最近よく耳にする「地政学」とはどんな学問なのか?

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世界地図を読み直す・北岡伸一米中百年戦争の地政学・湯浅博教養としての地政学入門・出口治明

中国の習近平主席による「一帯一路構想」やロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵略など緊迫した国際情勢の影響もあると思いますが、最近、テレビの国際情勢のニュース解説などで「地政学」や「地政学的リスク」という言葉をよく耳にするようになりましたね。

書店を覗くと、「地政学」関連の書籍がたくさん並んでいます。

そこで今回は「地政学」についてわかりやすくご紹介したいと思います。

1.「地政学」とは

地政学(ちせいがく)」(geopolitics)とは、国際政治を考察するにあたって、その地理的条件に着目して軍事や外交といった国家戦略、また国同士の関係などを分析、考察する学問です

国というのは、基本的には「ある決まった場所」に存在しています。例えば、日本は四方を海に囲まれた国です。また、オーストリアやスイスといったヨーロッパの国の一部などは、海に面しておらず国境はすべて陸にあります。そうした地理的な条件は、それぞれの国の政治や経済、安全保障などの戦略、国同士の外交戦略に大きな影響を及ぼします。国や国同士の過去の出来事や今起きていることを、地理的な側面から読み解いていくのが「地政学」です。

19世紀から20世紀初期にかけて形成された「伝統的地政学」は、「国家有機体説」と「環境決定論」を理論的基盤としドイツ・イギリス・日本・アメリカなどにおいて、自国の利益を拡張するための方法論的道具として用いられてきました

フリードリヒ・ラッツェル

地理と政治が密接な関係にあることを、ドイツの地理学者 フリードリヒ.ラッツェル(1844年~1904年)(上の画像)が『政治地理学』 (1897年) の中で学問的に体系化しました。

ラッツェルは、生存圏肯定の理論としてカントの政治地理学を再編成し直し、「ドイツの植民地拡大政策の根拠づけ」を行いました。

ルドルフ・チェレーン

「地政学」という言葉は、スウェーデンの政治学者ルドルフ・チェレーン(1864年~1922年)(上の写真)によって第一次世界大戦直前につくられた用語です。

チェレーンは国家の解明にラッツェルの理念を取入れて『生活形態としての国家』 (1916年) を著わして初めて「地政学」という名称を用いました。

「政治地理学」(political geography)が世界の政治現象を静態的に研究するのに対し、「地政学」は世界の政治現象をを動態的に把握し、権力政治(パワーポリティクス)の観点に立って、その理論を国家の安全保障および外交政策と結び付けるものでした。

カール・ハウスホーファー

チェーレンの地政学にみられるような「地理的決定論」と「国家有機体説」との結合は、全体主義的な国家理念に通じやすく、ドイツの軍人 (元日本駐在武官) ・地理学者・地政学者のカール・ハウスホーファー(1869年~1946年)によって「生存圏」という概念を用いて発展し,ナチス・ドイツの侵略政策を正当化するための御用学問として利用されました。

ハウスホーファーの「地政学」は第三帝国の領土拡大政策の基礎として、ゲルマン民族至上主義と民族自給のための「生活圏」(Lebensraum)を主張する「プロパガンダ」の手段と化しました。第2次世界大戦後に自殺したハウスホーファーの「自分は科学者であるよりもドイツ人であった」という述懐はこのことを示しています。

第2次世界大戦後の国際社会において、「地政学」という言葉はナチス・ドイツの侵略行為との結びつきから忌避されてきました。

日本を占領したGHQが日本人洗脳プログラムである「WGIP」と関連して、ポツダム宣言に基づく教育改革において、「国史・修身・地理」の授業を禁止したのも、この考え方に沿ったものです。つまり、「地理」は「地政学」に通じるからです。

敗戦直後、京都帝国大学教授の小牧実繁(こまきさねしげ)(1898年~1990年)や東京商科大学予科教授の江沢譲爾(えざわじょうじ)(1907年~1975年)ら国内の地政学者の多くは公職追放処分にあいました。

日本では戦後、戦争や軍事研究について禁止や自粛をしてきた流れで、「地政学」もタブー視されてきました。

なお、1980年代以降になると、「地政学」という言葉が再び広く用いられるようになりました。この一因として、ヘンリー・キッシンジャーが「地政学的(geopolitical)」という用語を多用したことが挙げられます。コリン・グレイをはじめとする知識人は地政学立場より、勢力をユーラシア大陸全体に延ばそうとするソ連に対して攻撃的アプローチを取るべきだとジミー・カーターを批判し、この政策はロナルド・レーガン政権において受け入れられました。

1980年代中期までには、アメリカにおける「地政学」は、アメリカの権力を維持したいという強い意欲を持った研究者によって主導されるようになり、アメリカが国益を追求する際の合言葉としての役割を持ちました。

2.「地政学」のキーワード

(1)「シーパワー」と「ランドパワー」

地政学の基本的な概念の一つが、「シーパワー」と「ランドパワー」です。

シーパワー」とは、国境線の多くが海に接している海洋国家(あるいは海洋国家が持つ力)のことで、「ランドパワー」は逆に陸続きで他国と接している大陸国家(あるいは大陸国家が持つ力)のことです。例えば、アメリカや日本、イギリスなどは「シーパワー」の国で、中国やロシア、ドイツなど「ランドパワー」の国とされています。

「シーパワー」は周りを海に囲まれているため、他国から攻められにくく、交易によって利益を得ようとする傾向が強いとされます。一方の「ランドパワー」は、他国から侵略されやすく他国を侵略しやすいのが特徴です。

「地政学」的には、「シーパワー」と「ランドパワー」の国は対立しやすいとされ、典型的な例には冷戦時代のアメリカとソ連などが挙げられます。また、一つの国で「シーパワー」と「ランドパワー」は両立しないというのも「地政学」での定説です。一例を挙げると、日本は「シーパワー」にもかかわらず、第2次世界大戦時には「ランドパワー」を目指してアジア諸国に勢力を拡大しようとして失敗しました。

現在、中国が「一帯一路」という陸路(一帯)と海路(一路)からなる巨大経済圏構想を進めています。侵略による領土拡大とは異なりますが、「ランドパワー」の中国が「シーパワー」も手に入れようとしている構図であり、「地政学」の定説を覆す結果になるのかどうか注目されています。

(2)「エアパワー」「スペースパワー」「サイバーパワー」もある

「シーパワー」と「ランドパワー」以外にも、いくつかの「○○パワー」があるとされています。

その一つは「エアパワー」で、国家の総合的な航空能力を指します。「エアパワー」については、第2次世界大戦の頃から、一部の地政学者が重要性を指摘していました。

また、米ソによる宇宙開発が盛んになってからは「スペースパワー」、つまり国家の宇宙開発能力にも注目されるようになりました。「エアパワー」と合わせて「エアロ=スペースパワー」と呼ばれることもあります。

さらに現在は、インターネットなどサイバー空間でも国家間の勢力争があることから「サイバーパワー」にも関心が集まっています。

これらは、「地理的条件から考察する」という従来の「地政学」からは外れますが、国家レベルの力が働き、国家間の勢力争いが繰り広げられるという点で「地政学」の問題として捉えられています。

(3)「ハートランド」と「リムランド」「マージナルシー」の関係

リムランドとマージナルシー

もう一つ、「地政学」でよく使われるキーワードに「ハートランド」と「リムランド」「マージナルシー」があります。「シーパワー」や「ランドパワー」は「国」単位の話ですが、こちらは「領域」に注目した概念です。

陸と海の世界の中心という理論が発展してその中間点に、「リムランド」と「マージナルシー」という概念が生まれました。

ハートランド」とは、ユーラシア大陸の中心部、主に現在のロシアがあるエリアです。「シーパワー」の攻撃が届かない位置にあり、歴史を振り返るとナポレオンやヒトラーがロシアの制圧を試みましたが、いずれも失敗しています。

一方の「リムランド」は、「ハートランド」の周縁(リム)のことで、具体的にはユーラシア大陸の海岸線に沿ったエリアを指します。具体的な国名では、中国やインド、スペイン、フランスなどです。「リムランド」に属する国には、温暖で作物を育てやすく、経済活動が盛んという特徴があります。

マージナルシー」は、「リムランド」が面している海域で、具体的にはユーラシア大陸周辺の群島や半島に囲まれた海域です。
ベーリング海やオホーツク海、日本海、東シナ海、南シナ海などを指します。

環境の厳しい「ハートランド」に属する国は、豊かな「リムランド」や「マージナルシー」の国に進出しようとするため、「リムランド」や「マージナルシー」は「ハートランド」と衝突しやすく、地政学的には「リムランド」や「マージナルシー」は国際紛争の起こりやすい地域とされています。

(4)「バッファゾーン」

「地政学」では、対立する大国に囲まれた小国や中立地帯「バッファゾーン」(緩衝地帯)と呼びます。

大国同士が国境を接していると衝突する危険性が増しますが、「バッファゾーン」があることで衝突の危険性が軽減されています。

世界の主な「バッファゾーン」は、「朝鮮半島」と「ポーランドとウクライナ」です。

①朝鮮半島…アメリカと中国のバッファゾーン

②ポーランドとウクライナ…ヨーロッパとロシアのバッファゾーン

(5)「シーレーン」と「チョークポイント」

シーレーンとチョークポイント

「地政学」では物流の要の海運のルートとそのルート上で特に重要な場所を定義しています。

海運の物流ルートシーレーン」(海上交通路)と呼ばれ、他に通る場所がないなどの重要な場所チョークポイント」(戦略的要衝)と呼ばれています。

「チョークポイント」としては、石油の大半が通るマラッカ海峡やアジアとヨーロッパを結ぶスエズ運河、太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河などが有名です。

有事の際には「チョークポイント」を押さえることで、敵国の物流を停滞させ経済に打撃を与えることができます。

3.各国の地政学的特徴

(1)日本の地政学的特徴

現在の日本は「シーパワー国家」で、歴史的には近代以前は「シーパワー国家」⇒太平洋戦争までは「シーパワー&ランドパワー国家」⇒太平洋戦争後は「シーパワー国家」と変遷してきました。

島国で海流や季節風などの影響で外から攻められにくく、自国で自給自足が可能な気候という特徴を持っているため、独立を守ることができた数少ない国です。

地政学で重要な地点として、北方領土や沖縄本島、尖閣諸島などがあります。

平和な日本にも北朝鮮のミサイルのリスクや石油の輸入ルートが限られるなどの問題点があります。

(2)アメリカの地政学的特徴

現在の覇権国家のアメリカですが、地政学ではアメリカは「シーパワー国家」で「辺境の大きな島国」と考えられています。

辺境の島国という場所柄、防衛上はその距離が有利に働き脅威が少ないといえますが、攻撃にも向かないという特徴を持っています。

そのような特徴をうまく使い、ユーラシア大陸の3大重要拠点の①ヨーロッパ②中東③アジアに対し、「オフショア・バランシング」(*)を行っています。

(*)「オフショアバランシング」とは、沖合(オフショア)から対象を観察し、パワーバランスを崩しかねない大国が現れた場合、他の国と共闘してその国を叩くという戦略です。

(3)ロシアの地政学的特徴

ロシアは地政学での世界の中心の「ハートランド」にある「ランドパワー国家」です。

世界一の面積を誇る広大な国土を持っていますが、そのほとんどが気温が低く農耕に適さない土地となっており、長い海岸線がある北極海は冬の間港が凍ってしまい使うことができないという特徴を持っています。

そのため、ロシアは常に南方に国土を広げようとしてきた歴史があります。

また、ヨーロッパとの間に「バッファゾーン」を作り、直接国境を接しないようにするという特徴も持っています。

ロシアとヨーロッパの代表的なバッファゾーンがウクライナです。ウクライナ東部のクリミア半島をめぐって「ウクライナ危機」が起こりました。

(4)中国の地政学的特徴

中国は「ランドパワー国家」として領土を広げて、周りの脅威を排除し続けてきた国です。

古代から国の四方に「四威」という脅威があり、近年まではロシアやベトナムなどの国境を接する国との国境紛争に悩まされており、2004年にロシアとの国境が確定したことで、陸上の国境がやっと画定しました。

陸上での国境が画定したことと、経済の発展によって世界第2位の経済大国になったことで、近年では「ランドパワー」だけでなく「シーパワー国家」として海洋進出も狙っています。

また、現代のシルクロードと呼ばれる物流網の「一帯一路」という構想に積極的に投資をしたり、南下政策としてインドシナ半島に鉄道を建設したりと「ランドパワー」の強化にも余念がありません。

歴史上「ランドパワー」と「シーパワー」を両立した国はないといわれています。中国が今後「ランドパワー」と「シーパワー」を両立した国になれるかは世界が注目しています。

(5)シンガポールの地政学的特徴

シンガポールの位置は世界でも重要なの物流網(シーレーン)のチョークポイント「マラッカ海峡」に接しているため古くから「貿易の拠点」として発展してきました。

また、アジアの中心に位置していることから「アジアのビジネス拠点」として様々な企業が進出しています。

そのため、「貿易の拠点」としてと「アジアのビジネス拠点」としてシンガポールは、アジア最富裕国にまで経済が発展しました。

小国にとってその国が世界のどの位置にあるかということは、かなり大きな要因になります。

4.「地政学」の歴史

(1)「地政学」の成り立ち

アルフレッド・マハン

例えば「シーパワー」という概念は、アメリカの軍人・歴史家・戦略研究者のアルフレッド・マハン(1840年~1914年)(上の写真)が1890年に最初に提唱しました。

その後1910年に、イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダー(1861年~1947年)(下の写真)によって、「シーパワー」と「ランドパワー」という考え方が確立しました。

ハルフォード・マッキンダー

「ハートランド理論」を提唱したのもマッキンダーです。それに対して、「リムランド」に注目したのはアメリカ人の政治学者で地政学者でもあるニコラス・スパイクマン(1893年~1943年)(下の写真)です。スパイクマンは「リムランド」の重要性を、「ユーラシアのリムランドを制する者が、世界の運命を制する」という言葉で主張しました。

ニコラス・スパイクマン

マハンやマッキンダーの考え方は現代の地政学に通じますが、「地政学」という言葉は使っていませんでした。「地政学」という言葉を初めて用いたのは、スウェーデンの政治学者ルドルフ・チェーレンです。

(2)「地政学」とナチス・ドイツとの関わり

チェーレンは、国家を生物のように捉える「国家有機体説」を他の地政学者らと提唱した人物です。そして、「生物である国家は、生命の維持に必要な資源を獲得しなければならないと主張した点に特徴があります。

では、必要な「資源」が不足したら、国家はどのような行動を起こすのでしょうか? ドイツの軍人で地理学者のカール・ハウスホーファーらが主張した「生存圏」という考え方に、その答えがありました。「生存圏」とは簡単にいうと国家が自給自足するために必要な領土のことで、不足した場合は生存圏を拡大しても問題はないとされていました。

つまり、かつての「地政学」では、国を大きくするために他国を侵略することは当然の権利だと考えていたのです。そして、この理論を利用して、自国の侵略政策を正当化したのがナチス・ドイツでした。ナチス・ドイツは、「生存圏」などの考え方を背景に、オーストリアや東欧、ロシアへの軍事侵攻を推し進めました。しかし、「生存圏」の考え方は、第2次世界大戦後は否定されています。

ウクライナを侵略したロシアのプーチン大統領の頭にも、この「生存圏」の考えが根底にあるのかもしれませんね。

5.今「地政学」が注目される理由

かつての「地政学」は、植民地政策で領土を拡大しようとしていた当時のヨーロッパ列強の戦略に合致した部分もあり、第2次世界大戦までは盛んに研究されていました。日本でも「地政学」の書籍が複数刊行されるなど、「地政学」への関心は高かったようです。

戦後になると、侵略戦争を理論的に下支えし、推進した悪しき概念だと捉えられて、「地政学」が取り上げられる機会は激減しました。

しかし、1979年にアメリカの国務長官も務めた国際政治学者のヘンリー・キッシンジャー(1923年~ )(下の写真)の著書で「地政学」が取り上げられたことなどをきっかけに、世界では再び「地政学」が注目されるようになっていきました。

ヘンリー・キッシンジャー

日本でも、ここ数年「地政学」が非常に注目されています。その理由はどこにあるのでしょうか?

1990年代に、西側自由主義諸国と東側社会主義国による対立、いわゆる「東西冷戦」は終了しました。ただ、その後も世界は平和になったわけではなく、「領土問題」や「民族問題」など新たな対立や紛争が絶え間なく起きています。2022年には、ロシアのウクライナへの侵略が世界的な問題となっています。

世界のさまざまな問題をどう理解すればいいのか。地理的にも離れた他国の政治や戦略はわかりにくいものですが、「地政学」に照らしてみることで複雑な対立や紛争の構図を整理することができると考えられているようです。

しかし、学問の場で「地政学」を取り上げることに慎重な考え方があります。大学ではなく高校の話ですが、以前文部科学省の「教育課程部会」で、「高校の地理や歴史の科目でも地政学を教えてはどうか」という意見が出たことがありました。このときは「地政学というと国家戦略のように捉えられる可能性があり、深い知識や論争を知らない人が教えると危険だ」といった反論が出たようです。

これはGHQによる日本人洗脳プログラムの「WGIP」の呪縛のように私は思います。


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