日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.首っ引き(くびっぴき)
「首っ引き」とは、ある物をそばから手放さず使用、参照することです。
首っ引きは、「首引き(くびひき)」が促音化した語です。
首引きとは、向き合った二人が輪にした紐を互いの首にかけ、引っ張り合って寄せられた方が負けとする遊びのことです。
二人の距離が近く、懸命に向き合って行う様子から、ある物と向き合って離れずに物事を行う比喩として「首っ引き」と言うようになりました。
現代では「辞書と首っ引きで」というように、書物を手元に置いて常に参照しながら作業することを表しますが、古くは書物に限らず、ある物を近くに置いて手放さないでいることを広く意味しました。
2.草臥れる(くたびれる)
「草臥れる」とは、くたくたに疲れて元気がなくなる。長く使って、みすぼらしくなることです。
くたびれるの古形は「くたびる」で、「くた」は「くつ(朽つ)」「くたす(腐す)」と同源。
「くたばる」の「くた」も、同じ語幹である。
「びる」は、悪びれるの古形「わるびる(悪びる)」の「びる」などと同じく、ある状態を言い表す語。
くたびれるの漢字「草臥れる」は、『詩経』にある「草臥」を慣用したもの。
「草臥」は、疲れて草に臥すの意味です。
3.蛇(くちなわ)
「くちなわ」とは、ヘビの異名です。
ヘビを「くちなわ」というのは、ヘビの形が朽ちた縄(腐った縄)に似ていることに由来します。
口が付いた縄のような生き物の意味からではありません。
「蛇」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・草の葉の 蛇の空 死したりけり(小林一茶)
・蛇が殺されて居る 炎天をまたいで通る(尾崎放哉)
・金色の 蛇の冬眠 心足る(加藤楸邨)
4.鞍替え(くらがえ)
2022年の参院選では、私の地元の大阪府高槻市で、前回の衆院選で日本維新の会の池上卓氏に敗れて落選した辻元清美氏が「参院比例区に鞍替え」して当選した例があります。
「鞍替え」とは、職業・職場・所属などを、それまでとは別のものにかえることです。
鞍替えは、近世に遊里で使われていた言葉で、元々は、遊女が勤めていた店を別の店に替えることをいいました。
遊里語では、病気や売上が上がらないなどの理由で、他の店に転売される場合での使用が多く、マイナス要素を伴った言葉でした。
現代では、本人の意思による転職など、マイナス要素を含まずに用いられることが多くなっています。
「鞍」は馬や牛の背中につけ、人が乗りやすいようにする道具のことですが、ここでの「鞍」は当て字なので、「鞍を替える」という意味と「鞍替え」の語には関係性がありません。
鞍替えの語源には、「くら」が「倉」や「座」などと同じく居場所を意味する「くら」で、居場所を替えることからとする説。
遊郭・遊里のことを「郭(くるわ)」といったことから、「郭替え(くるわがえ)」の訛りとする説。
「寝座替(ねぐらがえ)」の上略など諸説あります。
5.玄人はだし/玄人跣(くろうとはだし)
「玄人はだし」とは、素人にもかかわらず、専門家が驚くほど技芸や学問が優れていることです。
玄人はだしは、玄人(専門家)が履物をはくのも忘れ、はだしで逃げ出すほどであるという意味に由来する。
上記のとおり、はだしで逃げ出すのは素人ではなく玄人の方なので、「素人はだし」というのは誤り。
「素人」を使って専門家のようであることを表す場合は、「素人離れ」といいます。
「玄人」を「プロ」に置き換え、「プロはだし」といった表現もされるようになりました。
「はだし」の漢字には「裸足」と「跣」がありますが、玄人はだしの漢字は、ふつう「玄人跣」と書きます。
6.薬指(くすりゆび)
「薬指」とは、中指と小指の間の指のことです。「紅差し指(べにさしゆび)」「名無し指(ななしゆび)」「薬師指(くすしゆび)」とも言います。
薬指を古くは「ナナシノユビ」「ナナシノオユビ」「ナナシノオヨビ」と言い、中世頃から「クスシノユビ」「クスシユビ」、江戸時代から「クスリユビ」「ベニサシユビ」と呼ばれ、明治後半以降、「薬指」が一般的な呼称となりました。
「ナナシノユビ」「ナナシノオユビ」「ナナシノオヨビ」の「ナナシ(名無し)」は、中国で薬指のことを「無名指」と呼んでいたことから、その訳語と考えられ、「オユビ」「オヨビ」は「指」をいう古語です。
「クスシノユビ」「クスシユビ(薬師指)」の「クスシ(薬師)」は「薬師如来(やくしにょらい)」のことで、薬師如来が印を結ぶ際に使う指だからという説があります。
「ベニサシユビ(紅差し指)」は紅をさすのに使う指の意味で、「クスリユビ(薬指)」は薬をつけたり、薬を水に溶かしたりするのに用いる指からと考えられています。
「薬師指」から「薬指」への変化は、上記の役割からと考えられていますが、それ以前に「薬師(やくし)」を「くすし」と呼んでいる点に疑問が残ります。
「薬師」を「くすし」といった場合、「医師」や「薬師(くすりし)」を表し、その語源は「くすりし」の略や、治療する意味の「くすす」からと考えられています。
そのため、「薬師指」と呼ばれていた時点で、薬を水に溶かしてつけるのに用いる指という意味があったとも考えられます。