『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドス（上の画像）が文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。
絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。
『ギリシャ神話』（およびその影響を受けた『ローマ神話』）は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。
欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。
「日本神話」は、天皇の権力や天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。
前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。
第１回は「ギリシャ神話の５つの時代」です。
ギリシャ神話における人類の歴史は5つの時代に分けられています。それは「黄金の時代」「銀の時代」「青銅の時代」「英雄の時代」「鉄の時代」の５つです。
この内、ギリシャ神話に登場する多くの英雄たちが、神々に時折助けられるなど交流がありながら活躍した時代が「英雄の時代」であり、現在の人類の祖の時代だと言われています。
英雄の時代が始まったのは、「青銅の時代」を全能神ゼウスが大洪水で終わらせた後のことです。デウカリオンとピュラがゼウスの言葉に従って投じた石から生まれた種族が英雄の時代の種族です。
英雄たちは、人間離れした能力を持ち、神との関係も良好でした。彼らの中には、神に愛され、極楽エリュシオンの野に送られる者もいました。しかし、英雄の種族があまりにも増えすぎ、大地の女神ガイアが人の重みに耐えきれなくなったため、ゼウスは「テーバイ戦争」など、戦争を次々に起こさせ、人類を減らしていきます。その最後にして最大の戦争がトイロア戦争です。これらの争いのために英雄たちは滅びてしまいました。
次に現れたのが、その英雄たちの子孫である「鉄の時代」、現在の私達の時代だと言われています。
１．黄金の時代
＜黄金時代 ヨアヒム・ウテワール画＞
＜黄金時代 ピエトロ・ダ・コルトーナ画＞
＜黄金時代 ルーカス・クラナッハ画＞
「黄金の時代」は、まさにこの世の春。まるで「エデンの園」の中で、人間は幸せに暮らしていました。一年中、寒くもなく暑すぎることもなく、穏やかな気候です。
また、人間は働くこともなく、いつでも自由に食べることができる木の実や作物も豊富にありました。
この時代は、ゼウスの父クロノスが治めていた時代だといいます。
人間と動物、人間と人間が争うこともなく、食べ物に困ることもありません。いつも温かい気候はまさにパラダイス！
２．銀の時代
ゼウスは、春だけだった一年間を４つの季節（春・夏・秋・冬）に分けました。
そのため、人間は夏の暑さや冬の寒さを耐えなければならなくなりました。初めは洞くつの中で生活をしていましたが、寝る場所も必要になり家を造るようにもなりました。
また、食物の種をまき、農作物を作ることも必要になりました。しかし、「銀の時代」の人間の心は、まだ清らかで優しかったのでした。
３．青銅の時代
「青銅の時代」になると、人間の気性が荒くなって争いを始め、残忍な武器を持って戦うようになりました。嘘をついたり、欲深くなりました。
森の木々を切り倒して舟を造り、海に出て魚などの生き物をとりはじめます。また、地を深く掘って、黄金や銅など様々な金属を求めます。特に青銅（少しですが鉄）は武器に変えられました。もっと希少な「金」は、人間の欲を刺激します。
とうとう、人間は信じあうこともなく、安心して暮らすこともできません。大地は戦いの血で染まり、人々は国々の境界を定めます。
神々は人間を見捨て、天上界に去っていきました。ただひとりの女神だけは、この地上に止まりました。それが、天秤座の女神アストライアーです。
（ここに「大洪水」と「英雄の時代」を入れる説もあります）
「大洪水」（ゼウスは人間に怒り、滅ぼすことを決意）
＜大洪水 フランシス・ダンビー画＞
＜大洪水 ギュスターヴ・ドレ版画＞
ゼウスはオリュンポスの宮殿に神々を集めると、宣言します。「わしは、今の人間を滅ぼし、新しい種族を作ろうと思う。そうすれば、神々への崇拝も復活するであろう！」
そう言うなり、ゼウスはアトリビュート（ゆかりのアイテム）の雷霆（らいてい）を手にし、今まさに地上を焼き尽くそうとしました。しかし、思いとどまりました。地上が燃えさかり、天まで焼かれてしまうかもしれないと思ったからです。
だから、ゼウスは大洪水で人類を滅ぼすことに決めたのです。
ゼウスは雨雲をふき飛ばす北風を閉じ込め、南風を送り出しました。空は雨雲でおおわれ、滝のように雨が降り始めました。そして、海神ポセイドーンを呼び、川を氾濫させ、海も荒れさせました。
たちまち、地上は水でおおわれ、一面の大海原となりました。九日九夜つづき、生き物は溺れてほとんどが死んでしまいました。生き残ったものも、食べ物がなく飢え死にしました。
大洪水により、すべてが水におおわれてしまいました。ただひとつパルナッソス山だけは水面の上にその頂きを出しています。そこへ、1人の男と1人の女がたどりつきました。
プロメテウスの息子デウカリオンとエピメテウスの娘ピュラです。
人間に「火」をあたえたプロメテウスには未来が見えます。デウカリオンに大洪水が起こることを教えていたのです。だから、２人はイカダに乗ってパルナッソス山をめざしていたのです。
天上界から地上を見おろしていた大神ゼウス（ユピテル）は、デウカリオンとピュラが生き残ったのは「よし」としました。なぜなら、この２人は汚れを知らず、信心深かったからです。そして、北風に雨雲を吹き払わせました。
海神ポセイドーン（ネプトゥヌス）は、息子のトリトンをよぶと、海水と河川を呼びもどさせました。水位が下がっていくと、丘が、平原が、陸が現れてきます。しかし、荒れはてた大地は、静けさに包まれていました。
デウカリオンはピュラに言いました。「おお、わたしの妻でいとこのピュラよ、世界にはわれら2人しかいなくなってしまった。わが父プロメテウスのように、新しい人間たちを作り出せたらいいのに！ これが神々の御心だったのであろうか？」
もはや、デウカリオンとピュラには、神に祈り、神に助けを求めるしかありません。2人は聖なる女神テミスの神殿に向かいました。「女神テミスさま、どうか沈没したこの世界をお救いください」
女神テミスは次の神託を2人に授けました。
「神殿を出よ！ 頭をおおって、帯で結んだ衣を解くように！ そして、大いなる母の骨を、背後に投げよ！」
デウカリオンとピュラは呆気にとられました。しばらくして、ピュラは言いました。「女神さまの命令には従えません。骨を投げることは、母親の魂を辱めることになります」
デウカリオンとピュラは、その後も難解な神託の言葉を考え続けました。
そんなある日、デウカリオンはピュラに優しく言いました。
「神託は神聖なものだ。だから、悪を勧めるものではないはずだ。『大いなる母』とは大地のことで、大包まれているいる石が『骨』であろう。石を背後へ投げよ、という命令なんだ」
ピュラにはデウカリオンの言うことに心を動かされましたが、まだ神の信託を疑っていました。しかし、石をうしろに投げたからといって、悪いことではありません。何もしないよりはマシです。
デウカリオンとピュラは帯をとき、石を拾うとうしろへ投げはじめました。
すると、どういうことでしょうか！
投げた石は柔らかくなり、ゴツゴツした形から滑らかになっていきます。人間の形になってきたのです。それでも、石のいちばん硬いところは骨となり、石の模様は血管になったのです。
こうして、デウカリオンが投げた石は男に、ピュラが投げた石は女になり、新しい人間が誕生したのです。
４．英雄の時代
「青銅の時代」を全能神ゼウスが大洪水で終わらせた後、ギリシャ神話に登場する多くの英雄たちが、神々に時折助けられるなど交流がありながら活躍した時代です。
現在の人類の祖の時代です。
大海原の中に見えるのは、唯一パルナッソス山。この山には、二人の人間が生き残っていました。プロメテウスの息子デウカリオンとその妻ピュラ（エピメテウスとパンドラの娘）です。
ゼウスの思惑を知った〈先を見るもの〉プロメテウス。彼は、自分の息子に大洪水が起こることを教えていたのです。こうして、彼らから新しい種族「英雄の時代」が始まりました。オイディプス王の「テーバイ戦争」、「トロイア戦争」をはじめとする、半神半人の英雄が活躍した時代です。
しかし、どうしてデウカリオンとその妻ピュラがまいた石から生まれた新しい人類が英雄になっていくのか？ また、英雄が堕落して今の鉄の時代になったのか？ 説明がありません。
５．鉄の時代
「英雄の時代」の後に、人類は悪に染まってしまった鉄の時代が始まり、現代人につながるのです。
人間はあらゆる悪行を始めます。もはや、優しさはありません。だまし、悪だくみ、暴力があふれ、人間は自分勝手に金を欲しがります。
人類は昼も夜も辛苦と悲哀で、心休まるときはありません。父と子、兄弟姉妹、友と友、客人と主人は、相反し同じ心を持ちません。また、親が歳をとれば、子は親をおろそかにし、きつい言葉を浴びせます。
ヘーシオドスは、『仕事と日』の中で嘆いています。
五番目の人々の間に、私はもはやおるべきではなかった。その前に死ぬか、後から生まれるべきだった。
「鉄の時代」は、正義は腕力の中にあり、恥の心は失われてしまったのです。そして、それが現代なのです。
ロシアや中国、北朝鮮などの核兵器を持つ侵略主義・帝国主義的な共産主義諸国と、それに対峙するアメリカを中心とした日本や欧米諸国との「新冷戦時代」の現代は、まさしく「正義は腕力の中にある」というパワーポリティクスです。