日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.鮫(さめ)
鮫と言えば、人食い鮫の映画「ジョーズ」を思い出す方も多いと思います。
「サメ」とは、軟骨魚綱板鰓類で、エイ目以外の総称です。骨格は軟骨。口は頭部の下面に開き、尾は刀状です。
サメの語源には、「狭目・狭眼(さめ)」の意味とする説が多いようです。
しかし、サメの目は体に比べて小さいとは言えますが、狭い(細い)とは言えません。
目の大きさを語源とするならば、1億分の1の単位を表し、非常に小さい粒を意味する「沙」で「沙目(さめ)」、もしくは「小目(さめ)」の方が良いと思われます。
数字の単位については、「「数字の単位」は「摩訶不思議」。「数字の不思議なマジック」「数字の大字」も紹介!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
「メ」は魚につける指称辞として用いられる語です。
目の大きさに関係ないとすれば、古くはクジラが「イサナ(磯魚)」と呼ばれていたことから、「イサメ(磯魚)」の上略とも考えられます。
また、アイヌ語でも「サメ」は「サメ」や「シャメ」と言います。
アイヌ語が和語に入ることはあっても、和語からアイヌ語に入ることはないことから、アイヌ語説は有力視されています。
ただし、アイヌ語から和語になった動物は、もともと寒い地域に棲息するものが多く、広域に棲むサメがこれに該当するとは言い切れません。
『古事記』や『風土記』では、「サメ」が「ワニ」と呼ばれており、古く「ワニ」は「サメ」を指す言葉であったことがわかります。
サメの漢字「鮫」の「交」は、くねらせることを表します。体をくねらせる魚の意味で、魚へんに「交」で「鮫」となりました。
2.蝲蛄/ザリガニ(ざりがに)
「ザリガニ」とは、ザリガニ科の甲殻類の総称です。日本在来種のニホンザリガニと、アメリカザリガニ・ウチダザリガニ・タンカイザリガニなどの輸入種がいます。エビガニ。
ザリガニの語源には、次の二説があります。
①いざるように移動するところから「ヰザリガニ」と呼ばれ、「ヰ(イ)」が脱落して「ザリガニ」になったとする説。
②ザリガニは移動する時に後退するため、「しさる・しざる(退る)」の名詞形「シザリ」から「シザリガニ」と呼ばれ、「シ」が脱落して「ザリガニ」になったとする説。
この二説では、ザリガニの特徴をよく捉えた、後者の説がやや有力です。
その他、「砂利蟹」の意味とする説もありますが、生息地に砂利があるとは限らないため考え難い説です。
3.猿(さる)
「サル」とは、霊長目のうちヒト科を除いた動物の総称です。狭義にはニホンザルを指します。ましら。エテ公。
サルの語源には非常に多くの説があります。
①獣の中では知恵が勝っていることから「マサル(勝る)」の意味とする説が有力と考えられています。
その他の説としては、次のようなものがあります。
②アイヌ語で「サロ」、また、尻尾をもつものを「サルウシ」と言うことから、サルの語源はアイヌ語にあるとする説。
③古くから神聖視され、馬と共に飼えば馬の病気を砕くと言って馬の守護神とされていたことから、「マル(馬留)」が転じて「サル」になったとする説。
④漢字「ソン(獣偏に孫)」の音「sar」、マレー半島語の「sero」、インド中部のクリ語「sara」に由来する説。
「猿廻し」は新年の季語、「寒猿(かんえん)」は冬の季語で、「猿酒(さるざけ)」は秋の季語です。
・廻さるる 猿より猿の 貌(かお)をして(小澤克己)
・猿酒や 樵(きこり)の腰の 革袋(品川秀麿)
・猿酒や 猿が見おくる 雁の腹(龍岡晋)
なお、「猿酒」については、「猫の恋・猿酒・神の旅・花盗人・遍路などの面白い季語」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
4.皐月(さつき)
「サツキ」とは、ツツジ科の常緑低木です。関東以西の川岸の岩山などに自生し、古くから観賞用として栽培されています。杜鵑花。
サツキは、「サツキツツジ」の下略です。
サツキは他のツツジに比べ花の咲く時期が遅く、旧暦5月の頃に咲くツツジということから、月の名「皐月」が転用されたものです。
月名の「皐月」は耕作に由来し、田の神に祈るため苗代に挿す花もサツキです。
このことから、5月に咲くというだけでなく、農民との関わりの深さも名前の由来に関係していると考えられます。
「皐月」は夏の季語です。
5.左官(さかん)
「左官」とは、壁を塗る職人のことです。かべぬり。壁大工。泥工(でいこう)。しゃかん。
左官の語は、平安時代に遡ります。
平安時代には、宮殿の建築や宮中を修理する職人を「木工寮の属(さかん)」と呼びました。
属(さかん)は、律令制で各官庁の階級を「かみ」「すけ」「じょう」「さかん」と構成した四等官のひとつである。
壁塗り職人は木工属に任命され、出入りを許可されていたことから、「さかん」と呼ばれるようになりました。
漢字の「左官」は当て字で、古くは「沙官」「沙翫」と表記されていました。
「左官」を「しゃかん」と発音するのは、「さかん」の訛りです。
ただし、「さ」に「沙」の字が当てられていたこともあるため、単なる訛りではないとも考えられます。
6.財布(さいふ)
「財布」とは、金銭を入れる布や革でつくった袋です。
漢語の「財布(サイフ)」に由来します。
「財」は財宝や財産などの「財」、「布」は木綿や麻の織物を用いて作った袋のことで、財布は財産を入れるための布袋のことです。
明治時代の辞書『和訓栞』には「さいふ 割符(わりふ)の義也といへり、今は其器(そのき)を称せり」とあり、「さいふ(割符)」の意味から、それを入れる入れ物を呼ぶようになったかのように書かれています。
しかし、これは「さいふ(割符)」と「さいふ(財布)」の音が同じであることから、混同したものと考えられます。
7.桜肉(さくらにく)
「桜肉」とは、馬肉の俗称です。単に「桜(さくら)」とも言います。これを味噌仕立てにしたり、すき焼き風にした鍋物は「桜鍋」と言います。
桜肉の語源は、馬肉の色が桜色であるから。また、桜の咲く時期の馬肉は、冬の間に草や殻類を沢山食べているため、脂がのって美味しいことからといわれます。
しかし、鮮やかな桜色をしている時間は短く、時間が経ち酸化すると黒っぽい茶褐色になることや、昔は刺身ではなく鍋物として食べられることが多かったため、桜色の説はやや考え難いものです。
江戸時代には獣肉を食べることが禁じられており、そのままの名前で呼ぶことがはばかられました。
そのため、猪の肉を「牡丹(ぼたん)」、鹿の肉を「紅葉(もみじ)」と呼んでいたように、馬肉にも植物の名前をつけようとしたことが基本としてあったと思われます。
そこに「桜」が選ばれた理由として、切った時の肉の色を関連付け、「桜肉」と呼ぶようになったと考えられます。
8.栄螺(さざえ)
「サザエ」とは、リュウテンサザエ科の海産の巻貝です。多くは殻表に長く太いとげのような突起を持っています。壺焼きにして食べることが多いですが、新鮮なものは刺身でも美味です。さざい。さだえ。
サザエの語源には、「ササエ(小家)」の転、「ササエ(小枝)」の転、「サヘデサカエ(塞手栄)」の転、「サザレ(礫)」の転、「ササエダ(碍枝)」の転など諸説あります。
この中では、「サザレ(礫)」が転じたとする説が若干有力とされています。
しかし、平安時代の語形は「サダエ」で、その後「サダイ」、室町時代に「サザイ」、18世紀初頭から徐々に「サザエ」になっていることから、「サザレ」とするのは難しく、語源は未詳です。
サザエの漢字「栄螺」や「拳螺」の「螺」は、巻貝の総称です。
「栄」は音や形から、「拳」は形から当てられたものです。
「栄螺」は春の季語で、次のような俳句があります。。
・食堂の 隣の卓の 焼栄螺(高木晴子)
・手拭に 包み余りし 栄螺かな(森無黄)
・栄螺取り 小さき錨 上げて去る(大串章)