2025大阪万博誘致は意味があるのか?メリットよりデメリットの方が多い!

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大阪万博2025

1970年に開催された「大阪万博」は「人類進歩と調和」をコンセプトに、岡本太郎作の「太陽の塔」をシンボルタワーとした「日本初の万国博覧会」でしたので、大変な人気と盛り上がりを見せました。

あれから55年後の2025年に、二度目の「大阪万博」開催が決定しています。「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマのようですが、万博誘致は本当に意味があるのでしょうか?この2025年の大阪万博は「IR」の誘致との抱き合わせの計画であることも問題視されています。

今回は2025年大阪万博誘致を念頭に、そのメリット・デメリットについて考えてみたいと思います。

1.万博誘致のメリット・デメリット

(1)メリット

①インフラが整備されること

②ベイエリア開発で中途半端になっていた「夢洲」が有効活用できること

③知名度の向上により、インバウンドの増加が期待できること

④国内外からの投資を呼び込む起爆剤になること

⑤経済波及効果が期待できること

日本政府は1兆9,000億円、大阪府は2兆3,000億円、日本総合研究所は2兆6,000億円以上と試算しています。

(2)デメリット

①膨大な会場建設費がかかり、税金の無駄遣いになること

会場建設費(1500~1600億円)は、国・自治体・民間で分担の予定です。運営費(800億円程度)は、入場料収入・広告収入などの自己財源で賄う予定です。

②開催中の治安悪化が懸念されること

万博の開催時は「一部開業」になる見込みですが、IRによって治安悪化が懸念されます。

③開催中の公共交通機関の混雑が予想されること

④人手不足の懸念があること

⑤残存施設の維持費の問題、「負の遺産化」の懸念

⑥跡地利用の問題

2.日本で開かれた万博の概要とその後の状況

(1)日本万国博覧会(「大阪万博」「「EXPO’70」)(1970年)

大阪万博1970

①概要

・テーマ:人類進歩と調和

・事業費:不詳(国際博覧会史上初の「黒字」で、経済波及効果は2兆円と言われています)

・入場者数:6,421万8,770人

「太陽の塔」、「月の石」を展示した「アメリカ館」、「ソ連館」などの人気パビリオンは数時間待ちの行列ができるなど大変混雑しました。「人類の辛抱と長蛇」「残酷博」などと揶揄されるほどでした。

②その後の状況

会場跡地は、ビジネス副都心・研究都市などさまざまな開発案がありましたが、どれも明確な計画ではなく、最終的には「万博記念公園」となりました。

「国立民族学博物館」「大阪日本民芸館」「自然文化園」「日本庭園」「万博記念競技場」など多くの自然文化施設・文化施設・スポーツ施設・レジャー施設があります。開催中から営業していたアミューズメントエリアの「エキスポランド」は2009年に閉園しましたが、2015年にその跡地に「EXPOCITY」が開業しています。

(2)沖縄国際海洋博覧会(「沖縄海洋博」)(1975年~1976年)

沖縄海洋博

①概要

・テーマ:海ーその望ましい未来

・事業費:不詳(収支は「14.92億円の黒字」)

・入場者数:約349万人

②その後の状況

跡地は、「国営沖縄海洋博覧会記念公園」となっています。「海洋生物園」はその後も公園の中核施設として営業を続け、後に建物も建て替えられて「沖縄美ら海水族館」となっています。

「アクアポリス」は、2000年に「鉄くず」としてアメリカ企業に売却され、解体場所の中国・上海に曳航されました。

(3)国際科学技術博覧会(「つくば博」)(1985年)

つくば博パビリオン

①概要

・テーマ:人間・居住・環境と科学技術

・事業費:不詳

・入場者数:2,033万4,727人

②その後の状況

メイン会場跡地は「工業団地」(筑波西部工業団地)に転用され、その他の跡地には「科学万博記念公園」「つくばエキスポセンター」が作られています。

(4)国際花と緑の博覧会(「大阪花博」)(1990年)

いのちの塔

①概要

・テーマ:花と緑と人間生活のかかわりをとらえ21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす

・事業費:不詳

・入場者数:2,312万6,934人

②その後の状況

「EXPO’90」のシンボルタワーだった「生命の大樹・いのちの塔」は、花博終了後の1992年4月に「花博記念公園鶴見緑地」の展望塔として再オープンし、大阪市の外郭団体によって運営されていましたが、2010年3月末で展望塔としての営業は終了しました。2019年10月には「大阪市が撤去を予定している」との報道がありました。老朽化している上に、民間事業者からの活用案も出てこないことから撤去を決断したようです。

(5)2005年日本国際博覧会(「愛・地球博」「名古屋万博」)(2005年)

名古屋万博記念公園

①概要

・テーマ:自然の叡智

・事業費:2,085億円(会場建設費:1,453億円、運営費:632億円)、129億円の黒字

・入場者数:2,204万9,544人

②その後の状況

跡地は、「愛・地球博記念公園」「あいち海上の森センター」「瀬戸万博記念公園」などとして利用されています。

3.そもそも「万博」とは

(1)「万博」の定義

「万博(万国博覧会)」とは、「国際博覧会」の略称で、「国際博覧会条約」に基づいて、パリに本部がある「博覧会事務局(BIE)」に正式に登録または認定された博覧会のことです。

会場には、世界各国や企業・団体などの「パビリオン」(仮設の建築物や展示館、テントなど)が、いくつかのゾーンに分けて展示され、パフォーマンスのほか新技術や新サービスの発表などのイベントが行われます。

万博は「会場の規模」や「テーマ」によって、「登録博覧会」(登録博。以前は「一般博」と呼ばれた)と「認定博覧会」(認定博。以前は「特別博」と呼ばれた)の二種類に大別されます。

1970年の「大阪万博」、2005年の「愛・地球博」、2025年の「大阪万博」は「登録博」で、1975~1976年の「沖縄海洋博」、1985年の「つくば博」、1990年の「大阪花博」は「認定博」です。

(2)「万博」の目的

国際博覧会条約によれば「複数の国が参加した、公衆の教育を主たる目的とする催しであり、文明の必要とするものに応ずるために人類が利用することのできる手段又は人類の活動の一つ若しくは複数の部門において達成された進歩、若しくはそれらの部門における将来の展望を示すものをいう」とされています。

要するに「人類の文化と産業の成果を展示する」ことが目的です。1970年の大阪万博で展示された「動く歩道」などはその好例です。

(3)「万博」の歴史

第1回は1851年に開催された「ロンドン万国博覧会」です。1889年の「パリ万国博覧会」の時に「エッフェル塔」が建設されています。1900年の「パリ万国博覧会」の時は、夏目漱石が英国留学の途中でパリに立ち寄って見物しています。

「登録博」は最初の頃は5年に1回程度の間隔で開催され、「認定博」はその中間の年に開催されていたようですが、1953年頃からは「ほぼ毎年」のように開催されています。



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