これからはプロゴルファーとして出来なかった頂点をめざしたい」と語っていました。しかし、残念ながら予選通過は叶いませんでした。

2018年には62歳で「全米女子オープン予選会」に「最年長出場者」としてエントリーしました。「無冠の帝王(女王?)」(シルバーコレクター)の痛々しい姿と見えなくもありませんが、彼女なりに新たな人生の目標を見出したようなので、温かいエールを送りたいと思います。


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