前に「エモい古語辞典」という面白い辞典をご紹介しました。
確かに古語は現代の我々が普段あまり使わない言葉ですが、繊細な情感を表す言葉や、感受性豊かで微妙な感情を表す言葉、あるいはノスタルジーを感じさせたり、心を動かされる魅力的な言葉がたくさんあります。
そこで「エモい古語」をシリーズでご紹介したいと思います。
1.夢・うつつ
・化野/仇野/徒野(あだしの):京都市の嵯峨(さが)にある小倉山麓の地名。「無常の野」の意味。平安時代から東山区の「鳥辺野(とりべの)」とならんで野ざらしの風葬の地だったことから、墓地や人の世のはかなさの象徴としても用いられました。
・現世(うつしよ):この世。現世。「隠世(かくりよ)」の対義語。
・隠世/幽世(かくりよ):永久に変わらない世界。死後の世界。黄泉(よみ)の国。「現世(うつしよ)」の対義語
・徒世(あだしよ):はかない世。無常の世の中。「あだし」は、むなしい、変わりやすいの意。
・うつつ:現実。(夢に対して)目がさめている状態。(死に対して)生きて存在している状態。
・現男(うつつおとこ):幻想ではなく、現実に存在する男。
・現言(うつつごと):夢うつつの状態で発する言葉。
・空蝉(うつせみ):この世の人、現世。うつしみ。古語の「現臣(うつしおみ)」が「万葉集」で「空蝉」の字をあてられたことから、セミの抜け殻の意味にも使われるようになりました。夏の季語。
・現し身(うつしみ):現世に生きている身。
・寝魂(ぬるたま):夢の異名。「ぬるたまの夢」とも言います。
・徒夢(あだゆめ):むなしい夢。はかない夢。
・陰夢(いんむ):死んだ後、時を経てよみがえった者が、死んでいる間に体験したことを夢と解釈したもの。
・魘夢(えんむ):不吉な夢。夢魔。
・鬼夢(きむ):奇怪で恐ろしい夢。
・幻夢(げんむ):夢とまぼろし。はかないことのたとえとして使われます。
・迷夢(めいむ):心が迷っている状態を夢にたとえた言葉。
・霊夢(れいむ):神仏があらわれてお告げをする不思議な夢。
・逆夢(さかゆめ):正夢(まさゆめ)の逆で、現実とは反対の夢のこと。悪夢を見たときに縁起を担ぐために使われた言葉。
・黒甜郷(こくてんきょう):昼寝の世界。
・華胥の国に遊ぶ(かしょのくににあそぶ):楽しく昼寝をすること。「華胥」は古代中国の天子の黄帝が昼寝の夢に見たという理想郷。
・漢宮の幻(かんきゅうのまぼろし):(愛妃を亡くした漢の武帝が「反魂香(はんごんこう)」を焚かせたところ、煙の中に夫人の幻が現れたという「漢書(外戚伝)」の故事より)夢か現実かはっきりしないことのたとえ。
・小夜の寝覚め(さよのねざめ):夜中に目が覚めること。
・夢合う(ゆめあう):夢で見た通りのことが起きる。
・夢の手枕(ゆめのたまくら):夢の中で好きな人がしてくれる手枕。またはうたた寝の時に見る夢。
・夢の直路(ゆめのただじ):(夢では何の障害もなく逢いたい人に逢えることから)恋しい人のもとへ通じている夢の中の真っ直ぐの道。
・夢の浮橋(ゆめのうきはし):夢の中のはかない通い路(かよいじ)。「浮橋」は船や筏(いかだ)を水に浮かべてその上に板をかけて渡した橋のこと。
「新古今和歌集」にある藤原定家の次の歌が有名ですね。
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」(意味:春の夜の儚い夢から目覚めてみると、横にたなびく雲が、峰に分かたれて左右に別れていく<または、峰から横にたなびく雲が離れていく>、夜明けの空であることよ)
・夢人(ゆめびと):夢に見た人。または夢のように憧れている相手。
・夢主神(ゆめぬしのかみ):夢を司る神。
2.身を飾るもの・こと
・綾糸(あやいと):色とりどりの美しい糸。「彩糸(いろいと)」。
・綵(あやぎぬ):美しい模様の絹織物。
・紗(うすぎぬ):薄く透き通る絹織物。
・羅(うすもの):透けて見えるほどに薄く織った布地。またはその布地で使った夏用の衣類。
・薄紗(はくさ):薄くて軽い織物。
・生絹(すずし):繭から引いた生の絹糸で織った布。精練していないため独特のシャリ感があり、涼しく着用できます。
・紗綾(さあや/さや):中世末ごろから江戸初期にかけて多く用いられた光沢のある絹織物。平地に模様を浮き織りにしたもの。
・更紗(さらさ):草花や動物、人物などの模様をカラフルな色で染めた綿布。江戸時代にインドやペルシャなどから渡来。
・小夜衣(さよごろも):夜着。
・挿頭(かざし):花や枝などを用いた頭髪の飾り。もともとは植物を髪に挿すことでその生命力を身につけようとした感染呪術の一種。「髻華(うず)」とも言います。
・玉葛(たまかずら):ツル性植物の美称で、玉をつないだ髪飾りのことも指します。また、女性の美しい髪のたとえにも使われることから、美しい女性や遊女の意。枕詞としては、「長し」「絶えず」などにかかります。
・玉の緒(たまのお):宝玉を通した細いひも。または宝玉をひもでつないだ首飾り。「魂の緒(たまのお)」の連想で命を意味することもあります。
・珊珊(さんさん):アクセサリーとして身につけた玉類の鳴る音。」またはきらきらと輝くさま。
・もゆら:<副詞>ゆれた玉がふれあって鳴る音を表す。「もゆらに」。「ゆら」。「ゆらら」。
・玉匣/玉櫛笥(たまくしげ):くしや鏡などをしまう美しい箱。枕詞としては「あく」「覆う」などにかかります。
・自惚鏡(うぬぼれかがみ):金属製の和鏡に対して、ガラスの裏面に水銀を塗った江戸時代の安価な鏡。実際の顔よりも美しく映るとされていたことから。
・小町紅(こまちべに):京都で作られていた江戸時代の口紅のトップブランド名。転じて、口紅の異名。厚く塗ると玉虫色に光るが、高価なため江戸の町娘は墨を塗ったあとに薄く紅を塗ってこれを再現しました(笹紅)。
・寒紅(かんべに):寒い時期に作られた紅。色が鮮やかで美しいとされます。冬の季語。
・紅差し指(べにさしゆび):唇に紅をつけるときの指。くすり指。
・蘭麝(らんじゃ):「蘭草(らんそう)」(フジバカマ)と「麝香(じゃこう)」の香り。よい香り。東大寺正倉院に収蔵されている伝説の香木「蘭奢待(らんじゃたい)」と混ざって「蘭奢」と表記されることもあります。
・伽羅(きゃら):香木中の至宝とされる香の名で、最高級の沈香(じんこう)。転じて優秀なもの、世にまれなもの。「伽羅娘(きゃらむすめ)」は美しい娘、「伽羅男(きゃらおとこ)」は美しい男のこと。「伽羅と薩摩芋」は、似てはいても実際は月とすっぽんのように全く異なることのたとえ。
・玉沓(たまぐつ):美しい靴。貴人のはく靴。
・真玉手(またまで):玉のように美しい手。
・花の顔(はなのかんばせ):花のように美しい顔立ち。
・額髪(ぬかがみ):前髪。
・蓬髪(ほうはつ/おぼとれがみ):ヨモギ(蓬)のようにぼうぼうに伸びた髪。「おぼとる」は古語で乱れ広がること。「さ乱れ髪」。「棘髪(おどろがみ)」。
・朝寝髪(あさねがみ):寝起きのボサボサ髪。
・射干玉の髪(ぬばたまのかみ)/烏羽玉の髪(うばたまのかみ):美しい黒髪。「ぬばたま」とはヒオウギの種子のこと。黒いことから「闇」「夜」「夢」「髪」などにかかる枕詞として使われます。
・青糸の髪(せいしのみぐし):黒くて美しい髪。「青糸」は新芽がふいて垂れているヤナギの細い枝のこと。
・翡翠の髪状(ひすいのかんざし/ひすいのかざし):カワセミの羽のように艶やかな美しい髪。髪の手入れが行き届いて艶やかであることを称える言葉。
・桂の黛(かつらのまゆずみ):三日月形の細くて美しいまゆ。月に桂(中国ではモクセイを指す)があるとされたことから。
・芙蓉の眥(ふようのまなじり):ハス(蓮)の花のように涼しげな目もと。芙蓉は中国におけるハスの美称で、美しい女性の形容に用いられました。
・紅玉の膚(こうぎょくのはだえ):肌がつやつやして血色のいい若い肌。または美貌のたとえ。
・丹花の唇(たんかのくちびる):赤い花のように美しい唇。
・桃李の粧い(とうりのよそおい):モモやスモモの花のようにあでやかな装い、容姿。
・雪を欺く(ゆきをあざむく):雪と見間違うほど肌が白いこと。
3.少女・芸
・天つ少女(あまつおとめ):天にすむ少女。天女。あまおとめ。また、天女のように美しく舞うことから「五節の舞姫(ごせちのまいひめ)」のことを言います。
宝塚歌劇団には「天津乙女(あまつおとめ)」(1905年~1980年)という伝説的なトップスターがいましたね。この芸名は小倉百人一首収録の僧正遍昭の歌「天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ(あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ をとめのすがた しばしとどめん)から命名されました。後輩の「春日野八千代(かすがのやちよ)」(1915年~2012年)や「神代錦(かみよにしき)」(1917年~1989年)とならんで「宝塚の至宝」と呼ばれました。
・常少女(とこおとめ):永遠に年をとらない少女。
・早乙女(さおとめ):田植えをする少女。「五月少女(さつきおとめ)」。夏の季語。
・香少女(におえおとめ):美しい少女。「栄少女(さかえおとめ)」は美しい盛りの少女。
・鄙少女(ひなおとめ):田舎の少女。
・髫髪放髪/童女放髪(うないはなり):少女が髪をまだ結い上げずに振り分けて垂らした髪型。また、その少女。「振り分け髪」、「放髪(はなり)」とも言います。
・回雪の袖(かいせつのそで):風に舞う雪のようにひらひらと袖が翻る美しい踊りのこと。「回雪(廻雪)」は風に舞う雪の意。
・婆娑羅(ばさら):派手に見栄を張ること。伊達(だて)。または放逸にふるまうこと。南北朝時代以降、破格を好む傾向を指す言葉。
・傾奇者(かぶきもの):江戸時代初期に現れた、派手な身なりで常軌を逸した言動をとる無頼漢たち。動詞「傾(かぶ)く」からできた言葉。
・傀儡師(くぐつし/かいらいし):人形つかい。古くから存在する、曲芸や歌舞をなりわいとする放浪生活者。正月の季語。
・蜘蛛舞(くもまい):室町時代から江戸時代初めにかけて流行した綱渡りの一種。
・すたすた坊主(すたすたぼうず):江戸時代、寒い日に、裸で縄の鉢巻きをし、腰に注連縄(しめなわ)を巻いて「すたすた、すたすた、すたすたぼうずのくるときは」と歌って踊りながら忙しい商人の代わりに神仏にお参りに行くと称してお金をもらっていた人。
・不失花(うせざるはな):世阿弥「風姿花伝」の言葉。若さが衰えても失われることのない本当の魅力。日々の努力や修練を重ねて得た内面的な美。
・因果の花(いんがのはな):世阿弥「風姿花伝」の言葉。素晴らしい芸を見せるには稽古が必要であること。
・幽玄の花(ゆうげんのはな):世阿弥「風姿花伝」の言葉。少年期にだけ花開く美しさ。
・砕動風(さいどうふう):世阿弥の能楽論で、外形は鬼でも心は人間であるように演じること。力を入れず、細やかに動くこと。形も心も鬼のように演じることは「力動風(りきどうふう)」と言います。
・道行(みちゆき):道を行くこと。旅。また、地名を織り込みながら多く七五調で道程を綴る文学形式。「曾根崎心中」などの浄瑠璃での駆け落ちや心中行の場面を道行といったことから転じて、駆け落ちや心中におもむくことも言います。
・無声の詩(むせいのし):絵画のこと。「声」は音の意。
4.子供
・呱々(ここ):生まれたての赤ちゃんの産声(うぶごえ)。「呱々の声をあげる」で赤ん坊が生まれること。
・かぶりかぶり:幼児が頭を左右に振ってイヤイヤをすること。
・虎狼来(ころろん):「虎狼来(ころうらい)」が変化した言葉で、言うことをきかないとトラやオオカミに連れて行かれちゃうぞ、という意味。子供をなだめたり寝かしつけたりするときに「ころろんころろん」というように用います。
・子捕ろ子捕ろ(ことろことろ):平安時代から伝わる鬼ごっこのルーツ。一人が鬼、一人が親、他の者たちは子となり、親が鬼から子を守るという遊び。
・髫髪(うない):襟首のあたりで切った子供の髪。また、幼い子供。子供の遊びを「髫髪遊び(うないあそび)」と言います。
・六尺の弧(りくせきのこ):父を亡くした幼い子供。幼くして即位した君主。「六尺」は古代中国では約1.4mで、子供の身長にあたります。