日本語の面白い語源・由来(は-⑫)繁縷・パエリア・ハヤシライス・破魔矢・羽子板・パン・パニック・バウムクーヘン

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ハコベ

日本語の語源には面白いものがたくさんあります。

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。

以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。

1.繁縷/蘩蔞(はこべ)

ハコベ

島崎藤村の「千曲川旅情の歌」に、「はこべ」を含んだ次のような詩句があります。

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子
(いうし)悲しむ
緑なす繁蔞
(はこべ)は萌えず
若草も藉くによしなし
しろがねの衾
(ふすま)の岡邊
日に溶けて淡雪流る

ハコベ」とは、「畑や山野、道端などに自生するナデシコ科の越年草」です。春、白色の小さな五弁花をつけます。「春の七草」の一つ。食用とするほか、鳥の餌、利尿剤にします。はこべら。あさしらげ。

ハコベは、「ハクベラ」が転じた「ハコベラ」が更に転じた語で、春の七草のひとつとしてあげる際には「ハコベラ」と呼びます。

ハクベラ(ハコベ)の語源は諸説あり、「葉配り(はくばり)」の転とする説。
「ハク」は「帛(はく)」で茎から出る白い糸を「帛(絹)」に見立てたもの、「ベラ」は群がる意味の古語とする説。
「ハク」は漢字「繁」の漢音「ハン」でが茂ること、「ベラ」は漢字「婁(ル)」で茎が長く連なった草のことで、漢語「ハンル(繁婁)」の音変化とする説。
「ハク」は二股に分かれた茎に小さなが付き、小さな飾り袴を腰に穿いているようであるところから「穿く・佩く(はく)」の意味、「ベラ」は股の外側に付いた葉っぱを指したもので「花弁(はなびら)」や「草片(くさびら)」の「びら」と同源とする説があります。

漢音「ハンル(繁婁)」の説は、ハコベの漢字「繁縷」にも通じ、意味も解りやすく発音も近いように思えますが、「ハクベラ」への音変化は難しいものです。

「ベラ」は「花びら」などの「びら」と同源とするのが一番自然と思われますが、「ハク」については断定が困難です。

「繁縷」「はこべら」は春の季語で、次のような俳句があります。

・藤村の 墓へはこべの 花束置く(椙山正彦)

・花はこべ カロリーゼロの 烏龍茶(篠田純子)

・はこべらや 立てかけてある 大理石(竹内悦子)

・芹なづな 御形はこべら まで揃ふ(野中亮介)

2.パエリア/paella

パエリア

パエリア」とは、「米と肉・魚介類・野菜などの具材を、オリーブオイルとサフランを加えて煮込んだスペイン料理」です。パエリヤ。パエーリャ。

パエリアは、スペイン語「paella」に由来しますが、これは元々「金属製の鍋」を指す言葉で、金属製の専用鍋を用いて調理することから米料理の名前となりました。

「paella」は、ラテン語で「開いている」「蓋のない」を意味する「pateo」、「浅い皿」を意味する「patera」などが語源で、カタロニア語で「paella」となりました。

スペイン語の「paella」は、「パエジャ」に近い発音に聞こえますが、日本では「パエリア」「パエリヤ」「パエーリャ」と呼ばれます。

日本でバレンシア風パエリアと言えば、イカやエビなどの魚介類が入った海鮮料理として知られていますが、現地では必ずしも魚介類を入れるわけではなく、魚介類の入ったものは「paella mixta(ミックス・パエリア)」と呼ばれます。

また、元来のパエリアは、うさぎの肉を使ったものであったといわれています。

3.ハヤシライス

ハヤシライス

ハヤシライス」とは、「薄切りの牛肉と玉ねぎなどの野菜を炒め、トマト味のソースやワインを加えて煮込み、飯の上にかけた日本独特の洋風料理」です。

ハヤシライスの語源を大まかに分類すると、人名に由来する説。英語「hashed(ハッシュド)」に由来する説。「早い」に由来する説があります。

ハヤシライスの人名に由来する説は、丸善の創業者である早矢仕有的が考案したことから「ハヤシライス」になったとする説や、レストラン『上野精養軒』の林というコックが考案したことから「ハヤシライス」になったとする説があります。

英語「hashed(ハッシュド)」に由来する説は、「hashed beef with rice(ハッシュドビーフ・ウィズ・ライス)」の略。
もしくは、「hashed(ハッシュド)」が訛って「ハヤシ」になり、「ハヤシライス」なったとする説です。

ハヤシライスが「早い」に由来する説には、肉食が解禁されたばかりの時期で、まだ牛肉が受け入れられていなかったことから、この料理を食べると「早死にする」と言われ、「ハヤシライス」と呼ばれるようになったとする説。
注文してすぐに出てくるので、「早しライス」から「ハヤシライス」になったとする説があります。

ハヤシライスとハッシュドビーフは基本的に似た食べ物で、音も近いことから最も有力とされますが、「ハッシュ(ハッシュド)」から「ハヤシ」への変化は考え難いものがあります。

次いで有力とされる丸善の「早矢仕ライス」の説は、出来すぎた話との見方が強いですが、早矢仕が贔屓にしていた「三河屋」でハッシュドビーフが流行っていて、これをご飯にかけたことから、「ハヤシライス」になったともいわれます。

「ハッシュ」から「ハヤシ」への不自然な音変化は、「ハッシュ」と「早矢仕」が掛けられたものか、「ハッシュ」を日本人が聞きなれた「ハヤシ(林)」という音に近づけたものと考えれば不自然ではありません。

「ハヤシライス」は複合要因で生まれた名前と考えるのが妥当です。

4.破魔矢(はまや)

破魔矢

破魔矢」とは、「正月の縁起物。初詣に行った際、厄除けのお守りとして神社で売り出される矢。また、棟上げ式の際、破魔弓とともに鬼門の方角に向けて屋上に立てる2本の矢の形をしたもの」です。

破魔矢は、「破魔矢奉製所」という会社が登録商標していた名前で、更新を怠ったために一般名になったとするものもあります。

しかし、「破魔矢」が登録商標されていた一時期、NHKのニュースなどで「魔除けの矢」と呼んでいたというだけのことで、言葉自体は商標登録される以前からあり、「破魔矢」という言葉や風習の由来が「破魔矢奉製所」に関係することではありません。

破魔矢の「破魔」は元仏教語で、悪魔の魔力を打ち破ることを意味し、藁縄や木を丸めて円座のような形に作ったものも「破魔」と呼びました。

円座形の「破魔」は、正月にその年を占う年占(としうら)の競技で的として用いられ、投げ上げて射落としたりしてその結果で占いました。

この「破魔」を射るための矢が「破魔矢」、弓が「破魔弓」です。

この競技が形式化されて正月の縁起物となり、男児の成長を祈願して模擬の弓矢を贈る風習が江戸時代に生まれました。

破魔矢・破魔弓破魔矢・破魔弓破魔矢・破魔弓

弓矢を贈る風習は、のちに男子の初節句の贈り物とされ、細長い板に破魔矢と破魔弓を飾りつけ、その下に戦人形(いくさにんぎょう)などの押し絵を貼ったものが作られるようになりました。

正月以外では、新築の家の棟上式の際、二本の破魔矢と破魔弓とをセットにして、鬼門の方角に向けて立てられます。

「破魔矢」は新年の季語で、次のような俳句があります。

・一九九九年の 破魔矢かな(五島高資)

・立ち並ぶ 破魔矢の店や 男山(木犀)

・八幡宮 破魔矢握りて 五十段(高澤良一)

・ちはやふる 破魔矢の鈴に 初の闇(原裕)

5.羽子板(はごいた)

羽子板

羽子板」とは、「正月、羽根突きで羽根を突くのに用いる柄のある長方形の板」です。遊戯用のほか、押し絵など施した装飾用のものもあります。桐や杉、桂などで作られます。

羽子板は、硬貨をおもりにした羽根を蹴る中国の遊びが、室町時代に日本に伝わって変化したものと考えられています。

室町時代、羽根突きの羽根にはビャクダン科のツクバネの実が使われ、ツクバネの中国名「胡鬼」から「胡鬼板(こぎいた)」と呼ばれていました。

羽子板の「羽子」は、ムクロジの種に鳥の羽をさした羽根のことで、「羽(ハ)」は文字通り「羽(ハネ)」、「子(ゴ)」は小さいものに付く接尾語と思われます。

羽根に使われるムクロジは、漢字で「無患子」と書き、「子が患わ無い(わずらわない)」に通じることから、羽子板は無病息災のお守りとされました。

また、蚊を食べるトンボに似せた羽根を正月に突くことで、夏、蚊に刺されないと言われるなど、厄除けとしても羽子板が使われるようになりました。

江戸中期に金箔・銀箔などで花鳥や福神が描かれた押絵羽子板、江戸末期には歌舞伎役者の似顔絵つきの押絵羽子板が作られるようになりました。

羽子板市

年末に羽子板を売る「羽子板市」は、江戸時代から行われている東京浅草寺の「歳の市」が有名です。

「羽子板」は新年の季語で、次のような俳句があります。

・羽子板や 唯にめでたき うらおもて(服部嵐雪)

・羽子板の 一筆書きや 内裏髪(黒柳召波)

・羽子板の 判官静 色もやう(松本たかし)

・門前に 羽子板の金 銀と湧き(高田正子)

6.パン

パン

パン」とは、「小麦粉・ライ麦粉などの穀粉を主原料とし、水・イースト・塩などを加えてこね、発酵させて焼いた食品」です。

パンは、キリスト教の布教によって伝来したもので、ポルトガル語「pão」に由来します。
中国などを介さず直接日本に入った外来語の中で、「パン」が最も古い言葉といわれます。
ポルトガル語の「pão」、スペイン語の「pan」、フランス語の「pain」は、いずれもラテン語「panis」に由来します。

「panis」は、「餌を与える」を意味するラテン語「pasco」に由来し、元々は「食物」を意味していましたが、時代と共に「パン」の意味に特定されました。

パンの漢字は「麺包」「麪包」のほか、「蒸餅」「麦餅」「麦麺」などが当てられていましたが、現代ではほとんど用いられません。

7.パニック/panic

パニック

パニック」とは、「恐慌。災害など、急な事態に直面した際に起こる混乱した状態」のことです。

パニックは、英語「panic」からの外来語です。
「panic」は、ギリシャ神話に登場するヤギに似た角と足をした牧神「Pan」(下の画像)の名前に由来します。

牧神パン

古代ギリシャでは、昼寝を妨げられたPanが、人や家畜に突然の恐怖を与えると考えられており、家畜が突然集団で騒ぎだすのは、Panによって引き起こされるものと信じられていました。

そこから、「Pan」を形容詞化した「panic(パニック)」が生まれ、のちに、突然起こる「恐怖」や「恐慌」を意味するようになり、災害などで群衆が引き起こす混乱状態も「パニック」と言うようになりました。

パニックの語源には、Panの叫び声が恐怖心を持たせたことからや、Pan自身が恐怖により姿が変化したからなど、古代ギリシャの時代から様々な俗説が作られています。

8.バウムクーヘン/Baumkuchen

バウムクーヘン

バウムクーヘン」とは、「卵・バター・小麦粉・砂糖・コーンスターチなどを混ぜ合わせた生地を、心棒に薄く塗りつけて回転させながら焼くことを繰り返し、層状に作った菓子」です。バームクーヘン。

バウムクーヘンは、ドイツ語「Baumkuchen」からの外来語です。
「Baumkuchen」の「baum」は「木」、「kuchen」は「菓子」を意味し、輪切りにすると木の年輪のような模様になるのでこの名があります。

「baum」の発音は「バーム」よりも「バウム」の方が近いですが、日本では「バームクーヘン」と呼び、表記も「バームクーヘン」とされることが多いようです。
これは「バウム」と聞き取れないのではなく、日本人にとって「バウム」よりも「バーム」の発音の方が簡単なためです。