我々日本人の主食の米となる稲は、「田圃(たんぼ)」「水田」「棚田(たなだ)」「田植え」「稲刈り」など日本の原風景につながるもので、「コシヒカリ」「ササニシキ」などの有名銘柄米とともに都会に住む人にもよく知られています。
しかし稲に比べて麦は、「麦秋(ばくしゅう)」という言葉もありますが、「麦畑」を見たことのない人も多いのではないでしょうか?
更に言えば、大麦と小麦の違いを正確に説明できる人はもっと少ないと思います。
大麦と小麦は名前が似ていることから同じ種類と考えられがちですが、実はまったく異なる性質をもつ植物です。
そこで今回は、大麦と小麦の違いとともに、大麦・小麦の用途と特徴、麦からできる健康的な食品、大麦・小麦以外のライ麦や燕麦などについてご紹介したいと思います。
1.麦と呼ばれる穀物とは
麦は大麦、小麦、ライ麦、燕麦(エンバク)など、見た目の似たイネ科の穀物の総称で、「~ムギ」「~バク」と呼ばれます。
日本では大麦も小麦も麦の仲間ですが、英語では「麦」をあらわす言葉はなく、大麦は“Barley”(バーレイ)、小麦は“Wheat”(ウィート)と別の植物として分類されます。
2.大麦と小麦の違い
(1)大麦
大麦はイネ科オオムギ属の越年草で、古くから栽培されてきた穀物です。日本では主に二条麦や六条麦、裸麦、もち麦などが栽培されています。
①二条麦
二条大麦は穀の粒の一つ一つが大きいことが特徴で、大粒大麦とも呼ばれます。主にビールの製造に使われ、ヨーロッパで栽培される大麦の大部分はこの二条大麦です。
②六条麦
六条大麦は、大粒の二条大麦と比較すると粒が小さい穀物です。大麦を穀物として食べる場合には、六条大麦が使われます。
二条麦、六条麦ともに実と皮に糊状の物質で接着されているため皮をはがせないのが大きな特徴です。
③裸麦(はだかむぎ)
六条麦の突然変異で、皮が簡単に剥(は)がせるのがはだか麦です。揉(も)むだけで簡単に皮がはがれるため、食用として広く栽培されるようになりました。
二条麦、六条麦、裸麦はうるち性です。精白した麦をローラーで押しつぶせば「押し麦」になります。
④もち麦
二条麦、六条麦、裸麦と異なり、もちもちした食感をもつもち性の大麦がもち麦です。もち米の代用品として使用され、もち麦の粉で団子を作ります。
近年では健康的な雑穀としてもち麦入りのご飯も人気です。
⑤大麦からできる食品
- ビール
- ウィスキー
- 焼酎
- 麦飯
- 麦みそ
- はったい粉
- ポン菓子
- 麦茶
- 麦芽飲料
- 青汁(大麦若葉) など
(2)小麦
「人類最古の作物」といわれる小麦はイネ科コムギ属の一年草、世界三大穀物のひとつで、生産量は米と同程度です。小麦の種子を収穫して粉状にして小麦粉として使用します。
①硬質・中間質・軟質小麦
小麦の種類は硬質・中間質・軟質小麦に分かれます。硬質になるほど含まれるタンパク質の量が多く、中間質、軟質になるほど減少します。
タンパク質を多く含む硬質小麦ほどグルテンの形成力が強くなり、パンに適した小麦粉(強力粉)ができます。
- 硬質小麦:強力粉 用途:パン、ピザ生地など
- 中間質小麦:中力粉 用途:うどんなど
- 軟質小麦:薄力粉 用途:ケーキ、菓子類など
②デュラム小麦
デュラム小麦はマカロニ小麦とも呼ばれ、パスタ(スパゲティ、マカロニなど)の原料です。製粉の工程でセモリナという黄色い胚乳の部分が取り出され、パスタに加工されます。
デュラム小麦はタンパク質が豊富で、粘り気が少ないのが特徴です。粘り気がないためパンにする場合はパン用の小麦を混ぜます。
③小麦からできる食品
- パン
- ケーキ
- うどん類
- 麩(ふ)
- パスタ類
- 中華麺
- グルテンミート
- クスクス
- 小麦胚芽油 など
(3)大麦と小麦の違い
①穂のヒゲの長さ
一説では、大麦の葉は小麦よりやや短いものの幅が広く、発芽したての段階では大麦のほうが大柄に見えるため、「大麦」「小麦」の呼名が付いたといわれています。
しかし両者の違いは、背丈や葉の幅よりも穂から出ているひげのような突起の「禾(芒/のぎ)」の長さに現れており、禾が長く穂よりも上に出ているものが大麦、短くて不揃いなのが小麦といわれています。
しかし品種によっては大麦でも禾が短いものもあるため必ずしもそうとは言えず、穂の子実が上から見て対角線上に並んでいるのが大麦であると見分けるのが良さそうです。
②用途の広さと質の良否
大麦と小麦の大小は、穀粒の大きさによるものではありません。「大」は用途の範囲が広い、質の良い、「小」は代用品、質が劣る、という意味を持ちます。
現在では小麦が多く使われますが、中国に伝来した当時は、皮を取り除いて粥などとして簡単に食べられる大麦が上質と考えられたようです。
中国の字書で大小のコムギの区分が初めて立てられたのは、三国魏(3世紀)の張揖(ちょうゆう)の「広雅(こうが)」においてです。本書の巻十上釈草の条に「大麥は麰(ぼう)なり、小麥は麳(らい)なり」と記されています。
麳は、ムギに関係しますが、それまでの來と区別するために、漢代あたりに麥編を添えて造字されたと考えられます。つまり麳は來と通用します。そして本来は來麰と熟する語彙が、張揖によって「麳はコムギ、麰はオオムギ」にそれぞれ固定されます。
余談ですが、大麦と小麦という言葉は日本では8世紀には既に存在(*)していました。
(*)「日本古代穀物史の研究(鋳方貞亮著、吉川弘文館、1977年)」という本に、「麦を大麦と小麦とに分けた記録の初見は、賦役令、義倉の条である。」との記述があり、賦役令は養老令(718年)の第10番目の編目なので、8世紀には、日本に大麦と小麦という言葉が既に存在していたことになります。
③タンパク質の違いはあまりない
大麦と小麦の成分はデンプンやタンパク質で大きな違いはありません。大麦にはやや食物繊維が豊富に含まれ、大麦のタンパク質はホルデイン、対して小麦に含まれるタンパク質はグルテンです。
④グルテンの多いのは小麦
大麦と小麦の大きな違いはグルテンが多く含まれるかという点です。
小麦粉は練るとグルテンによりネバネバした状態になります。この性質をいかして、パンやケーキ、麩などに加工します。
一方、大麦粉はグルテンはほとんど含まれず、大麦粉でパンを焼く場合には小麦粉やグルテンなどを補う必要があります。
⑤パンの食感の違い
グルテンが豊富な小麦で焼いたパンはフワフワの食感が楽しめますが、大麦で作るパンはずっしりと重い食感になります。
大麦の粉でつくるパン生地は不安定で扱いにくいため、小麦粉に比べるとパン作りには積極的に利用されません。
なお、小麦アレルギーの原因物質はグルテンですが、大麦のたんぱく質ホルデインと非常によく似た分子構造をしています。そのため、稀に大麦でもアレルギー反応を起こしてしまうことがあります。小麦アレルギーがある方は、注意をしてください。
3.大麦・小麦の用途と特徴
(1)グルテンミート
小麦粉を水で練ってつくる肉の代用食をグルテンミートまたはセイタンといいます。
肉が食べられない、アレルギーや健康上の問題で制限されている、ヴィーガンなどの菜食主義の人たちが肉の替わりに炒め物やフライにして食べられる食品です。
(2)ビール
ビールづくりには大麦(二条大麦)が大きな役割を果たしますが、小麦もビールの原料です。
小麦胚芽を多くして作った場合は白ビールと呼ばれ区別されます。小麦胚芽はビールの泡立ちをよくし、さわやかな風味を与える重要な材料です。
(3)ウィスキー
大麦麦芽(モルト)のみで作るウィスキーをシングル・モルトウイスキーといいます。
ライ麦やトウモロコシから作るグレーンウィスキーのほとんどはモルトウイスキーとブレンドずるため、ウイスキーづくりにも大麦が欠かせない存在です。
4.大麦・小麦以外の麦の仲間
(1)ライ麦
ライ麦(らいむぎ)の別名はクロムギ(黒麦)で、黒パンといえばライ麦を使用して焼いたパンです。
国によってライ麦と小麦粉の配合量や挽き方によってパンの名前が決められていることもあります。
主に北アメリカやヨーロッパで栽培され、小麦の栽培に適さない土地や、やせた土壌でも育ち、寒さにも強い穀類です。ライ麦の種子はウィスキーやウォッカに醸造されます。
(2)燕麦
燕麦(えんばく)は、英語名“Oat”(オート)から、オート麦、オーツムギなどと呼ばれます。
燕麦を脱穀して乾燥させた後、加熱してローラーにかけるとフレーク状のロールドオーツとなり、シリアルなどに利用されます。燕麦はタンパク質、ミネラル、食物繊維などの栄養成分が豊富な穀物です。
①燕麦の用途
燕麦はウィスキーやビールの原料にも使われ、グラノーラも燕麦からできています。
ロールドオーツを牛乳や水で粥状にしたものはオートミールで、健康的な朝食としてお勧めです。
燕麦のフスマ(オートブラン)も食物繊維が豊富でシリアルなどにも加工されています。燕麦から作るオートミルクは牛乳の代用品として人気です。
②燕麦のその他の用途
燕麦の代表的な用途が馬の飼料です。燕麦には食物繊維が豊富で、馬が好む飼料の代表格です。
燕麦を畑で育てそのまま鋤(す)き込んで利用する緑肥として使われることもあります。
燕麦の新芽を好んで食べるネコがいることから、「ネコの草」として販売されています。
(3)鳩麦(はとむぎ)
鳩麦はキビ亜科に属するトウモロコシの近縁です。大麦や小麦などほかの麦類はイネ科イチゴツナギ亜科に属するため、鳩麦とは異なります。
鳩麦はジュズダマ(数珠玉)とも呼ばれ、種子は食用です。飼料用や牧草としても栽培されることもあります。