日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.背広(せびろ)
「背広」とは、上着とズボン、あるいはそれにチョッキを加えた一組の服です。男子の平常用スーツ。
1860年代のフロックコートに代わり、1870年代から普及したもので、この頃から「背広」の漢字表記が見られます。
背広の語源は諸説ありますが、以下の順に有力とされています。
①軍服に対して市民服を意味する英語「civil clothes」の「civil」が訛って「セビロ」となり、「背広」が当てられたとする説。
②背筋に縫い目がなく、背幅がゆったりしていることから、「背広」になったとする説。
③ロンドンの高級洋服店街「Savile Row」からこの服が売り出されたため、「Savile」が訛って「セビロ」となり、背広」が当てられたとする説。
④スコットランドの羊毛・服地の産地「Cheviot」が訛って「セビロ」となり、「背広」が当てられたとする説。
⑤ゆったりした男性用上着を意味する英語「sack coat」の訳語にされたとする説。
この他、新たな仮説として、英語の中国語訳に「vest」が「背心」など「背」の文字が使用されていることから、英語の中国語訳、もしくは中国語に由来する説も出てきています。
2.千秋楽(せんしゅうらく)
「千秋楽」とは、芝居・相撲などの一つの興行期間の最終日のことです。最後。終わり。千歳楽。楽日。
千秋楽の語源は、以下の通り諸説あります。
①雅楽演奏の最後に「千秋楽」という、唐楽に属する盤渉調(ばんしきちょう)の曲が奏じられたことに由来する説。
②演能の最後に付け祝言として謡われた「千秋楽」に由来する説で、この説の中には、謡曲『高砂』の終わりの「千秋楽」の句を謡ったことからといった説もあります。
③「秋」が「終」、「楽」が「落」に通じることからという説。
上記の語源説のうち、雅楽演奏と付け祝言の説が有力とされますが、雅楽演奏の「千秋楽」は必ずしも終わりの曲ではなかったため、やや疑問とする見方もあります。
千秋楽が物事の終わりの意味で用いられ始めたのは近世前期と考えられ、歌舞伎などの最終日を意味したのは、それよりも早い時期からといわれます。
また、千秋の「秋」は「年」を意味し、千秋は「長い年月」の意味で「千歳(せんざい)」とも言い、「万歳(まんざい)」とともに祝意をこめて用いられることが多い言葉です。
3.科白/台詞/セリフ(せりふ)
「セリフ」とは、俳優が芝居の中で言う言葉です。言い草。決まり文句。常套句。
セリフは「競り言ふ(せりいふ)」を約した言葉といわれ、江戸初期頃から見られます。
漢字の「台詞」は、「舞台詞(ぶたいことば)」の上略です。
「科白」を中国語からの借用で、中国では「科」は劇中の俳優のしぐさ、「白」は言葉のことで、俳優のしぐさとセリフを意味しますが、日本ではセリフに当てる漢字として用いられたため、しぐさの意味は含まれていません。
このほか、セリフの漢字表記には「分説」「世理否」「世利布」があります。
古くは「世流布(せるふ)」「せれふ」と言っており、「セリフ」より古い語形とも考えられています。
4.洗脳(せんのう)
「洗脳」とは、精神的・物理的な圧力によって、相手の主義・思想を根本的に変えることです。
洗脳は、英語「brainwashing」を直訳した語です。
洗脳は肉体的な拷問によるものではありませんが、飢餓状態や睡眠不足などを利用して圧力を加え、思想(脳)を改造する(洗う)ことで、第二次世界大戦後の一時期、中国共産党がアメリカ人捕虜など共産主義者でない者に対して行った、思想改造の教育方法のひとつを指した言葉でした。
中国共産党による撫順戦犯管理所における日本人捕虜の「改造」も「洗脳」です。
「正しい思想を正しい方法で教育すれば人間は変わる」という毛沢東の「改造」政策によって、捕虜は毎日、学習や運動をして過ごしました。
日本人戦犯の「改造」教育課程は、三段階となっており、
- 反省学習(マルクス主義や毛沢東思想の学習)
- 罪行告白(坦白(たんぱい))
- 尋問
となっていました。
また、第二次世界大戦後、スターリン率いるソ連軍によってシベリアに不当に抑留され、過酷な強制労働に強いられた元日本兵への「赤化教育」も「洗脳」です。
転じて、洗脳は主義や思想の改造に関する広い意味で用いられるようになりました。
なお、「洗脳」やよく似た言葉の「マインドコントロール」については、「洗脳とは?マインドコントロールとどう違うのか?洗脳されやすい人の特徴とは?」「旧統一教会の問題で話題になったマインドコントロールとは?」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
5.切羽詰まる(せっぱつまる)
「切羽詰まる」とは、物事がさしせまって、どうにもならなくなることです。
切羽とは、日本刀の鍔(柄や鞘に接する部分)の両面に添える薄い楕円形の金物のことで、これが詰まると刀が抜けなくなります。
窮地に追い詰められた時に切羽が詰まると、逃げることも刀を抜くことも出来なくなるため、為す術が無くなることを「切羽詰まる」と言うようになりました。
その他、切羽詰まるの「切羽」の語源には、「狭鍔(せつば)」または「副鍔(そえつば)」の転という説もあります。
6.折衝(せっしょう)
「折衝」とは、利害の異なる相手と駆け引きすることです。
折衝は、敵の衝いてくる矛先を折ることが原義です。
中国の『晏子春秋』に由来する言葉で、斉の宰相 晏子が外交に敏腕をふるってたことを聞き、孔子が「敵の矛先を折るのはまさに晏子の腕前」と評したことによります。
「折衝」が現在の意味で使われ始めたのは、明治以降のことです。
7.税金(ぜいきん)
「税金」とは、国家や地方公共団体が国費・公費にあてるため、国民や住民から強制的に徴収する金銭のことです。税。租税。
税金の「税」は中国語で、古く日本では「税」を「ちから」と言っていました。
「税」が「ちから」と呼ばれたのは、納められる側が勢力を強めることが出来る意味の「力」で、納める側の労力を意味する「力」ではありません。
「税」を「ちから」と呼ぶ言葉には、租税として納める稲の「税稲(ちからしね)」、租税の稲米を収める倉の「税倉(ちからくら)」、税をつかさどる役所の「主税寮(ちからのつかさ・ちからりょう)」などがあります。
人名では、忠臣蔵の立役者・大石内蔵助の長男で、四十七士の一人でもある大石主税(ちから)がいましたね。
8.切ない(せつない)
「切ない」とは、寂しさや悲しみなどで胸がしめつけられるさまです。つらくやるせない気持ち。
切ないの「切」は、心が切れるほどの思いを意味し、「切なる思い」や「切に願う」など、「親身なさま」を表す言葉としても用いられます。
「切ない(せつなし)」は、元々「大切に思う」といったポジティブな意味も表し、広い意味で「切実な気持ち」を指す言葉として使われていましたが、時代とともにネガティブな意味のみで使われるようになりました。