日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.硯(すずり)
「硯」とは、墨を水ですりおろすために使う、石や瓦で作った道具です。
すずりは、「墨磨り(すみすり・すみずり)」の略と考えられています。
漢字の「硯」は、呉音・漢音ともに「ゲン」、慣用音では「ケン」で、「石」+音符「見」からなる形声文字です。
「見」の原義とは関係なく、「研」と同系の文字です。
奈良時代や平安時代のすずりは陶磁製が多かったのですが、平安時代中頃から中国の流行に伴なって、石のすずりが作られるようになりました。
中国で硯は、筆・墨・紙とともに文房四宝のひとつとされます。
「初硯(はつすずり)」は新年の季語で、「硯洗(すずりあらい)」は秋の季語です。
・百ばかり 年といふ字を 初硯(斯波園女)
・一字づつ 氷を出たり 初硯(飯島吐月)
・おもへただ 硯洗ひの 後の恥(斯波園女)
・撫でたくて 小春の硯 洗ふなり(林翔)
2.炭/墨(すみ)
「炭」とは、薪材を蒸し焼きにして、燃料や貯火用にする黒塊。木炭。木などが焼けて黒くなったものです。
「墨」とは、油煙や松煙をにかわで固めたもの。また、これを水と共に硯ですってできる黒色の液です。墨汁。絵の具を固めて作り、硯などですって絵などを描く時に用いるもの。朱墨など。物を燃やした時に出るすす。タコ・イカの体内にある黒い汁。
墨を「すみ」というのは、油煙の炭で作ることからで、「炭」と同源です。
漢字の「墨」は、漢音で「ボク」、呉音では「モク」です。
炭の語源は、触ると黒くなることから「そみ(染)」の転か、火が消えた後の意味で「済み」の意味と考えられます。
その他、すすの実など「煤(すす)」と関連付ける説もあります。
「炭」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・小野炭や 手習ふ人の 灰せゝり(松尾芭蕉)
・朝晴れに ぱちぱち炭の きげんかな(小林一茶)
・學問の さびしさに耐へ 炭をつぐ(山口誓子)
・粉炭もたいなく ほこほこおこして(尾崎放哉)
3.雀鮨/雀寿司(すずめずし)
「雀寿司」とは、小鯛(こだい)を背開きにし、腹中にすし飯を詰めたものです。大阪・和歌山の名物。大阪では「すし萬(鮨萬)」の小鯛雀鮨が有名です。
雀寿司は、現在では小鯛を用いるのが普通ですが、元々はボラの幼魚「江鮒(えぶな)」を開いて腹にすし飯を詰めたものでした。
そのすし飯を詰めて膨らんだ腹や、ピンと張ったヒレの形が、鳥のスズメに似ていることから、この名が付きました。
江戸前期の俳書『毛吹草』(1645年刊)には、大阪名物として江鮒を用いた「雀鮨」が紹介されています。
4.菘(すずな)
「すずな」とは、かぶの異名で、「春の七草」の一つです。
すずなの「すず」は、「ささ(細小)」が変化した語と考えられていますが、すずな(かぶ)が他の植物に比べ、圧倒的に小さいと言えるほどではありません。
すずなが「鈴菜」とも表記されるところから考えれば、「鈴花菜(すずはなな)」の略。
もしくは、楽器の「鈴」ではなく「錫」のことで、錫製の丸い容器に似ているところから付いた名とも考えられます。
「菘」「鈴菜」は新年の季語で、次のような俳句があります。
・山口に つくる生駒の 鈴菜かな(池西言水)
・ふり袖に すずなもつむや さんばさう(元次)
5.蘿蔔/清白(すずしろ)
「すずしろ」とは、大根の異名で、「春の七草」の一つです。
すずしろの「すず」は「涼しい」の「すず」、「しろ」は根の白さで、すがすがしく白い根を表した「涼白(すずしろ)」を語源とする説があります。
漢字で「清白」と表記することや、単純で分かりやすいことから上記の説が有名です。
ただし、「清白」は当て字で、「涼白」の意味が先にあったものか、「清白」が当てられ「涼白」の説が考えられたか、その前後関係は不明です。
「涼白」の説よりも、「すずな(かぶの別名)」に代わるものの意味で、「菘代(すずなしろ)」を語源と考える方が良いようです。
もうひとつの漢字「蘿蔔」は、大根の漢名からで、「らふく」とも読みます。
「蘿蔔(すずしろ)」「清白」は新年の季語で、次のような俳句があります。
・すずしろや 春も七日を 松の露(田川鳳朗)
・七草の すずしろばかり 太りけり(中村洋子)
6.酸っぱい(すっぱい)
「酸っぱい」とは、酸味がある、酸いことです。
酸っぱいは、名詞「酢(す)」の形容詞化です。
塩味を「しょっぱい」と言うのと同じで、酢のような味であることを表します。
同じ意味の「酸い(すい)」という形容詞もありますが、「酸っぱい」は「酸い」よりも含みを持たせた表現で、形容詞の語尾「い」を「っぱい」とすることで、そのような状態を帯びている意味を表し、酸い状態であることと、酸いに近い状態であることを表します。
「酸っぱい」は含みを持たせた表現になっているため、「酢のような味」とは言い難い、梅干やレモンなどに対しても形容できるのです。
「酸っぱい」の「っぱい」と同系の表現には、「安っぽい」や「子供っぽい」の「っぽい」、「厚ぼったい」や「腫れぼったい」の「ぼったい」などがあります。
7.頗る(すこぶる)
「すこぶる」とは、非常に、たいそう、大いにという意味です。
すこぶるの「すこ」は、「少し」の語根である「すこ」。
すこぶるの「ぶる」は、「大人ぶる」「もったいぶる」などの「ぶる」と同じく、いかにもそれらしい様子する意味の「振る」です。
本来は、語源どおりに「少し」「いささか」「ちょっと」の意味でしたが、中世以降、「大いに」「かなり」などの意味に変化しました。
すこぶるが正反対の意味に転じた原因は分かっていませんが、漢文訓読に用いられた言葉なので、そこで混乱が生じた可能性はあります。
すこぶるの漢字の「頗」は、頭が一方に傾くことを表した文字で、「かたよる」「かたむく」「公平でない」の意味があります。
8.雀(すずめ)
「スズメ」とは、スズメ目ハタオリドリ科の小鳥です。頭部は赤茶色で、背は赤褐色で黒斑があります。
スズメの「スズ」は、その鳴き声か、小さいものを表す「ササ(細小)」の意味です。
「メ」は「群れ」の意味か、ツバメ・カモメなど「鳥」を表す接尾語です。
スズメの鳴き声は「チュンチュン」と表現されますが、平安時代から室町時代までは「シウシウ」、江戸時代から「チーチー」「チューチュー」と表現されていました。
古代のサ行は「si」ではなく「ts」の音であったといわれ、「シウシウ」は現在の「チウチウ」に近い音であったと考えられています。
「スズ」は第二音節が清音で「ススメ」「ススミ」と呼ばれていたため、「シウシウ(チウチウ)」という鳴き声を写したものが「スス」と考えても不自然ではありません。
また、小さい意味の「ササ」は「ススキ」の語源にも通じ、身近にいる小鳥であることから「ササ(細小)」の説も考えられます。
「雀」「寒雀(かんすずめ)」は冬の季語、「雀の子」は春の季語で、「稲雀(いなすずめ)」は秋の季語です。
・脇へ行くな 鬼が見るぞよ 寒雀(小林一茶)
・けふの糧に 幸足る汝や 寒雀(杉田久女)
・雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る(小林一茶)
・稲雀 茶の木畠や 逃げどころ(松尾芭蕉)
9.芒/薄(すすき)
「ススキ」とは、山野に群生するイネ科の多年草です。高さ約1.5メートル。茎の頂につける花穂は「尾花」と呼ばれ、「秋の七草」の一つです。カヤ。
ススキの「スス」は「ササ(笹)」に通じ、「細い」意味の「ささ(細小)」もしくは「ササ(笹)」の変形です。
「キ」は「木」「草」「茎」などの「K」の音に通じ、この場合は「草」か「茎」の意味です。
ススキの「スス」には、すくすく(直々)と生い立つ意味など他にも多くの説がありますが、「ササ(笹)」「ささ(細小)」より有力な説ではありません。
「芒」「薄」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・何ごとも まねき果たる すゝき哉(松尾芭蕉)
・猪(しし)追ふや 芒を走る 夜の声(小林一茶)
・山は暮(くれ)て 野は黄昏の 薄哉(与謝蕪村)
・取り留むる 命も細き 薄かな(夏目漱石)