日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.あなた任せ/彼方任せ(あなたまかせ)
小林一茶に「ともかくも あなたまかせの 年の暮れ」という俳句があります。
この句は、「この一年、さまざまのことがあったが、あれこれ考えたところでどうにもならない。今となってはすべてを阿弥陀如来様にお任せして、年の暮れを迎えることにしよう」という意味です。
「あなた任せ」とは、他人に頼って、その人の言うとおりにすることです。
あなた任せの「あなた」とは「阿弥陀如来」のことで、本来は、阿弥陀仏の力に任せることを「あなた任せ」と言いました。要するに「他力本願」ですね。
ちなみに鎌倉大仏(下の写真)も、銅造阿弥陀如来坐像です。
小林一茶の「ともかくも あなたまかせの 年の暮」は、「あなたまかせ」が本来の意味で使われた俳句で、「年の暮れもすべて仏様に任せるよりほかない」という意味です。
日常会話の中で使用されていくうち、「他力本願」の「他力」と同じように、「あなた」が「他人」の意味と誤用されるようになったことで、「他人の言いなりになる」という好ましくない意味を含むようになりました。
2.顎足付き(あごあしつき)
「顎足付き」とは、食事代と交通費が先方持ちであること、出張依頼の旅行などにかかる宿泊費、食費、交通費が先方持ちであることです。
テレビに出ている芸能人などがよく使う言葉ですね。
顎足付きは、主催者が食事代と交通費を負担することをいった、寄席芸人の隠語でした。
顎足付きの「顎(あご)」は、食べるときに噛み砕くところから食事の意味で、転じて、江戸深川の岡場所(非公認の遊女屋)などでは、食事代を言うようになりました。
「足(あし)」は「足代(あしだい)」の略で、交通費の意味です。
「顎」と「足」で飲食費と交通費になりますが、宿泊費も含めて旅費全体を指すことが多いようです。
3.上がったり(あがったり)
「商売上がったり」などのように用いる「上がったり」という言葉。
「上がったり」とは、商売や事業がうまくいかず、どうしようもなくなること。また、そのさまのことです。
上がったりは、動詞「あがる(上がる)」の連用形に完了の助動詞「たり」が付いた語で、江戸後期から用例が見られます。
雨や雪が降り止むことや、ゲームでゴールに辿り着いたり、勝負がついた状態を「あがる」と言うように、あがるには「終わる」の意味があります。
これに完了の助動詞が付いた「上がったり」は、「もう終わってしまった」という意味になります。そこから、商売などがうまくいかず、どうしようもなくなることの意味に転じました。
4.在り来たり(ありきたり)
「ありきたり」とは、元からあることの意から新味のないこと。珍しくないこと。ありふれていること。また、そのさまのことです。
ありきたりは、動詞「在り(有り)来たる」の連用形が形容詞として用いられるようになった語です。
「あり(在り・有り)」は「存在すること」、「来たる」は動詞の連用形に付いて「し続けて現在にまで及ぶ」を意味します。
ありきたりの原義は、「もとから存在し続けてきたこと」「今まで通りであること」です。
転じて、「ありふれていること」「珍しくないこと」の意味となりました。
5.阿鼻叫喚(あびきょうかん)
「阿鼻叫喚」とは、地獄に落ちた亡者が、責め苦に堪えられずに大声で泣きわめくような状況の意から、非常な辛苦の中で号泣し救いを求めるさま、非常に悲惨でむごたらしいさま、災害時など悲惨な状況に陥り、人々が泣き叫ぶさまのことです。
阿鼻叫喚は、「阿鼻地獄」と「叫喚地獄」を合わせた仏語です。
阿鼻はサンスクリット語「avici」の音写「阿鼻旨」の略で、「無間(むげん)」(ひっきりなしであることの意)と漢訳し、「阿鼻地獄」や「無間地獄」と呼ばれます。
阿鼻地獄は、仏教で説く「八大地獄(八熱地獄)」(*)の「無間むけん地獄」です。現世で父母を殺すなど最悪の大罪を犯した者が落ちて、猛火に身を焼かれる地獄です。八大地獄の中の第八の地獄で最下層に位置し、猛火に身を焼かれるなど最も責め苦が激しく、罪人は絶え間なく苦しみを味わう最悪の地獄です。
叫喚は「叫び声」を意味するサンスクリット語「raurava」の漢訳で、「叫喚地獄」と呼ばれます。
叫喚地獄は、八大地獄の中の第四の地獄で、熱湯の大釜で茹でられたり、猛火の鉄室に入れられたりします。
「阿鼻地獄」と「叫喚地獄」を合わせた阿鼻叫喚は、地獄の激しい責め苦にあって泣き叫ぶ様子から、災害など非常にむごたらしい様子のたとえに使われるようになりました。
(*)「八大地獄」とは、日本で一番親しまれている源信僧都の『往生要集』によると
1.等活地獄、
2.黒縄地獄、
3.衆合地獄、
4.叫喚地獄、
5.大叫喚地獄、
6.焦熱地獄、
7.大焦熱地獄、
8.阿鼻地獄(無間地獄)
の8つの地獄のことです。
6.上がり(あがり)
「あがり」とは、すし屋などの料理屋で、煎じたばかりのお茶を指す言葉です。また、一般にお茶のことです。
「出花(でばな)」とも言います。「鬼も十八番茶も出花」(器量の悪い女性でも、年頃の娘盛りになれば、みな美しく見えるものであるというたとえ)ということわざがありますが、この「出花」とは、番茶や煎茶に湯を注いだばかりのもののことです。
あがりは「上がり花(あがりばな)」の略で、元は遊郭の言葉です。「お茶を挽く(お茶挽き)」という言葉は、客のつかいない遊女や芸者が暇を持て余していることを意味するため、遊郭では「お茶」を忌み嫌います。
そのため、「客があがる」という縁起を担いで、「お茶」を「あがり」と言うようになりました。あがり花の「花」は「最初」のことです。
「出たばかり」という意味の「出端」と「花」を掛けた、「出花(でばな)」と同様です。
最初のお茶を「出花」、最後に出すお茶を「あがり花」と言っていたとする説がありますが、「出花」も「あがり花」も最初に出すお茶のことで、あがりの意味が変わった訳ではありません。
この説は、すごろくなどで「ゴール」を表す「あがり」と同義と捉えたことから、「あがり花」を最後と勘違いしたもののようです。