古来日本人は、中国から「漢語」を輸入して日本語化したのをはじめ、室町時代から江戸時代にかけてはポルトガル語やオランダ語由来の「外来語」がたくさん出来ました。
幕末から明治維新にかけては、鉄道用語はイギリス英語、医学用語はドイツ語、芸術・料理・服飾用語はフランス語由来の「外来語」がたくさん使われるようになりました。
日本語に翻訳した「和製漢語」も多く作られましたが、そのまま日本語として定着した言葉もあります。たとえば「科学」「郵便」「自由」「観念」「福祉」「革命」「意識」「右翼」「運動」「階級」「共産主義」「共和」「左翼」「失恋」「進化」「接吻」「唯物論」「人民」などです。
ドイツ語由来の外来語(ドイツ語から日本語への借用語)は、江戸時代は蘭学を通して、明治時代は欧米列強の近代的な技術を取り入れる過程で日本へ伝わり、日本語として定着しました。日本語になった単語の分野は、法学、医学、化学、物理学から、音楽、登山、スキーまで多岐にわたります。
そこで今回は、日本語として定着した(日本語になった)ドイツ語由来の「外来語」(その5:ハ行)をご紹介します。
1.バウムクーヘン(Baumkuchen)
「バウムクーヘン」はドイツ語で「木のケーキ」を意味するBaumkuchenが語源です。baum(バウム)は「木」、kuchen(クーヘン)は「ケーキ」を意味します。断面が木目に見えることから名付けられました。
「バームクーヘン」の発祥については諸説ありますが、原型は紀元前のギリシャで作られた「オベリアス」という串で作られたパン菓子に由来するそうです。
2.バウハウス(Bauhaus)
「バウハウス」は、1919年、ワイマール共和政期ドイツのワイマールに設立された、工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合的な教育を行った学校のことです。
また、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともあります。無駄な装飾を廃して合理性を追求する「モダニズム」の源流となった教育機関であり、活動の結果として現代社会の「モダン」な製品デザインの基礎を作り上げました。
デザインの合理性から、幅広い分野に「バウハウス」の影響が波及しています。
「バウハウス」はドイツ語で「建築の家」を意味します。中世ヨーロッパの建築職人組合である「バウヒュッテ(Bauhütte)」(建築の小屋) という語をヴァルター・グロピウスが現代風に表現したものです。
3.ハーケンクロイツ(Hakenkreuz)
「ハーケンクロイツ」は、「鉤十字(かぎじゅうじ)」のドイツ語で、ナチ党のシンボルを指します。
「鉤十字」または「まんじ」の図案は、古代からヒンドゥー教や仏教、また西洋でも幸運の印として使用されており、キリスト教では十字の図案の一種でもあり、日本では家紋や寺を示す「地図記号」などで「卍」(左まんじ)が多く使われています。また逆向きの図案(卐)は逆鉤十字、逆まんじ、右まんじとも呼ばれています。
しかし20世紀以降にドイツで民族主義運動のシンボルとされ、1920年にナチスが党のシンボルに、1935年にはドイツ国旗に採用した影響により、ナチズムやネオナチのシンボルとも見なされることが多いです。
ナチスがこのシンボルを採用した経緯は、ドイツの考古学者、ハインリヒ・シュリーマンがトロイの遺跡の中で卐を発見し、卐を古代のインド・ヨーロッパ語族に共通の宗教的シンボルと見なしたためです。これに基づき、アーリアン学説のいうアーリア人の象徴として採用したものです。
4.バス(Bass)
「バス」は、声域としては最も低い音域の声部をさすドイツ語です
5.ハンバーグ(Hamburg)
「ハンバーグ」はドイツのハンブルクで誕生したことに由来します。
「ハンバーグ」は、18世紀頃に労働者たちが安価な肉をひき肉にして焼いたのが始まりとされています。ドイツでは「フリカデレ(frikadelle)」と呼ばれ、代表的な家庭料理の一つになっています。
18~20世紀に多くのドイツ人がアメリカへ渡った際にハンブルクの料理(hamburg)として世界中に広まりました。
6.パンツァー(Panzer)
「パンツァー」は、もともとドイツ語で鎧、装甲の意味です。
ただし、現代では「鎧」に相当するドイツ語はRüstungであり、第一次世界大戦以降は「戦車」(Panzerkampfwagenの略)の意味で使われています。
英語のArmorに近いですが、より戦車そのものを意味する単語で、英文中にあえて使われる場合は、特に第二次世界大戦時のドイツ軍戦車を指します。
日本語では「装甲」と訳されています。
7.ヒエラルキー(Hierarchie)
「ヒエラルキー」はドイツ語のHierarchieに由来し、語源をさかのぼるとギリシャ語の「階層関係(hierarchia)」に由来します。
本来は聖職者による支配体系を表した言葉で、現在では様々な階層関係でも用います。主にピラミッド型の組織構造で描かれます。
8.ヒステリー(Hysterie)
「ヒステリー」はドイツ語やオランダ語のHysterieに由来します。
語源をさかのぼるとギリシャ語で「子宮」という意味があり、「ヒステリー」が子宮の異常によって起こると考えられていたため名付けられたそうです。
近代以降ではフランスの神経病学者ブリッケ(Paul Briquet)が初めて提唱しました。
9.ピッケル(Pickel)
「ピッケル」は、積雪期の登山に使う鶴嘴(つるはし)のような形の道具で、語源はドイツ語の「アイスピッケル (Eispickel) です。
昔は日本語表記として「氷斧(ひょうふ)」「砕氷斧(さいひょうふ)」「斧頭氷杖(ふとうひょうじょう)」「氷鉞(ひょうえつ)」などが使われたこともありますが定着しませんでした。
10.ヒトラーユーゲント(Hitlerjugend)(略称:HJ)
「ヒトラーユーゲント」は、1926年に設立されたドイツのナチス党内の青少年組織に端を発した学校外の放課後における地域の党青少年教化組織で、1936年の法律によって国家の唯一の青少年団体(10歳から18歳の青少年全員の加入が義務づけられた)となりました。
「ヒトラー青少年団」とも訳されます
11.ヒュッテ(Hütte)
「ヒュッテ」は、元来はテントなどの簡易宿泊施設と普通の住居との中間的な設備をもった施設の総称です。アルプス山中の酪農小屋などもヒュッテに含められますが、日本では、「山小屋」の代名詞としても用いられ、とくにそのなかでも営業小屋でなく会社や学校の経営するものや、山中の別荘などを指します。
ヨーロッパ・アルプスでは各地に「ヒュッテ」がありますが、多くは各山岳会により管理運営されています。無人のことが多いですが、利用者は規則を守り、使用費もきちんと置いて清潔に保たれています。
12.フィルハーモニー(Philharmonie)
交響管弦楽団・音楽堂などの名称に用いられる語です。(例:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団など)
13.プラセオジム(Praseodym)
「プラセオジム」は原子番号59の元素。元素記号は Pr。希土類元素の一つで、ランタノイドにも属します。
ギリシャ語でニラを意味する prason (三価のイオンが緑色を呈することから)と、ジジミウム(元は、双子を意味する didymos から命名された)を合成したのが語源です。
14.ブリッツ(Blitz)
「ブリッツ」とは、ドイツ語で稲光を指す言葉で、次のように用いられています。
①ブリッツクリーク (Blitzkrieg): 電撃戦。第二次世界大戦でドイツ国防軍がとった戦術、およびこれに影響された様々な戦術のこと
②チェスの早指しの1つ
③ザ・ブリッツ: ドイツ空軍が1940年9月7日から1941年5月10日にかけてイギリスに対して行った大空襲のこと
15.プロレタリアート(Proletariat)・プロレタリア(Proletarier)
「プロレタリアート 」とは、 資本主義社会における「賃金労働者階級」 のことです。「無産階級」とも呼ばれます。
「個々の賃金労働者」は「プロレタリア」と呼ばれます。雇用する側の「資本家階級」を指す「ブルジョワジー」と対になった概念で、『資本論』で有名なカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが『共産党宣言』で使った例によって広く普及しました。
16.ブント(Bund)
「ブント」は、日本の新左翼党派の一つで、「共産主義者同盟」のことです。「ブント」は、ドイツ語名「コミュニスティッシャー・ブント (Kommunistischer Bund)」の略称です。
1955年、日本共産党が武装闘争放棄を宣言すると、傘下の全日本学生自治会総連合(全学連)は,党指導部の方針に不満をもつ主流派と、指導部に従う反主流派に分かれて激しく対立しました。
党を除名された学生党員らは 1958年、新しい革命運動を目指して共産主義者同盟(共産同)を結成、1959年に全学連の指導権を握り、1960年の安保闘争を主導しました。しかし、安保闘争後期に多くの幹部が逮捕・勾留されて組織は弱体化し、さらに闘争敗北後の総括をめぐって分裂し解体に向かいました。
その後,革命的共産主義者同盟(革共同)全国委員会に多数が移る一方、日本赤軍の母体となった赤軍派,浅間山荘事件を起こした連合赤軍などが誕生しました。
17.ベクトル(Vektor)
「ベクトル」とは、大きさだけでなく、方向と向きをもつ量のことです。
「ベクトル」は、「運ぶ」を意味するラテン語: vehere に由来し、18世紀の天文学者によってはじめて使われました。
変位、力、速度、電場、磁場などはその例で、物理学で扱う量のなかには、このほかにもベクトルとして示される量は少なくありません。これに対して、長さ、時間、質量、熱量などのように単位と数値だけで決まる量を「スカラー(scalar)」(量)と言います。
18.ボーゲン(Bogen)
「ボーゲン」はドイツ語で「弓、弧」を意味するBogenが語源です。「ボーゲン」は重心移動により向きを変えるスキーの回転技術の一つですが、ドイツでは「シュヴング(schwung)」とも呼ばれているそうです。
19.ホルモン(Hormon)
「ホルモン」は、狭義には生体の外部や内部に起こった情報に対応し、体内において特定の器官で合成・分泌され、血液など体液を通して体内を循環し、別の決まった細胞でその効果を発揮する生理活性物質を指す言葉です。
「ホルモン」が伝える情報は生体中の機能を発現させ、恒常性を維持するなど、生物の正常な状態を支え、都合よい状態にする重要な役割を果たしています。
「ホルモン」はドイツ語のHormonに由来し、語源をさかのぼると古代ギリシャ語で「刺激する(hormān)」という意味があります。
なお、食用の牛や豚の内臓を指す語としても使われています。
20.ボンベ(Bombe)
「ボンベ」はドイツ語で「爆弾」を意味するBombeに由来します。日本では高圧の気体や液体を入れるための耐圧容器のことを指します。ドイツ語の耐圧容器はgasflascheです。
21.プレパラート(Präparat)
「プレパラート」とは、顕微鏡観察を行うにあたり観察対象(試料)を検鏡可能な状態に処理したもののことです。通常、光学顕微鏡の観察用に調製 (preparation) したものをこう呼びます。英語ではpreparation(プレパレーション)といいます。
22.ポルターガイスト(Poltergeist)
「ポルターガイスト現象」あるいは「ポルターガイスト」とは、特定の場所において、誰一人として手を触れていないのに、物体の移動、物をたたく音の発生、発光、発火などが繰り返し起こるとされる、通常では説明のつかない現象のことで、いわゆる 「心霊現象」の一種ともされています。
「ポルターガイスト」はドイツ語で「騒がしい霊」を意味するPoltergeistが語源です。
poltern(ポルタ―)は「騒々しい音を立てる」、geist(ガイスト)は「霊」を意味する言葉です。
余談ですが、詩人サトウハチローの異母妹で作家の佐藤愛子は、北海道の別荘で長年にわたって「ポルターガイスト現象」に悩まされたそうです。