ここ1~2カ月は、連日コロナによる「医療崩壊の危機」がテレビで報道され、政府のコロナ感染症対策分科会の尾身会長や、日本医師会や東京都医師会の会長も悲痛な訴えをしています。
しかし私が疑問に思うのは、日本より桁違いにコロナ感染者数や死者数が多く第3波が深刻な欧米で「医療崩壊した」という話を聞かないことです。それはなぜでしょうか?
今回はこれについて考えてみたいと思います。
1.医療崩壊とは
そもそも「医療崩壊」とは、「医療安全に対する過度な社会的要求や、医療への過度な期待、医療費抑制政策などを背景とした医師の士気の低下、防衛医療の増加、病院経営の悪化などにより、安定的・継続的な医療提供体制が成り立たなくなる」という論法で展開される俗語です。
2020年、新型コロナウイルス肺炎の感染が急速に拡大した国々で、医療従事者や医療器具が不足し、重症者に手が回らなくなった状態を「医療崩壊」と表現するようになったそうです。
2.なぜ日本は医療崩壊の危機にあるのか?
人口が6706万人と日本の約半分のフランスでは、累計で247万人以上が感染し、死亡者総数は6万人を超えています。
人口が3億2824万人のアメリカでは、累計で1784万人以上が感染し、死亡者総数は31万7千人を超えています。
ここ最近は日本でも感染者数が増えて来ましたが、累計で感染者が約20万人、死亡者が約3000人で、アメリカに比べれば2桁少ない状況です。
(1)感染症病床の不足
日本の人口あたり病床数は世界的に見て多いのです。人口千人あたりの病床数は、日本が13.1(2017年)で、OECD加盟国平均の4.7を大幅に上回っています。
しかし、コロナ禍が始まった時点での「感染症病床」は全国でわずか2,000床しかありませんでした。これは今まで、スペイン風邪は別として、コロナのような全国的で大規模な感染症に見舞われたことがなかったためです。
第1波の反省から、政府や都道府県は医療機関に病床提供の協力依頼を行い、徐々にコロナ感染症専用病床を徐々に増加させています。
ただ新型コロナウイルスのための「確保予定病床数」は8月中旬の約2万7千からほとんど増えておらず、重症者向け「確保予定病床数」も約3,600と横ばいのままです。
(2)医療スタッフの不足
感染症指定病院でない普通の病院にとって、新型コロナウイルス肺炎の患者を受け入れることは、大変ハードルが高いのが実情です。
その理由は、「感染症専門医」や「訓練された医療スタッフ」が必要で、「院内感染対策」にも留意しなければならないからです。
日本の1病床あたりの医師数は、アメリカの5分の1、ドイツやフランスの3分の1です。看護師も同様の傾向です。
欧米では人的に余裕のある大病院が状況に応じて機動的に対応していますが、日本では大病院の勤務医が慢性的に不足しています。
(3)コロナ専門病院になると「病院経営が崩壊」する
全国初の「コロナ専門病院」となったのは、「大阪市立十三市民病院」です。医療崩壊を防ぐために作った専門病院ですが、今逆に病院が悲鳴を上げているようです。
その原因は、コロナ専門となったために、ほかの診療科目の収入が減りました。産婦人科をなくせばお産の収入がなくなりますし、外来診療や救急診療、入院、手術までなくせば、収入は半減し赤字となります。
これに対して国からの直接支援は、コロナ患者の診療報酬を3倍に引き上げただけで、自治体からの支援もわずかで、病院経営は持たないということです。
その結果、十三市民病院では医師や看護師らが次々と辞めて行ったそうです。激務の上に、十分な報酬もなく、使命感で勤務を続けたとしても、半年も続くと体が持たなくなり、メンタル面もおかしくなります。
逆にコロナ患者受け入れを拒否した民間の病院では、患者が増え、「病院の二極化」が起きているそうです。
3.日本の医療崩壊対応策
(1)余裕のある中小病院・診療所のスタッフによる応援
コロナ感染を恐れて患者が来なくなり、余裕ができた中小病院・診療所のスタッフを、感染症指定病院に派遣して応援してもらう仕組みを作ることです。
その際は、当然のことながら協力する医療スタッフや中小病院・診療所への金銭的支援が不可欠です。
(2)現在のコロナ収束後も「空き病床」を確保
今回の感染の波が収束しても、今後の波に備えて、別の病気の入院患者を入れずに「空き病床」や「医療スタッフ」をキープしておく必要があります。
この場合も、病院の貴重な収入源である病床を空きにしておくことに対する金銭的補償が必要になります。
(3)都道府県間の医療資源融通体制の構築
公明党の石井幹事長が11月29日のNHK番組で提唱したように、「都道府県を越えた患者の受け入れ体制の構築」や、「都道府県間の医療資源融通体制の構築」も有効だと思われます。
大阪府が「関西広域連合」から看護師の派遣を受けたのは、先駆的な実例です。
(4)病院の勤務医の待遇改善
日本では病院の勤務医が慢性的に不足しているのが現状です。これは残業時間が長いなどの労働環境の悪さに加え、開業医に比べて収入が低いのが原因です。
(5)ECMO(エクモ)のような高度で専門的医療機器を扱える熟練した専門医の養成
コロナの重症患者を治療するために用いる「人工肺」のECMO(エクモ)のような高度で専門的医療機器を扱える熟練した専門医の養成が必要です。
現在ECMOは日本に約1400台あって、世界的にも断トツに多いそうです。しかし現状ではECMOがあっても、それを扱える専門技術を持つ医師はまだ少なく、また数台ずつ各病院に分散しているため使う機会が少なく医師の熟練度も上がりにくいため、十分活用できていないようです。
4.欧米の対応状況
(1)欧州
ドイツの人口あたりの病床数は日本の7割弱ですが、病院の存在は「公」とみなされ、政府が指揮命令権限を保持しているため、数週間で一般の病床を新型コロナ専用の病床に切り替えることができました。
具体的には、各市町村に一つのクリニックを「コロナ専門クリニック」に指定するとともに、広域地域ごとに「コロナ感染症専門病院」を一つずつ配置しました。
このように、医療従事者が一丸となって新型コロナウイルスに立ち向かったことから、感染者数が日本より格段に多かったにもかかわらず、医療崩壊に陥ることはなかったそうです。
ちなみに人口が8313万人のドイツでは累計で151万人以上が感染し、死亡者総数は2万6千人を超えています。
ドイツ以外の欧州各国も、病院のほとんどを自治体が運営していることから、柔軟な運営が可能なようです。
(2)アメリカ
しかしアメリカでは、1日あたりの感染者数が10万人を超えるなどコロナ感染者数の急増で医療が逼迫して来ており、「医療崩壊」に危機が近づいているようです。
マディソンにあるUWヘルス・ユニバーシティー病院(ウィスコンシン大学付属病院)では、一次医療を担うプライマリケア医や一般開業医に協力を呼びかけ、重症患者の治療に当たってもらっているそうです。