日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.鳥兜(とりかぶと)
「トリカブト」とは、「キンポウゲ科の多年草」です。多くは中国原産ですが、日本で自生する種も30種ほどあります。スミレと同じ「菫」と漢字表記することもあります。
トリカブトは、花の形が舞楽の襲装束に用いる「鳥兜(とりかぶと)」に似ていることから、呼ばれるようになりました。
舞楽の「鳥兜」とは、錦・金襴などで鳳凰の頭にかたどった被り物です。
トリカブトの根は猛毒を含むことで知られますが、漢方では「烏頭(うず)」や「付子(ぶし)」と言い、古くから神経痛やリウマチの薬に用いられていました。
「烏頭」「付子」ともに中国から入った語で、日本ではそれを音読みしました。
「トリカブト」の名は江戸時代になってから例が見られ、それ以前はこの漢方から「烏頭(ウヅ)」や「付子(ブシ・ブス)」と呼ばれていました。
「烏頭」の語源は、最初にできる根塊がカラスの頭部に似ていることに由来します。
「付子」は、その脇にできる若い根塊「付いた子」の意味からです。
「鳥兜」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・紫の 花の乱れや とりかぶと(広瀬惟然)
・今生は 病む生なりき 鳥兜(石田波郷)
・仄暗き 人妻となり 鳥兜(鳴戸奈菜)
・心臓の 鼓動移りぬ 鳥兜(高澤良一)
2.ドンピシャ
「ドンピシャ」とは、「ぴったり一致する様子。予想した通り当たるさま」のことです。
ドンピシャは、「どんぴしゃり」が略された言葉です。
どんぴしゃりの「どん」は、「どん底」や「どん詰まり」など、強調の意味で使われる「どん」です。
主に関西方言で使われる「ドアホ」などの「ど」が変化したものです。
近世の上方ではののしりを強調するために使われていましたが、「ど真ん中」のように罵りの意味を持たず、強調の意味でも「ど」は使われるようになりました。
どんぴしゃりの「ぴしゃり」は擬態語で、「扉をぴしゃりと閉める」など「ぴったり」の意味です。
その他、ドンピシャの語源には、「ドン」と大砲が発射され「ピシャ」っと的に命中することから、「ドンピシャ」になったとする説。
戦闘機が航空母艦に着陸する際、「ドン」と着地して決められた位置に「ピタ」と止まる様子を、兵隊たちが「ドンピタ」と言っていたものが変化し、「ドンピシャ」になったとする説があります。
しかし、いずれも「ドンピシャ」の語に合わせて作られた俗説です。
3.堂々巡り(どうどうめぐり)
「堂々巡り」とは、「同じような思考や議論が繰り返し、少しも先へ進まないこと」です。
堂々巡りは、信徒や僧侶が願い事を叶えるために、神社や寺のお堂の周りを何度も回る儀式のことを言いました。
そこから、同じことを繰り返し続けることを「堂々巡り」と言うようになりました。
堂々巡りの語源には、京都・清水寺のお百度参りであると、寺を断定した説もありますが、特定の神社や寺に由来するものではありません。
清水寺の説が持ち出されたのは、お堂の周りを繰り返し回る儀式を意味する「堂々巡り」の例として、俳諧『崑山集』(1651)の「時雨の比 清水寺にて 順礼とたうたうめくりしくれ哉」が挙げられることから、同じことを繰り返す意味の「堂々巡り」の語源も、清水寺のお百度参りに由来すると誤解されたものです。
4.泥棒(どろぼう)
「泥棒」とは、「他人の物を盗むこと。また、その人」のことです。盗っ人。
漢字の「泥棒」は、当て字です。
泥棒の語源は諸説ありますが、無理に奪う意味の「押し取り」に人を意味する「坊」が付いて「押し取り坊」となり、転訛して「どろぼう」になったとする説や、「取り奪う」が転じて「どろぼう」になったとする説が有力とされます。
「ドラ息子」や「道楽者」などから転じた「どろ」と、乱暴の「暴」から「ぼう」から「どろぼう」になったとする説もありますが、有力とされていません。
また、手拭いや風呂敷などが無かった時代、顔を隠すために顔に泥を塗り、万が一に備え棒を持っていたことから「泥棒」になったとする説もありますが、「泥棒」は近世後期頃から用いられている語で、時代背景に矛盾があります。
5.土左衛門(どざえもん)
「土左衛門」とは、「水死体。溺死者」のことです。
シェークスピアの「ハムレット」に登場するヒロイン・オフィーリアの水死体を描いた絵画もあります。
<ジョン・エヴァレット・ミレーの「オフィーリア」(1852年)、テート・ギャラリーのコレクションより。ケネス・ブラナーの『ハムレット』はこの絵の影響を受けています。>
<アレクサンドル・カバネルの「オフィーリア」>
土左衛門の語源は、享保年間の力士 成瀬川土左衛門が、色白で相当太っていたため、体の膨れ上がった水死体をふざけて「土左衛門のようだ」とたとえて言っていたものが定着していったとされます。
この説は、山東京伝の随筆『近世奇跡考』によるものですが、こじつけとの見方もあります。
その他、肥大漢を「土仏(どぶつ)」と言ったことから、「どざえもん」に転じたとする説。
水に落ちる「ドブン」という音が「どざえもん」に転じたとする説などありますが、正確な語源は未詳です。
余談ですが、2018年に75歳で亡くなった女優の樹木希林さんの『樹木希林 120の遺言』(宝島社刊)のテレビCMも、オフィーリアの水死体のパロディーでした。
6.頓珍漢(とんちんかん)
「とんちんかん」とは、「物事の辻褄が合わなかったり、ちぐはぐになったりすること。まぬけな言動をすることやそのような人のこと」です。
とんちんかんは、鍛冶などで師が鉄を打つ間に弟子が槌を入れるため、ずれて響く音の「トンチンカン」を模した擬音語でした。
音が揃わないことから、ちぐはぐなことを意味するようになり、まぬけな言動も意味するようになりました。
漢字で「頓珍漢」と書くのは、音からの当て字です。
7.土用の丑の日(どようのうしのひ)
「土用の丑の日」とは、「土用の間のうち十二支が丑の日のこと」です。一般には、夏の土用の丑の日をいい、夏バテ防止にうなぎの蒲焼きを食べると良いとされる日です。
土用の丑にうなぎを食べる習慣は、江戸時代の蘭学者 平賀源内が、知人の鰻屋のために「本日、土用の丑の日」と書いて店頭に張り紙をしたところ、大繁盛したことが一般的に有名な起源説です。
同じような説に、大田蜀山人が「神田川」という鰻屋に頼まれ、「土用の丑の日に、うなぎを食べたら病気にならない」という内容の狂歌を作って宣伝したという説もあります。
その他の説では、文政年間、神田泉橋通りにある鰻屋「春木屋善兵衛」のところに藤堂という大名から大量の蒲焼きが注文され、「子の日」「丑の日」「寅の日」の三日かけて蒲焼きを作ったところ、「丑の日」のうなぎだけが変質しなかったといった説もあります。
『万葉集』の大伴家持の和歌には「うなぎを食べて健康を維持しよう」といった内容のものがあり、当時、言葉自体は存在しませんが、土用の丑の指しているいます。
そのため、古くからの言い伝えを元に、平賀源内や大田蜀山人がキャッチコピーにしたとも考えられます。
土用の丑には、ウリや梅干し、うどんなど、「う」の付く物を食べるところもあります。
8.咄嗟(とっさ)
「咄嗟」とは、「あっという間。一瞬」のことです。
とっさは、中国語の「咄嗟」が語源です。
咄嗟の「咄」は、チェッと舌打ちする動作やその音を意味し、日本では「はなし」と読まれ、「噺」と同じく落語を意味します。
咄嗟の「嗟」は、日本語でいえば「ああ」という嘆息にあたります。
舌打ちの「咄」も、嘆息の「嗟」も、一瞬の行為であることから、あっという間を「咄嗟」と言うようになりました。