「ケネディ家の呪い」とは?背景にはマフィアの影があったのか?

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ロバート・ケネディ

<2021/8/31追記>ロバート・ケネディ暗殺犯の仮釈放を米カリフォルニア州当局が勧告

米カリフォルニア州当局は27日、ロバート・ケネディ元司法長官を1968年に暗殺したサーハン・サーハン受刑者(77)(下の画像)の仮釈放を勧告しました。

ロバート・ケネディ暗殺犯サーハン・サーハン

ケネディ氏の息子のロバート・ケネディ・ジュニア氏とダグラス・ケネディ氏が今回、仮釈放を支持したためです。

53年間服役しているサーハン受刑者の運命は、3ヵ月間の審査期間を経て、最終的に州知事の判断に委ねられることになりました。

1968年、サーハン受刑者はロサンゼルス市内のホテルの調理場でケネディ氏を射殺しました。ケネディ氏はこの直前、選挙陣営のイベントで、大統領選に向けた民主党予備選での勝利を祝っていました。

サーハン受刑者は第1級殺人罪などで有罪となり、当初は死刑を言い渡されたものの、州裁判所がこれを違憲とする判断を示したのを受け、1972年に量刑が終身刑に軽減されました。

(ロバート・ケネディ)

日本では、横溝正史原作の小説と角川映画の大ヒットで知られる「犬神家の一族」という呪われた一族の話があります。

この「犬神家の一族」はあくまでもフィクションですが、アメリカには実際に呪われた一族の話があります。

1963年にケネディ大統領がテキサス州ダラスでオープンカーに乗ってパレード中に銃で暗殺された後も、ケネディ一族には次々と悲劇が襲いかかりました。

この一連の悲劇はしばしば「ケネディ家の呪い」(Kennedy tragedies , Kennedy Curse)という言葉で呼ばれます。

私の両親より上の老人たちは、運が悪いことをよく「肩が悪い」と言っていましたが、ケネディ一族は本当に肩が悪かったようです。

1.「ケネディ家の呪い」

ケネディ家集合写真

ケネディ一族の数人は、暗殺や飛行機事故死など普通の死に方をしていません。また、この他にも薬物中毒死や自殺をした者もいます。

1964年6月に、ケネディ大統領の末弟エドワード・ケネディ上院議員(1932年~2009年)は飛行機事故に遭い、補佐官とパイロットが死亡しています。彼は負傷しましたが一命をとりとめました。

1968年6月には、ケネディ大統領の弟のロバート・ケネディ上院議員(元司法長官)(1925年~1968年)も、民主党大統領候補指名選挙のキャンペーン中に銃で暗殺されました。

ケネディ大統領は、マフィアと関係の深い歌手のフランク・シナトラに紹介されたマリリン・モンローと不倫関係にあったという噂がありますが、ロバート・ケネディもマリリン・モンローと不倫関係にあったという噂がありました。

エドワード・ケネディ

(エドワード・ケネディ)

1969年7月には、エドワード・ケネディ上院議員の運転する車が橋から転落し、同乗していた女性が溺死するという「チャパキディック事件」が起きました。これは彼の飲酒運転の末に起きた自動車事故です。彼は自力で岸に泳ぎ着きましたが、女性を救助することも、警察に通報することも助けを呼ぶこともしませんでした。死体遺棄および不倫スキャンダルです。薬物使用の疑惑も持たれました。

彼は事件後のテレビの取材に対し、「事故の夜、何らかの恐ろしい呪いが本当に全てのケネディ一族に降りかかるのではないかと思った」と語っています。この事件の結果、彼の大統領への道は閉ざされました。

1973年には、ロバート・ケネディの息子がマリファナ所持の罪で起訴されました。

1983年には、ロバート・ケネディの息子がヘロイン所持で逮捕されました。

ジョン・F・ケネディ・ジュニア

(ジョン・F・ケネディジュニア)

1999年7月には、ケネディ大統領の長男ジョン・F・ケネディジュニア(1960年~1999年)が、自身が操縦する軽飛行機で誤操縦による墜落事故を起こし、妻と義姉とともに死亡しました。

2012年5月には、ロバート・ケネディの息子の妻が夫から離婚を求められ、アルコール中毒と薬物乱用の末に自殺しました。

2019年8月には、ロバート・ケネディの孫娘シアーシャ・ケネディ・ヒルが別荘で薬物過剰摂取で死亡しました。

2020年4月6日には、ロバート・ケネディの孫娘メーブ・マキーンが、カヌーで出た岸から4km離れた海中で遺体で見つかり、一緒に乗っていた8歳の息子も行方不明です。

2.悲劇の背景

(1)マフィアの影

よそ眼には、何の不自由もない華麗なる名門一族ですが、過去にさかのぼるとマフィアとの深い関わりが浮かび上がって来ます。

ジョセフ・P・ケネディ

(ジョセフ・P・ケネディ)

ケネディ大統領兄弟の父ジョセフ・P・ケネディ(1888年~1969年)は、マフィアと組んだ密造酒製造や金融業などで財を成した大富豪です。

彼はアイルランド系アメリカ人で、カトリック教徒です。莫大な資産をバックにした民主党の有力政治家で、1932年にフランクリン・ルーズベルトが大統領に選出された時、多額の資金援助を行いました。その功労によって、初代証券取引委員会委員長、連邦海事委員会委員長、駐英大使などを歴任しました。

ケネディ大統領の当選に貢献したマフィアですが、彼が大統領に当選するとマフィアを撲滅する政策に転換したことを恨んだマフィアの報復の一環のような気がします。

確たる根拠はありませんが、ケネディ家にまつわる不幸な出来事を振り返ると、「ケネディ一族から今後大統領は絶対に出させない」「ケネディ一族を許さない」という恐ろしく強い意思が背後に働いているように感じます。

「親の因果が子に報う」ということかもしれませんね。

(2)ケネディ一族の素行の悪さ

これは、親の因果とは関係なく、彼ら(ジョセフ・P・ケネディの息子や孫たち)自身の問題だと思いますが、マフィアとの関係が断ち切れなかったのかもしれません。

キャロライン・ケネディ

ただし明るいニュースとしては、ケネディ大統領の長女のキャロライン・ケネディ(1957年~ )がオバマ政権の時に駐日大使となったことでしょう。

ケネディ家 野望と権力の系譜 1/4



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