新型コロナウイルス肺炎が引き金となって大恐慌が起こる可能性はあるのか?

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ニューヨーク株価大暴落

「新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)」の世界的感染拡大(パンデミック)の収束の見込みが立たず長期化する中、大恐慌が起きないか心配になって来ます。

今回はこれについて考えてみたいと思います。

1.「新型コロナウイルス肺炎」が引き金で大恐慌が起こる可能性

ゲオルギエワIMF専務理事

国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は4月9日の講演で、「新型コロナウイルスで、2020年の世界経済は大恐慌以来の大幅なマイナス成長になる」と指摘しました。

世界は2009年の「金融危機」の時も0.1%のマイナス成長になりましたが、これをさらに上回る落ち込みになると予測されています。

しかし、世界各国は8兆ドル(約870兆円)の財政出動を用意しているとして、「2021年には部分的に持ち直す」と主張しています。

世界の主要金融機関が加盟する「国際金融協会」(IIF)は、2020年の世界経済は1.5%のマイナス成長になると分析しています。

世界経済は1930年前後にマイナス成長が続きましたが、ゲオルギエワ専務理事は短期的には当時に迫る収縮が避けられないとの認識を示しました。そして短期の景気悪化にとどめるためには、利下げや資金供給などで金融システムを維持することが欠かせないと主張しました。

2.大恐慌とは

(1)大恐慌とはどんなものだったか

「大恐慌(the Great Depression)」(または「世界恐慌(world economic crisis/panic)」)とは、「1929年10月24日ニューヨーク市場の暴落(暗黒の木曜日)、10月29日の大暴落(悲劇の火曜日)をきっかけに資本主義諸国が世界的に陥った深刻な長期不況(恐慌)のこと」です。

この株価大暴落で不安を感じた国民は、銀行から預金を引き出す取り付け騒ぎとなって銀行の倒産が起きました。その結果、銀行が融資していた企業も倒産し、企業に仕事をもらっていた工場も倒産、従業員も失業とドミノ倒しのように影響が広がったのです。

ちなみに「恐慌(crisis)」とは、「景気循環の過程のうち、好況局面で突如発生する深刻な景気後退のこと」です。

アメリカの景気後退は1933年まで続き、30年代を通じて経済は沈滞しました。アメリカでは1932年までに、株価は9割、実質国内総生産は3割下落しました。失業率は一時25%まで上がり、賃金は大幅に下がりました。

(2)大恐慌はどのように克服されたのか

フランクリン・ルーズベルト大統領(在任:1933年~1945年)は、1933年から1939年にかけて「ニューディール(新規まき直し)政策」を掲げ、多額の赤字国債を発行し資金を調達して公共事業に投じました。その結果、大恐慌は克服できました。

これは政府が積極的に市場に介入する政策です。「Relief(救済)」「Reconstruction(復興)」「Reform(改革)」という3つのRを目標に掲げて、具体的には次のような政策を実行しました。

①緊急銀行法

②NIRA(全国産業復興法)

③AAA(農業調整法)

④TVA(テネシー川流域公社)

この中では、④のTVAが特に有名ですね。30を超えるダムの建設を中心とした大規模な公共事業を立ち上げ、大量に出た失業者を雇用しました。

なお、この大恐慌によって各国は封鎖的な経済圏を作り始め、世界経済はブロック化の方向へ進み、第二次世界大戦の導火線にもなりました。

(3)大恐慌の原因と背景

①第一次世界大戦で疲弊したヨーロッパに代わって、アメリカが工業製品や農産物生産の主役に躍り出て余剰分をどんどん輸出するなど、アメリカ経済は右肩上がりの好況となり世界経済の中心となったこと

②アメリカ国内の都市化が進み、住宅需要・道路整備・自動車産業にも追い風が吹いて、大変な好景気となったこと

③投資信託の大衆化が進み、国民大衆がさらにお金を増やそうとアメリカ企業の株に手を出す人が増え、投機的な取引も増えて来たこと

④このアメリカ企業への株式投資は、戦争で疲弊したヨーロッパ企業の株を買うよりもアメリカ企業の株を買った方が儲かるということで、アメリカの投資家だけでなく世界中に広まったこと

⑤しかしこのころ、アメリカ企業は過剰な設備投資による「生産過剰」のため、「商品の売れ残り」が生じるようになっていたこと

⑥どんどん物を作っても、低所得者は購入できず、ヨーロッパ諸国の経済も持ち直してきたため、アメリカの工業製品も農産物も少しずつ売れなくなってきたこと

⑦売れない商品を作る会社の株を持っていても仕方がないということで、株の売る動きが広がり、先行き不安から売りが売りを呼んで1929年10月の大暴落となったこと

3.昭和恐慌とは

(1)昭和金融恐慌(1927年)

昭和金融恐慌

第一次世界大戦中に急激に拡大した日本経済は、戦後の反動恐慌(1920年)、関東大震災による震災恐慌(1923年)などの打撃を受け、インフレーション的救済措置を受けてかろうじて破綻を免れ昭和に入りました。

しかし、1927年(昭和2年)には、関東大震災後に乱発された「震災手形」の処理問題に関連して企業の資産内容が極めて悪化していたこと、特に台湾銀行が鈴木商店に対して3億5千万円もの不良貸出をしていることが明るみに出たため、銀行経営に対する不安が急速に広まり、金融機関の取り付け・休業が続出しました。

金融界のパニック状態は1927年3~4月の2カ月ほど続きましたが、4月末の「モラトリアム(支払い猶予)」と日本銀行による特別救済融資の実施により、5月にはようやく沈静化しました。

これが「昭和金融恐慌」です。

(2)大恐慌の影響による昭和恐慌(1930年~1932年)

昭和恐慌

これは1929年10月のニューヨーク株式市場大暴落を発端とした「大恐慌」の影響が日本にも波及したものです。

金解禁・緊縮政策と相まって、株価・物価の暴落、生産低下、失業の増大、国際収支の悪化を招きました。特に生糸・綿糸を中心とした農産物価格の大暴落は、農村経済に大打撃を与えました。強硬派1932年まで続きましたが、満州事変による「軍需景気」で収束しました。

4.新型コロナウイルス肺炎で不況が長期化した場合の対策

国家としての総合的対策は政府自民党がいろいろと考えてくれると思いますが、私が考えていることは次の3つです。

要は「外国人労働者」や「外国の農産物」への依存度を極力減らして、日本国民の力で日本国内で極力「労働力」や「食糧」を調達できるように変えて行くことです。

(1)失業者を農業生産の労働力として投入すること

今まで中国人や東南アジア出身の外国人労働者に依存していた農業従事者ですが、外国からの人の流入の制限も長期化する見込みのため、日本人の失業者を集中的に農業に振り向けてはどうかと思います。

そして、将来的にはアルバイトではなく「食糧自給率」向上のために農産物生産を増やす戦力として正規労働者となってほしいものです。

今回の「新型コロナウイルス肺炎」の世界的感染拡大(パンデミック)の長期化のような状況になると、満足に食糧輸入が出来なくなったり、たとえ輸入できても価格が暴騰するなどの懸念もあります。国民の生命を守るためには、「食糧自給率向上」は喫緊の課題だと思います。

(2)失業者をコンビニの店員や介護施設職員などサービス業の労働力として投入すること

今まで外国人留学生などに依存していたサービス業従事者ですが、今後は日本人の失業者を大いに活用すべきだと思います。

(3)失業者を工場労働者など製造業の労働力として投入すること

今まで、工場をどんどん中国や東南アジア諸国に建設して来ましたが、日本の製造業の空洞化は極限まで来ています。

今後は「工場の日本回帰」を加速度的に進め、失業者を工場労働者として大いに活用すべきだと思います。