江戸時代の笑い話と怖い話(その9)。「山高きが故に」で始まる本は?

フォローする



山高きが故に貴からず

1.故事ことわざの「山高きが故に貴からず」

「山高きが故に貴からず」という故事ことわざがあります。

これは、山はただ高いから尊いのではなく、木が生い茂っているからこそ尊いのと同じように、人間も外見だけが立派でもそれは尊いとは言えず、実質が外見に伴って始めて価値があるものだという教訓です。

山高きが故に貴からず・扁額
「たっとい」は「とうとい」の古風な言い方で、「たっとからず」は「たっとい」に打消しの「ず」が付いたもの。「尊からず」とも書きます。

平安時代の教訓書『実語教(じつごきょう)』に「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す。人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴しと為す(山はただ高いだけでは貴いとは言えず、そこに木が生い茂っているからこそ貴い。人も体が大きいだけで立派だとは言えず、知恵を持つからこそ貴い)」とあるのに基づくものです。

2.素読の教材としての『実語教』

江戸時代には、子供のころから教わる読みの訓練の一つに「素読(そどく)」というものがありました。主に道徳のことが記された漢文調のテキストが使われ、その読み下し文(訓読)を口に出して唱えながら、耳から暗記していきます。

書かれている内容の奥深い意味は、その場では問われません。その子が大人になり、人生経験を積み重ねていくうちにおのずと理解されていくという学習スタイルです。

そういう「素読」のための教材として『実語教』は、江戸時代の誰もが知っていました。特に出だしの「山高きが故に貴からず(尊からず)」というフレーズは、どんな三日坊主でも耳に残っていました。

福沢諭吉も『学問のすゝめ』の中で「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」という『実語教』の言葉を引用しています。

『実語教』の著者は不明ですが、その内容から仏教関係者であると推定されています。空海(弘法大師)の作とも言われますが、正確なことはわかりません。

3.出典の勘違いをネタにした笑い話

(1)『醒睡笑』より「いやな批判」

風呂に入った時に、ある人が「山高きが故に尊からず」と吟じるのが聞こえました。他の一人がそれを聞いて「立派な心がけでいらっしゃる。『庭訓往来(ていきんおうらい)』をお読みなさるとは」と声を掛けました。

すると別の一人が「あれは『庭訓往来』じゃないよ。『御成敗式目(ごせいばいしきもく』というものです」

ちなみに『庭訓往来』とは、 往来物 (往復の手紙)の形式をとる、 寺子屋 で習字や読本として使用された初級の 教科書 の一つです。 南北朝時代 末期から 室町時代 前期の成立とされます。 著者は南北朝時代の僧 玄恵 とされています。

擬漢文体 で書かれ、衣食住、職業、領国経営、建築、司法、職分、仏教、武具、教養、療養など、多岐にわたる一般常識を内容としています。 1年12ヶ月の往信返信各12通と8月13日の1通を加えた25通からなり、多くの単語と文例が学べるよう工夫されています。

一方『御成敗式目』とは、鎌倉時代に、源頼朝以来の先例や、道理と呼ばれた武家社会での慣習や道徳をもとに制定された、武家政権のための法令(式目)です。

貞永元年8月10日(1232年8月27日:『吾妻鏡』)に制定されたので、貞永式目(じょうえいしきもく)とも呼ばれます。

(2)『軽口露(かるくちつゆ)がはなし』より「風呂入」

京落語(上方落語)の元祖とされる露の五郎兵衛(露の五郎兵衛)(初代)が元禄期にまとめた『軽口露がはなし』にもよく似た話があります。

「ちょっと、ご免なさいね。体が冷えていて申し訳ないけど、どこか空いているところがありますか?」「ここをお通りなさい。奥の方は広いですから」「どうもすみません」などと言ってから湯舟に入った。

すると、ある人が「山高きが故に尊からず」と口ずさみ、それを耳にした知ったかぶりが、「『庭訓往来』の一番いいところですね」と口を挟んだので、おかしくなった。

今度は、別の一人が「お前さんは知ったふうな顔をしておられるが、それは『庭訓往来』なんかじゃありませんよ。『節用集』っていう謡(うたい)の本に出てることですから」

ちなみに『節用集』は江戸時代の百科事典のような本ですが、増補版『節用集』には謡を収めたものもあります。

(3)『千里の翅(つばさ)』より「はやがくもん」

近ごろ『大学』の素読を習い始め、やたらと物知り顔で高慢ちきな男がいました。同じく学者気取りの男が出しゃばって声を掛けました。「おい、やっと『大学』をかじったくらいで、偉そうなことを言うなよ。いくら自慢したって、『山高きが故に尊からず』っていうことは知らないだろう?」「いやあ、まだそこまでは習ってないから」

そもそも「山高き・・・」は『大学』に出ている言葉ではなく、そこがとにもかくにも常識知らずです。一方、返事をした男も、「山高き・・・」は『実語教』の出だしのフレーズですから、まだ習っていないということはありえないわけです。そこも笑いのポイントです。



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする