「建国記念の日」とは?古事記・日本書紀の建国神話に由来する日付です

フォローする



建国記念の日

私が小学生・中学生の頃は、「建国記念の日」はありませんでした。2月11日は戦前は「紀元節」と言って盛大に祝われたそうです。

そこで今回は「建国記念の日」にまつわる面白い話をご紹介します。

1.建国記念の日

(1)建国記念の日とは

「建国記念の日」とは、「日本国の建国を祝う日」で「建国をしのび、国を愛する心を養う」ものとされています。「国民の祝日」の一つとなっています。

(2)制定の経緯

1966年(昭和41年)に制定されました。この2月11日は、戦前の「紀元節」に当たる日です。

日本では建国の日が明確でないため、古事記・日本書紀の建国神話で、初代天皇とされる神武天皇の即位日が紀元前660年1月1日(旧暦)とあるので、その日付を建国の日としたわけです。その即位月日を明治時代に「グレゴリオ暦に換算した日付」が2月11日なのです。

建国記念の日神武天皇

「紀元節」はその後、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)に占領軍のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が、日本の文化から国家神道を徹底的に排除しようとする過程で廃止されました。これはGHQが日本人の「愛国心」を徹底的に骨抜きにしようとしたものだと私は思います。

その後紀元節復活の動きが高まり、戦後21年を経てようやく実現したわけです。

余談ですが、「建国記念の日」をいつにするのがよいかについての事前の世論調査では、「紀元節と同じ日」が47.4%、「いつでもよい」が12.1%、「憲法記念日(5月3日)」が10.4%だったそうです。

(3)「紀元節復活」反対論

日本共産党などは、この紀元節復活に反対しました。その論拠は次のようなものです。

①「建国記念の日」は、もともと天皇を神格化し、その政治を美化した戦前の「紀元節」を復活させたもので、主権在民を定める憲法の民主主義の原則に反している。

②「紀元節」は、神武天皇が即位してから日本の歴史が始まり、その子孫による統治は永遠に変わらないものだとする天皇中心の非科学的な歴史観である。

③明治政府は紀元節の日を選んで、大日本帝国憲法を発布したり、「雲に聳(そび)ゆる高千穂の・・・」という紀元節の歌を小学校などで歌わせ、日露戦争の開戦日もこの日に合わせるなど国民に皇国史観と軍国主義を押し付ける機会としてきた。

一見真っ当な意見のようですが、戦後75年を振り返ってみると、軍国主義化・帝国主義化の道を歩んだのは、日本をはじめとする「自由主義諸国」ではなく、皮肉なことにロシア(旧ソ連)や中国、北朝鮮などの「共産主義諸国」でした。このことを日本共産党の人々は今どのように考えているのでしょうか?

2.「国民の祝日」と「国民の休日」と「振替休日」の違い

戦前の大きな祭日(四大節)と言えば「四方拝(1/1)」「紀元節(2/11)」「天長節(4/29)」「明治節(11/3)」)でした。今は祝日がやたらに増えたように思います。中には飛び石連休を埋めるためとしか思えない「みどりの日(5/4)」や、「海の日(7月の第三月曜日)」「山の日(8/11)」のようになぜ祝日になったのかわからないようなものもあります。

また2021年は、東京オリンピックが1年延期になった関係で、「海の日」と「山の日」をそれぞれ7/23(東京オリンピック開幕の前日)と8/10(東京オリンピック閉幕の翌日)に移動させようとする動きがあったりして(結局実現しませんでしたが)、「何でもあり」で訳が分かりません。

(1)国民の祝日

「国民の祝日」とは、「国民の祝日に関する法律」(1948年7月20日施行)第2条で定められた祝日のことです。

(2)国民の休日

「国民の休日」とは、「国民の祝日に関する法律」第3条第3項で定められた休日の通称です。

前後が祝日である平日を、「国民の休日」として、休日にするものです。

(3)振替休日

「振替休日」とは、休日(主に祝祭日)が、他の休日(日曜日、他の祝祭日など)と重なった場合、月曜日以降を休日として休日が減らないようにする制度です。

確かに私たちの子供の頃は、祝日が日曜日と重なったりすると、「休みを1日損した」とがっかりしたものです。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする