日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.ミイラ取りがミイラになる/木乃伊取りが木乃伊になる(みいらとりがみいらになる)
「ミイラ取りがミイラになる」とは、「人を捜しに行った者が、逆に探される立場になってしまう。また、説得しようとしたが、逆に説得されてしまう」ことです。
このことわざの前半の「ミイラ」と後半の「ミイラ」は、異なるものです。
ミイラ取りの「ミイラ」は、アラビアやエジプトなどで死体に塗る防腐剤のことで、この粉末が不老長寿の薬として珍重されました。
ミイラになるの「ミイラ」は、一般によく知られる、腐敗せず原形に近い状態を保っている死体のことです。
このことわざは、ミイラという薬の粉末を取るため探し求めに行った者が、砂漠などで迷ってしまい、自分が死体のミイラになってしまうといったものです。
そこから、人を捜しに行った者が、捜される立ち場になる意味となり、転じて、説得しようとしたが、逆に説得されて先方に同意してしまう意味で用いられるようになりました。
このことわざは、「ミイラ」の語と同じく江戸時代から見られます。
2.水無月(みなづき)(和菓子)
「水無月」とは、「 白いういろうの上に小豆を乗せ、三角形に切り分けた和菓子」です。京都では夏越の祓(なごしのはらえ)が行われる6月30日に、一年の残り半分の無病息災を祈念して食べる習慣があります。
水無月の名前は「夏越の祓(水無月祓)」に食べることに由来し、この菓子の起源は次のとおりです。ちなみに「水無月」は旧暦6月の異称でもあります。
平安時代、朝廷へ氷室から氷を献上する規定がありました。
それが江戸時代には「氷室の節句」と称するようになり、宮中では旧暦6月1日に氷室から切り出した氷を臣下が賜る風習となりました。
民間ではその風習にならい、氷の代わりに食べられていたものが水無月の起源となりますが、それは保存しておいた正月の鏡餅を「氷餅」と称したもので、ういろうでもなく、「水無月」という名でもありませんでした。
現在の形の水無月は、昭和に入って京都の和菓子屋で作られたのが始まりということです。
白いういろうは、その氷に見立てたものか、四角を半分にして一年の半分を表したもので、小豆の赤色には厄除けの意味があるといわれます。
3.醜い(みにくい)
「醜い」とは、「見ていて嫌な感じがする。見苦しい。顔・姿・形が悪い」ことです。
醜いの語構成は「み(見)」+「にくし(憎し)」で、「見る気持ちがしない」「見るのが嫌だ」という意味です。
その意味から、「見憎い」とも書きます。
「見るのが嫌だ」という気持ちから、見て嫌な感情になるような状態についても言うようになり、容貌がよくない意味でも「醜い」は用いられるようになりました。
4.みすぼらしい
「みすぼらしい」とは、「見た目が貧弱である。身なりが悪い」ことです。
みすぼらしいは「みすぼらし」の口語で、「身窄らし」もしくは「見窄らし」が語源です。
「窄らし(すぼらし)は、「狭くなる」「縮む」「小さくなる」を意味する動詞「すぼる(窄る)」の形容詞形です。
みすぼらしいの語源が「身窄らし」とすれば「身が細くなり貧弱なさま」、「見窄らし」とすれば「すぼまるように見えるさま」の意味からで、前者の方が有力です。
動詞「すぼる」には「すばる」という形もあり、「すばる」の形容詞形は「すばらしい(素晴らしい)」です。
みすぼらしいは、「みそぼらしい」とも言います。
5.南(みなみ)
「南」とは、「方角のひとつで、太陽の出る方に向かって右の方角。北の反対」です。
南は、皆の見る方の意味で「みなみ(皆見)」とする説があります。
この説は、南が「みんなみ」とも言うことからですが、意味としては説得力に欠けます。
その他、海の見える方向という意味で「みのみ(海の見)」とする説。
「ひなみ(日並)」「まのひ(間の日)」「まひなか(真日中)」など、太陽と結びつけた説。
祈り願うことを意味する「なむ・のむ(祈む)」と関連付け、神に祈る方角の意味で「みなむ(神祈む)」とする説などがありますが、語源は未詳です。
漢字の「南」の原字は、納屋を描いた象形文字で、草木を暖かい納屋に入れて栽培するさまを表したところから、「囲まれて暖かい」という意味を示しました。
転じて、「暖気を取り込む方角(南方)」の意味となりました。
6.港(みなと)
「港」とは、「海からの波を防ぎ、船舶が安全に停泊できるようにした所」です。港湾。
みなとの「み」は「水」、「な」は古い連体助詞で「の」、「と」は「門」で、港は「水の門」という意味です。
『古事記』や『日本書紀』では、「水門」と表記されています。
元は、川や海などの水の出入口を「みなと」と言いましたが、海が陸地に入り込んで船の停泊に適した場所を指す言葉としても使われるようになり、現在では、その意味で多く使われるようになりました。
漢字「港」の「巷」は、「己(人の伏せた字)」と音符「共」で、「突き抜けて通る」「通路」という意味があります。
「水」+音符「巷」で、「水上の通路」の意味から、船が出入りする水路のある「みなと」を表すようになりました。
「湊」の「奏」は、「お供えの獣の体」と「両手」からなる会意文字で、供え物を集めて神前に向ける意味から、ある方向に集まることを意味します。
「水」+音符「奏」で、水路がその方向に向けて集まる場所を表します。
7.湖(みずうみ)
「湖」とは、「周囲を陸地で囲まれた窪地で水をたたえた所。池や沼よりも大きく、沿岸植物が生育できない深さのもの」です。ふつう最深部が5メートル以上をいいます。
みずうみの語源は、「水海(みずうみ)」の意味からです。
元々、海は大水をたたえたところをいい、池や沼などを表すこともありました。
特に区別して用いる場合には、塩水のところを「塩海・潮海(しほうみ)」といい、淡水のところを「水海(みづうみ)」や「淡海(あはうみ)」といいました。
現在では、塩分を含んだ「塩水湖(塩湖)」も「みずうみ」に含められます。
漢字の「湖」は、「水」+音符「胡」からなる会意兼形声文字です。
「胡」の字には、大きく表面を覆い隠すという意味があり、大地を覆う大きな水という意味が「湖」には含まれています。