日本語の面白い語源・由来(ゆ-①)雪の下・夕顔・湯船・夕べ・指・百合鴎・遊説

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雪の下

日本語の語源には面白いものがたくさんあります。

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。

以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。

1.雪の下/鴨足草(ゆきのした)

雪の下

ユキノシタ」とは、「山の湿地や岩上に自生するユキノシタ科の多年草」です。庭にも植えられ、夏に下2枚だけ白く大きい五弁花を咲かせます。

ユキノシタの語源は以下のとおり諸説あります。

①雪の下でも葉が枯れずに残っていることから。
②葉の白い斑を雪に見立てた。
③白い花が咲くのを雪にたとえ、その下に緑色の葉がちらちら見える形を表現した。
④本来は「雪の舌」で、5弁の花びらのうち下2枚だけ白くて長く垂れ下がっていることから、二枚の舌に見立てた。
⑤中古の装束の襲(かさね)の色目に由来し、表が白色、裏が紅梅に見立てた紅色の「雪の下」という配色にたとえた。

①〜③の説は、ユキノシタ以外の植物にも言えることです。
④と⑤の説がユキノシタの花の特徴を捉えていますが、「ユキノシタ」の名が見られるのは『日葡辞書』(1603年)からなので、平安時代の色目に由来するとは考え難く、二枚の舌に見立てた「雪の舌」の説が有力と考えられます。

俳句では「鴨足草(鴨脚草)」と書いて「ゆきのした」と読ませています。
これは、花の形がカモの足に似ていることに由来します。

「雪の下」は夏の季語で、次のような俳句があります。

・雪の下 名のらで寒し 花の色(越智越人)

・日さかりの 花や涼しき 雪の下(呑舟)

・六月を しづめてさくや 雪の下(東以)

2.夕顔(ゆうがお)

夕顔

夕顔」とは、「ウリ科の蔓性一年草」です。実が球状のナガユウガオと円筒状のマルユウガオに大別され、主にマルユウガオから「かんぴょう(干瓢)」を作ります。また、ヨルガオの俗称。

夕顔は、夏の夕方に白色のが咲き、翌日の午前中にしぼむことから、この名があります。
俗に、ヨルガオを「ユウガオ」と呼ぶことも多いですが、ヨルガオはヒルガオ科の植物で、ウリ科のユウガオとは異なります。

アサガオやヒルガオもヒルガオ科で、似た命名の中では、ユウガオだけ種類が異なります。

「夕顔」は夏の季語で、次のような俳句があります。

・夕顔に 干瓢(かんぴょう)むいて 遊びけり(松尾芭蕉

・ゆふがほや 竹焼く寺の 薄煙(与謝蕪村

・夕顔や そこら暮るるに 白き花(炭太祗)

・汁椀に ぱっと夕貌 明かりかな(小林一茶

3.湯船(ゆぶね)

湯船

湯船」とは、「入浴用の湯をたたえ、人がその中に入る大きな箱または桶」です。浴槽。

江戸時代、江戸では船内に浴槽を設けて巡回営業した移動式銭湯があり、この風呂屋船を「湯船」といいました。

そこから、浴槽のことを「湯船」と呼ぶようになったという説が流布されていますが、これは間違いです。
確かに、船に浴槽を設けた移動式銭湯は江戸時代に存在しましたが、「ゆぶね」は平安時代の『和名類聚抄』にも出てくる言葉であるため、湯船の語源が江戸時代の風呂屋船にあるはずがありません。

酒を蓄えておく大きな木製容器を「酒槽(さかぶね)」。貴人の遺体を棺に納めることは「御舟入り」と言うように、元々「ふね」は「槽」とも書いて大きな容器を表す言葉です。

つまり、湯船の語源は「湯を入れる船(大きな容器)」で、江戸時代の移動式銭湯は全く関係ありません。

また、「船」の漢字を使うようになった由来として、移動式銭湯が持ち出されることもありますが、移動式銭湯が登場する以前に「湯舟」と表記された例があり、漢字の由来とも関係ありません。

4.夕べ/昨夜(ゆうべ)

夕べ

ゆうべ」とは、「日の暮れる頃。夕方から夜にかけて。前日の晩。昨晩」のことです。

古く、ゆうべは「ゆうへ(ゆふへ)」で、「ゆう(夕)」に「そのあたり」「その頃」を表す接尾語「へ(方・辺)」が付いた語です。

一説には、「よべ(夜方)」が転じた「ようべ」の音変化ともいわれます。
上代・平安時代には、夜が「ゆうべ(夕べ)」「よい(宵)」「よなか(夜中)」「あかつき(暁)」「あけぼの(曙)」「あした(朝)」の順に分けられており、ゆうべは夜の始まり(夕方)をいいました。

一日の始まりが、夜中の零時をさすようになったため、ゆうべは前日の夜をさすようにもなり、「昨夜」と書いて「ゆうべ」と読ませるようになりました。

5.指(ゆび)

指

」とは、「手足の末端から枝分かれした部分」です。人間は手足の先にそれぞれ五本ずつあります。

指の語源は諸説ありますが、古くは「および」と言い、さし出して物に及ぶところから、「及び(および)」の意味とする説が妥当です。

現代では手足ともに「ゆび」と呼びますが、元は手のものを「指(てゆび)」、足のものを「趾(あしゆび)」といって区別していました。

漢字の「指」は、「手」+音符「旨(シ)」からなる形声文字で、まっすぐに伸びて直線に物をさすゆびを表しています。

なお、「旨」には「うまい」の意味がありますが、「指」の漢字では音符に過ぎず、「うまい」の意味は含まれていません。

6.百合鴎(ゆりかもめ)

ユリカモメ

ユリカモメ」とは、「全長約40センチのチドリ目カモメ科の鳥」です。体は白、くちばしと脚が赤、頭部が夏羽で黒褐色、冬羽で白くなります。ミヤコドリ。

ユリカモメの語源には、ユリののように美しいところからとする説。
「イリエカモメ(入江鴎)」が転じたとする説。
「ユリ」は「のち・あと(後)」を意味する古語説などがあります。

形状が似ていないこの鳥を見て、ユリの花を連想する事は考えがたく、「百合」は当て字と思われます。

ユリカモメは、海よりも川沿いを飛ぶことから、入江説も考え難いものです。

「ユリ」を「後」の意味とする説は、京の後ろの谷間を飛んで来て平安京の賀茂川にやってくる認識からといい、妥当と思われます。

7.遊説(ゆうぜい)

遊説

遊説」とは、「意見・主義・主張を説いてまわること。特に、政治家が各地を演説してまわること」です。

遊説の「遊」は、「あそぶ(遊ぶ)」ではなく、「歩き回る」を意味します。
明治初期の漢語辞書『新令字解』には、「遊説」に「イウゼイ」「トキアルク」とあります。

本来、遊説は古代中国で天子から与えられた領土を支配する諸侯を訪ね、考えを説いて歩き回ることを意味しました。

そこから日本では政治家が各地を演説して回る意味で、「遊説」を用いるようになりました。