私は「進捗」の「捗」(音読み:チョク、訓読み:はかどる)という漢字を習った時、「右側の旁(つくり)には歩の点がない」と教えられました。
その時、ちょっと引っ掛かりを感じましたが、さほど気にも留めずその通りに覚え込みました。
しかし、今になって考えてみると「交渉」の「渉」には点があるのに「捗」に点がないのは不思議な気がしてきました。
1.「歩」という漢字の成り立ち
象形文字です。「左右の足跡」の象形から「あるく」を意味する「歩」という漢字が成り立ちました。
※「步」は「歩」の旧字体(以前に使われていた字)です。
2.戦後の国語改革で「当用漢字」や「常用漢字」から漏れた漢字は旧字体のまま
「進捗」の「捗」の右側(つくり)に「歩」の点がない理由は、戦後の国語改革で「当用漢字」や「常用漢字」から漏れた漢字だからです。
当用漢字によって字体が簡略化されたとき、当用漢字に含まれない漢字については、なんの取り決めもなされなかったのです。
戦後の「国語改革」で漢字の簡略化が行われるとともに、日常使う漢字を制限しました。私はこの「国語改革」は愚策だったと思っており、「旧字体を新字体に変えた国語改革の愚」という記事に詳しく書いています。
つまり「当用漢字」や「常用漢字」に採用されなかった漢字は、結果的に旧字体のまま放置されたのです。
漢文学者として有名な白川静氏(1910年~2006年)(下の写真)は、このような中途半端な「国語改革」を進めた人々を、漢字のことを全くわかっていない「字形学的無智(じけいがくていきむち)」と非難しています。
「当用漢字表」(昭和21年11月16日内閣告示)を作ったとき、「当用漢字字体表」(昭和24年4月28日)により、漢字の簡略化が行われましたが、「歩」も代表的な例です。
この漢字は、戦前の活字では、1画少ない「步」でしたが、簡略化を謳いながら、わざわざ画数を増やして「歩」にしました。 1画少ない「少」という部分は、下の右部分を「少」と同じにした方が覚えやすいのではないかという考え方によるものです。しかし、「歩」の下半分は「少」のように見えますが、実は「少」とは何の関係もないのです。
この漢字の篆文(てんぶん。篆書)(冒頭の画像参照)をよく見ると、上半分を左右ひっくり返した形が、ちょうど下半分と一致することに気がつくでしょう。つまり、「歩」の下半分、「少」のように見える部分は、実は上半分の「止」を左右逆にした形が変形したものなのです。
「渉」「頻」「賓」も同様に簡略化されましたが、「捗」は「当用漢字表」に掲げられていない漢字のため、「当用漢字字体表」の対象外であり、従来の字体(旧字体)のままになっていました。
昭和56年内閣告示第1号「常用漢字表」にも「捗」は入っていませんでした。つまり「常用外漢字」(「表外字」)でした。
しかし文化審議会は2010年6月7日、改定常用漢字表(2136字/4388音訓[2352音・2036訓])を答申しました。これは同年11月30日に平成22年内閣告示第2号「常用漢字表」として内閣告示されました。その際、昭和56年内閣告示第1号「常用漢字表」は廃止されました。
この時追加された196字の中に、ようやく「捗」が入りました。
改定された「常用漢字表」には次のように表示されています。