古来日本人は、中国から「漢語」を輸入して日本語化したのをはじめ、室町時代から江戸時代にかけてはポルトガル語やオランダ語由来の「外来語」がたくさん出来ました。
幕末から明治維新にかけては、鉄道用語はイギリス英語、医学用語はドイツ語、芸術・料理・服飾用語はフランス語由来の「外来語」がたくさん使われるようになりました。
日本語に翻訳した「和製漢語」も多く作られましたが、そのまま日本語として定着した言葉もあります。たとえば「科学」「郵便」「自由」「観念」「福祉」「革命」「意識」「右翼」「運動」「階級」「共産主義」「共和」「左翼」「失恋」「進化」「接吻」「唯物論」「人民」などです。
ポルトガル語は、日本語と最も付き合いが長いヨーロッパの言語です。日本とポルトガルの交流は約500年前の室町時代から始まり、現在ではポルトガル語由来とは忘れてしまうくらい沢山の言葉が日本語として定着しました。
そこで今回は、日本語として定着した(日本語になった)ポルトガル語由来の「外来語」(その3:ナ行~ハ行)をご紹介します。
1.バッテラ(Bateira)
「バッテラ」は、ポルトガル語で「小舟」を意味するbateiraが語源といわれています。
幕末から明治時代にかけて洋式の端艇(ボート)をポルトガル語由来の言葉でバッテラ(bateira)と呼んでいました。
1893年に大阪の寿司屋「鮓常(すしつね)」の創業者・中恒吉が安いコノシロを使った押し寿司を考案した際に、形が小舟に似ていたことからバッテラと名付けたことに由来するそうです。
現在ではバッテラといえばサバが有名ですが、コノシロが高騰したためサバが代用として使われるようになったからだそうです。
2.パン(Pão)
「パン」は、ポルトガル語で「パン」を意味するpãoの音写です。
パンは戦国時代の1543年に種子島に漂着したポルトガル人によって鉄砲と共に伝わったそうです。昔は中国語由来で「蒸餅、麦餅、麦麺、焙菱餅、麺包」などとも表記されましたが、ポルトガル語のパンが一般的になりました。
語源をさかのぼるとラテン語のパン(panis)に由来し、これがポルトガル語のpão、フランス語のpain、スペイン語のpan、イタリア語のpaneに派生しました。英語はbreadでゲルマン語由来です。
3.ひりゅうず(filhós)
関西などでは、「がんもどき」(豆腐をつぶして、ニンジンやレンコン、ゴボウなどと混ぜて油で揚げた料理。「雁」の肉や、鶏肉のつくねの「丸(がん)」に似せたもの)のことを「飛竜頭(ひりゅうず)」とも呼びますが、この語はポルトガルのお菓子filhós(フィリョース)に由来します。
フィリョースは小麦粉と卵などから作られるドーナツのようなお菓子で、ポルトガルやブラジルなどで食べられています。
4.ビロード (Veludo)
「ビロード」は、ポルトガル語のveludo(ベルード)に由来します。
16世紀頃にポルトガル人によって伝わり、ベルードがなまってビロードと呼ばれるようになりました。定かではないですが、イタリアのベルッティ家によって発明されたからという説もあります。英語ではvelbet(ベルベット)と言います。
語源をさかのぼると、ラテン語のvillus, vellutus(毛むくじゃら)やvellus(動物の皮)に由来します。漢字では高い品質から「白い天の鳥」を意味する「天鵞絨(てんがじゅう)」と書きます。
5.ピン(Pinta)
「ピン」は、ポルトガル語で「点、印、母斑(ぼはん)」を意味するpintaが語源です。
日本語では1人や1つしかないことを指し、ピン芸人、ピンからキリまで、ピンハネ、サイコロの1の目などに使われています。
例えば、ピンハネという言葉は「1割をかすめ取る」ことから名付けられました。ピンからキリまでという言葉は西洋カルタに由来し、1の札をピン、12の札をキリと呼んだことに因みます。
キリの語源は日本語の「切り、限り」とする説が有力ですが、ポルトガル語で十字架を意味する「cruz」とする説もあります。これは十字架の十の数字の区切りが良いことから、終わり(きり)と解釈したとする説です。
ポルトガル語のpintaは「描く、染める」を意味する動詞pintarに由来し、英語のpaint(絵具)やpicture(絵)と同じ語源です。
6.ブラジル(Brasil)
「ブラジル」の国名はポルトガル語で「赤い木」を意味するpau-brasil(パオ・ブラジル)という樹木の名前に由来します。
pauは「木、木材」、brasilは「赤色(残り火の色)」を意味します。パオ・ブラジルはbrazilwood(ブラジルボク)とも言い、この木から取れる紅色の色素ブラジリンは赤色の染料として利用されていました。
ポルトガルの植民地だった頃のブラジルでこの木が大量に見つかったことから、この名前が国名になったと言われています。
ブラジルの国名は元々「真の十字架(ヴェラ・クルス)の島」を意味する「Ilha de Vera Cruz」や「聖十字架(サンタ・クルス)の地」を意味する「Terra de Santa Cruz」 と呼ばれていましたが、命名に対する反発が起こったこと、染料として利用されるパオ・ブラジルが見つかったことからブラジルと呼ばれるようになりました。
7.フラスコ(Frasco)
「フラスコ」は、ポルトガル語で「ボトル、瓶」を意味するfrascoが語源です。フラスコは実験に使われる主にガラス製の器具で、平底、丸、三角などの種類があります。英語はflasksです。
8.ブランコ(Balanço)
「ブランコ」の語源には諸説あり、ポルトガル語で「ブランコ、揺れる」を意味するbalançoに由来すると言われています。
この語はラテン語のbilanx(2枚のはかり皿)という言葉に由来し、英語のbalance(バランス)と同じ語源です。ポルトガル語のbranco(白)やスペイン語のblanco(白)に由来するという説もありますが、語源から見ると関係性は低そうです。
他の説には日本語の「ゆさぶり」や擬態語の「ぶらり、ぶらん」が変化したとする説もあります。ブランコは平安時代には中国から日本へ伝わっていたそうですが、ブランコと呼ばれるようになったのは江戸時代頃からです。室町時代~江戸時代にポルトガル語の影響が高まったことを考えると、ポルトガル語由来の説が有力かもしれません。
同じロマンス諸語のフランス語でも同じ語源のbalançoire(バロンソワール)が使われています。英語はswingです。
ブランコの歴史は古く、紀元前3000年頃のメソポタミアや、古代ギリシャ、インド、中国などにもあり、豊穣儀礼などの儀式で用いられたそうです。
なお、ブランコについては前に「ふらここ(ブランコ・鞦韆)が春の季語となった理由」という記事も書いていますので、ぜひご覧ください。
9.ベランダ(Varanda)
「ベランダ」の語源には諸説ありますが、ポルトガル語のvarandaが語源とされています。
varandaの語源をさかのぼると、スペイン語のbaranda(手すり)や、ラテン語のvāra(フォーク、三脚)に由来し、英語のvarious(様々な)やvary(変える)と同じ語源です。
varandaという語は15世紀頃からポルトガルで使われ、16~17世紀頃にポルトガル人やスペイン人によってインドに持ち込まれました。
高温多湿のインド南部では暑さを緩和するためにインド式のベランダが開発され、18世紀にイギリスの植民地になった時にヨーロッパに逆輸入されました。ヒンディー語ではbarāmadaと言い、ポルトガル語由来の外来語になります。
類似語にバルコニー、テラス、ポーチがありますが、一般に屋根があるものをベランダ、屋根がないものをバルコニー、1階にあるものをテラス、玄関先にあるものをポーチと区別しています。
10.ボサノヴァ(Bossa Nova)
「ボサノヴァ(ボサノバ)」はポルトガル語で「新しい感覚、新しい傾向」を意味するbossa novaが語源です。
ポルトガル語でbossaは「こぶ、塊、隆起」、novaは「新しい」を意味します。ボサノヴァは1950年代にブラジルで生まれた音楽ジャンルの一つで、ジャズの影響を受けて発展したサンバの新しい形態です。
これまでの熱狂的なサンバとは対照的に、ジャズの影響を受けた落ち着いた感覚のハーモニーが特徴的です。
11.ボタン (Botão)
「ボタン」は、ポルトガル語のbotãoが語源とされています。
日本では江戸時代にポルトガル語のブタンに従ってボタンと呼ばれるようになりました。ポルトガル語のbotãoも英語のbuttonも、語源をさかのぼると古フランス語(boton)に由来し、英語のbud(つぼみ)やbeat(打つ)などと同じ語源になります。
ボタンの歴史は古く、貝殻で出来た装飾用のボタンは紀元前2000年前頃にインダス文明で使われていたそうです。留め具のボタンは13世紀にドイツで登場し、体にフィットする衣服が登場するにつれてヨーロッパで普及しました。
12.ポン・デ・リング(Pão de ring)
ポルトガル語でポン・デ・リングは「リング状のパン」という意味があります。
ポン・デ・リングとは、ミスタードーナツが発売しているもちもちのドーナツで、ブラジルのpão de queijo(ポン・デ・ケイジョ)を元にして作られました。ポン・デ・ケイジョは「チーズのパン」という意味があります。
ちなみにリングは英語です。ポルトガル語でリングはanelです。