<カイロス フランチェスコ・サルヴィアーティ 画>
『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。
絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。
『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。
欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。
「日本神話」は、天皇の権力や天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。
前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。
第10回は「チャンスの神」カイロスです。
1.「チャンスの神」カイロスには前髪しかない
「幸運の女神には前髪しかない」とも言われるギリシャ神話の神の名はカイロス。元来は女神ではなく、男神です
「チャンス」の神カイロスには前髪しかなく、後頭部はハゲています。
人生に何回もめぐってくる運(前髪)と不運(後頭部)。あなたには、この運をつかみ、不運を回避する準備ができていますか?
たとえば、回転寿司。食べたいネタがあれば、回ってくる前から注意していなければ、取れませんよね。
2.「チャンスの神」カイロスとは
<カイロス フランチェスコ・サルヴィアーティ 画>
カイロスは、ギリシア語で「機会(チャンス)」を意味する καιρός を神格化したギリシア神話の男神です。元は「刻む」という意味の動詞に由来しています。
キオスの悲劇作家イオーンによれば、ゼウスの末子とされていますが、母は不明です。
カイロスの風貌の特徴として、頭髪が挙げられます。後代での彫像は、前髪は長いが後頭部が禿げた美少年として表されています。
「チャンスの神は前髪しかない」とは「好機はすぐに捉えなければ後から捉えることはできない」という意味ですが、このことわざはカイロスに由来するものです。
また、両足には翼が付いているとも言われています。オリュンピアにはカイロスの祭壇がありました。
ちなみに、ギリシャ語には「時」を表す言葉が「カイロス(καιρός )」と「クロノス(χρόνος )」の二つがあります。前者は「時刻」(「機会」や一瞬、人間の主観的な時間を表すこともあり、内面的な時間)を、後者は「時間」(過去から未来へと一定速度・一定方向で機械的に流れる連続した時間)を指しています。
つまり「クロノス時間」とは過去から未来に流れる一定の (客観的な)時間を表すのに対し、「カイロス時間」とは個人の主観によって速度が変わったり、ある一瞬が特別なものに感じられたりするようなものだともいわれます。