数字を含む四字熟語

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数字を含む四字熟語

4000年の歴史を持つ中国には、多くの故事やそれに由来する「四字熟語」がたくさんあります。これは人類の叡智の結晶と言っても過言ではありません。

そこで今回は「数字」を切り口にして、数字を含む四字熟語をご紹介したいと思います。

なお面白い数字の単位についての話は、前に「数字の単位は摩訶不思議。数字の不思議なマジック・数字の大字も紹介!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧下さい。

1.「一」を含む四字熟語

(1)一意攻苦(いちいこうく):いちずに心身を苦しめて努力すること。

「一意」はいちずに、一心にの意。「意」は心の意。「攻苦」は苦難と戦う、苦しい境遇と戦う意。

(2)一子相伝(いっしそうでん):学問や技芸などの師が、その奥義、秘法、本質を自分の子供または弟子のうち1人にだけ伝え、他の者には秘密にすること。

「相伝」は代々伝えること。

(3)一日千秋(いちじつせんしゅう):非常に待ち遠しいことのたとえ。ある物事や、人が早く来てほしいと願う情が非常に強いこと。一日が千年にも長く思われる意から。

「千秋」は千年の意。「日」は「にち」とも読みます。一般には「一日千秋の思いで待つ」と用います。もと「一日三秋」から出た語。

(4)一日三秋(いちじつさんしゅう):一日顔をあわさないだけで、三年も過ぎ去ったような気がすること。それほどに相手に対する情愛のほどが強いことのたとえ。

「三秋」は、文字どおり秋が三回で、三年を意味します。三か月、九か月を意味するという説もあります。「一日三秋の思いで待つ」という風に用います。出典(『詩経』)の「一日見ざれば三秋のごとし」によります。

(5)一衣帯水(いちいたいすい):一筋の帯のように、細く長い川や海峡。転じて、両者の間に一筋の細い川ほどの狭い隔たりがあるだけで、きわめて近接しているたとえ。

一衣帯水

区切りは「一衣、帯水」ではなく、「一、衣帯、水」。「衣帯」は衣服の帯。細く長いたとえ。「水」は川や海などのこと。

(6)一期一会(いちごいちえ):一生に一度だけの機会。生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意。

もと茶道の心得を表した語で、どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきことを言います。

千利休の弟子宗二の『山上宗二記やまのうえそうじき』に「一期に一度の会」とあるのによります。「一期」は仏教語で、人が生まれてから死ぬまでの間の意。

(7)一陽来復(いちようらいふく):冬が終わり春が来ること。新年が来ること。また、悪いことが続いた後で幸運に向かうこと。陰の気がきわまって陽の気にかえる意から。

もと易(えき)の語。陰暦十月は坤(こん)の卦(か)にあたり、十一月は復の卦にあたり、陰ばかりの中に陽が戻って来たことになります。「復」は陰暦十一月、また、冬至のこと。

一陽来復

(8)一蓮托生(いちれんたくしょう):よい行いをした者は極楽浄土に往生して、同じ蓮の花の上に身を託し生まれ変わること。転じて、事の善悪にかかわらず仲間として行動や運命をともにすること。

もと仏教語。「托」は、よりどころとする、身をよせる意。「託」とも書きます。

一蓮托生

(9)一気呵成(いっきかせい):ひと息に文章を完成すること。また、物事を中断せずに、ひと息に仕上げること。

「呵」は息を吹きかけること。「呵成」は息を吹きかけるだけで完成する、また、凍った筆に息を吹きかけ一気に書き上げる意とも。

一気呵成

(10)一騎当千(いっきとうせん):群を抜いた勇者のたとえ。また、人並みはずれた能力や経験などのたとえ。一人の騎兵で千人もの敵を相手にできる意から。

「当千」は「千に当たる」で、千人を敵にできる、千人に匹敵する意。「千」は「ぜん」とも読みます。

ダビデ

(11)一挙両得(いっきょりょうとく):一つの行為で、同時に二つの利益が得られること。一つで二つの利益が得られること。また、わずかな労力で多くの利益を得るたとえ。

「一挙」は一つの動作・行動。

一挙両得

<類義語>

・一挙両全(いっきょりょうぜん)

・ 一挙両利(いっきょりょうり)

・ 一石二鳥(いっせきにちょう)

・ 一箭双雕(いっせんそうちょう)

(12)一朝一夕(いっちょういっせき):きわめてわずかな期間、非常に短い時間のたとえ。ひと朝とひと晩の意から。

「一朝一夕には…できない」のように、下に打ち消し表現を伴うことが多い。

一朝一夕

(13)乾坤一擲(けんこんいってき):運を天にまかせて、のるかそるかの大勝負をすること。天下をかけて一度さいころを投げる意から。

乾坤とは「天と地」(「乾」は天、「坤」は地の意)を意味する言葉であり、広義に「成功と失敗」「サイコロの奇数と偶数」といった“対を成すもの”を指します。また、一擲とは「ひとたび投げること」の意。「一擲乾坤(いってきけんこん)」とも言います。

前漢の初代皇帝となった劉邦(りゅうほう)が項羽(こうう)と戦って勝利したことに対して、文人である韓愈(かんゆ)が評した漢詩「誰(たれ)か君主に勧めて馬首(ばしゅ)を回(めぐ)らし、真(まこと)に一擲(いってき)を成して乾坤を賭(と)せん」が由来です。

乾坤一擲

(14)一字千金(いちじせんきん):一字が千金もの大きな価値がある立派な文章、詩、筆跡など。また、師匠の恩などの深く厚いこと。

中国秦の呂不韋(りょふい)が『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』を著したとき、都の咸陽(かんよう)の門に千金とあわせて置き、その自信のほどを示して、「一字でも添削できた者にはこの千金を与えよう」と言ったという故事から。

一字千金

(15)一諾千金(いちだくせんきん):信義が厚く、裏切ることのないたとえ。また、約束を重んじなければならないたとえ。いったん承諾したら、それは千金にも値するほどの重みがあるということ。

「一諾」はひとたび承知して引き受けること。

中国楚の季布(きふ)はもと項羽の傘下で漢の劉邦を苦しめたが、信義厚い任侠として知られ、いったん承知し引き受けたことは確実に実行し、楚の人々から黄金百斤を得るより、季布の一度の承諾を得るほうが価値があると言われた故事から。

一諾千金

(16)一暴十寒(いちばくじっかん):少しだけ努力して、あとは怠けることが多いたとえ。気が変わりやすく、ちょっと努力するだけで怠けることが多いたとえ。何事も継続して行わなければ,成果は上がらないというたとえ。

また、あるところで努力して、あるところでそれを打ち破るたとえ。

一日目にこれを日に曝(さら)して暖めたかと思うと、次の十日これを陰で冷やす意から。

「暴」は「曝」と同じで、日に曝して暖める意。「十寒一暴(じっかんいちばく)」とも言います。

一暴十寒

(17)一網打尽(いちもうだじん):ひと網であたりのすべての魚や鳥獣などを捕らえること。転じて、犯人などをひとまとめに捕らえること。

『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』異用(いよう)にある、四面に網を張り、四方からの獲物をすべて捕らえようと祈っている呪師(じゅし)の故事からとも、

昔の中国で検察官をしていた人物が、公金の不正流用の犯人を一斉逮捕したたときに「一網打尽」という言葉を使ったことからとも言われます。

「打尽」はここでは捕り尽くす意。「打」は動詞の上につけて動作を表す助字。「…する」の意。

一網打尽

(18)一粒万倍(いちりゅうまんばい):一粒の種子をまけば、実って万倍もの収穫を得ることができる意から、わずかなものから多くの利益があがるたとえ。また、わずかなものでも粗末にしてはいけないという戒め。また、一つの善行が多くのよい結果をもたらすたとえ。

「稲」の異名。

一粒万倍

なお前に「一粒万倍日とは?大安・仏滅・友引などの六曜は仏教由来でない!?」という記事も書いていますので、ぜひご覧下さい。

(19)一瀉千里(いっしゃせんり):流れのきわめて速い形容。転じて、文章や弁舌などが巧みでよどみのないことのたとえ。また、物事が一気にはかどることのたとえ。物事が調子よく速やかに進み片付くたとえ。

「瀉」は水が下に流れ注ぐ意。勢いよく流れ下ること。水が一気に千里もの距離を流れ下る意。

一瀉千里

(20)一所懸命(いっしょけんめい):命がけで事にあたるさま。真剣に打ち込むさま。

もともと日本で、中世の時代に主君から賜った一か所の領地を命がけで守ることをいった言葉。そこから「一生懸命」という語が派生し、いまでは同義語。

一所懸命

(21)一知半解(いっちはんかい):少ししか分かっておらず、十分に理解していないこと。生半可な知識や理解しかないこと。生かじり。一つの事を知っているが半分しか理解していない意。

(22)一刀両断(いっとうりょうだん):物事を思い切って処理するたとえ。また、物事をためらわずにきっぱり決断するたとえ。一刀のもとに物を真っ二つに断ち切る意から。

「一刀」はひとたび太刀を振り下ろす意。

一刀両断

(23)危機一髪(ききいっぱつ):ひとつ間違えば、非常な危険に陥ろうとする瀬戸際。髪の毛一本ほどのわずかな違いで、危険や困難に陥るかどうかの、きわめて危ない瀬戸際のこと。

「危機」は非常に危ない状態。「一髪」は一本の髪の毛。

危機一髪

(24)一石二鳥(いっせきにちょう):一つのことをして、同時に二つの利益を得ることです。

一石二鳥は、鳥が2羽集っていたところで、1羽の鳥を狙って石を投げたら、鳥が2羽とも落ちてきたというイギリスのことわざ「To kill two birds with one stone.(一つの石で二羽の鳥を殺す)」を翻訳した四字熟語です。

言葉の意味から、3つ以上の利益が得られる場合は「一石三鳥」や「一石四鳥」などという造語が使われることもあります。

このことわざを中国では「一挙両得」と訳しており、日本もこれを採用していましたが、大正時代に改訳されて「一石二鳥」になりました。

この改訳には、中国の四字熟語「一箭双雕(いっせんそうちょう)」(一本の矢で二羽の鷲を射るの意で、一つの行動で二つの利益を得ることを表す)を参考にしたともいわれますが、「To kill two birds with one stone.」に近い表現にしたと見る方が自然です。

「一石二鳥」と初めて訳されたのは大正期ですが、しばらくは「一挙両得」とも訳されており、「一石二鳥」が一般化されたのは昭和10年代以降と考えられます。

(25)一攫千金(いっかくせんきん):一度にたやすく大きな利益を手に入れること。一つの仕事で巨利を得ること。

「一攫」は一つかみの意。「攫」を「獲」と書くのは本来は誤用。「千金」は大金の意。非常に高価、貴重なことのたとえ。

(26)一擲千金(いってきせんきん):一時に惜しげもなく大金を使うこと。大事を思い切りよく実行すること。豪快な振る舞いや思い切りのよいたとえ。

一度の賭かけに惜しげもなく大金を賭ける意から。

「擲」は投げる、投げ出す意。「千金一擲」とも言います。

呉象之の詩『少年行』の「一擲千金すべて是れ胆、家に四壁なきも貧を知らず(一度に大金を賭けてしまうような太っ腹で、家には四方の壁もないくらいなのに貧しいことなど気にしない)」が由来です。

(27)一本調子(いっぽんぢょうし/いっぽんちょうし):音楽で音の高低・音調、また語調や口調、文章などが単純で変化に乏しいこと。

(28)一心不乱(いっしんふらん):何か一つのことに心を集中して、他のことに心を奪われないさま。一つのことに熱中して、他のものに注意をそらさないさま。

「一心」は、心を一つのことに集中すること。「不乱」は、乱さないこと。

元は仏教用語で、雑念を捨て心を一つにして仏に帰依することを意味しました。
中世には「いっしんぷらん」とも。

(29)一意専心(いちいせんしん):他に心を動かされず、ひたすら一つのことに心を集中すること。

「一意」はいちずに、一つのことに心を注ぐこと。「専心」は心を一つのことに集中すること。「専」は「摶」とも書きます。

「意を一(いつ)にし心を専(もっぱ)らにす」と訓読します。また、「専心一意」とも言います。

(30)一視同仁(いっしどうじん):すべてを平等に慈しみ差別しないこと。えこひいきがなく、だれかれの区別なく同じように人を遇すること。また、身分・出身・敵味方などにかかわらず、どんな人でも平等に慈しみ、禽獣にも区別なく接すること。

「一視」は同じように見ること。「仁」は思いやり・愛情の意。「同仁一視」とも言います。

(31)一世一代(いっせいちだい/いっせいいちだい):一生のうちにたった一度のこと。一生に二度とないような重大なこと。また、ふだんと違い際立ったことをすること。

もと役者などが引退するとき、演じ納めとして最後に得意の芸を演ずることを言います。

「一世」「一代」はともに人の一生のこと。

(32)一木一草(いちぼくいっそう):そこにあるすべてのもの。また、きわめてわずかなもののたとえ。

すべてのもの意味は、一本の木や一本の草に至る、すべての木や草の意から。
わずかなものの意味は、わずか一本の木と、わずか一本の草の意から。

(33)大死一番(だいしいちばん/たいしいちばん):死んだ気になって奮起すること。必死の覚悟で物事に取り組むこと。

元は仏教の言葉で、自我の一切を捨てて心を空しくして仏の道に精進することを言います。
転じて、死ぬ気で頑張ることをいうようになりました。

(34)一刻千秋(いっこくせんしゅう):ほんのわずかな時間がはなはだ長く感じられ、千年に思えるほどに待ち遠しいこと。

「一刻」とは、わずかな時間、ほんのひととき。「千秋」は、秋が千回で千年の意。

2.「二」を含む四字熟語

(1)二束三文(にそくさんもん):売値が非常に安いこと。いくら売っても、もうけが出ないほどの安値で売ること。投げ売り。

二束三文

昔、金剛草履(藁わらや藺などで作られた大形で丈夫な草履)は、二足でわずか三文の値段で売られていたことから。「束」は「足」とも書きます。

(2)二人三脚(ににんさんきゃく):二人が歩調を合わせ、協力して物事を成し遂げようとすることのたとえ。また、二人が並び、互いの内側の足首をひもで縛って固定し、二人合わせて三本の足で走る競技の名。

二人三脚

(3)二六時中(にろくじちゅう):(昔、1日が12刻であったところから)終日。一日中。また、いつも。

3.「三」を含む四字熟語

(1)三面六臂(さんめんろっぴ):三つの顔と六つの腕をもつ意から、一人で何人分かの働きをすること。また、一人で多方面にわたって活躍すること。

「面」は顔。「臂」はひじ・腕のこと。

三面六臂三面六臂三面六臂・阿修羅

<類義語>

・八面六臂(はちめんろっぴ)

(2)朝三暮四(ちょうさんぼし):目先の違いにとらわれて、結局は同じ結果であることを理解しないこと。また、言葉巧みに人を欺くこと。転じて、変わりやすく一定しないことや生計の意味でも使われます。「暮四朝三(ぼしちょうさん)」とも言います。

朝三暮四

宋の狙公が、猿に「朝に三つ、夕方に4つ栃の実をやる」と言ったところ、猿が怒ったので、「朝に四つ、夕方に三つ」と言ったところ喜んだという故事に基づきます。

(3)三日天下(みっかてんか):権力を握っている期間が、きわめて短いことの形容。戦国時代、明智光秀が本能寺で織田信長を討って天下を取ったが、十数日で豊臣秀吉に討たれたことから。

「三日」はごく短い期間のこと。「天」は「でん」とも読みます。

三日天下

(4)三日坊主(みっかぼうず):あきっぽくて何をしても長続きしないこと。また、そのような人のことをあざけっていう言葉。

三日坊主

修行に耐えられず、三日で「還俗(げんぞく)(一度、出家した者が、再び俗人に戻ること)をしてしまう僧侶の意から。「三日」はごく短い期間のこと。

(5)孟母三遷(もうぼさんせん):教育には環境が大切であるという教え。また、教育熱心な母親のたとえ。

孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいたが、孟子が葬式のまねばかりしているので、市場近くに転居した。ところが今度は孟子が商人の駆け引きをまねるので、学校のそばに転居した。すると礼儀作法をまねるようになったので、これこそ教育に最適の場所だとして定住したという故事(「古烈女伝」母儀・鄒孟軻母)から。

「孟母三遷の教え」「三遷の教え」とも言います。

孟母三遷の教え

(6)三月庭訓(さんがつていきん):勉学などが長続きしないことのたとえ。

「庭訓」は「庭訓往来」の略で、正月から十二月までの手紙の文例を集めたもののこと。
「庭訓往来」を手本として字を習うが、三月あたりで飽きてやめてしまうことから、飽きやすく勉強などが長続きしないことを言います。

4.「四」を含む四字熟語

(1)四海兄弟(しかいけいてい):真心と礼儀を尽くして他者に交われば、世界中の人々はみな兄弟のように仲良くなること。また、そうすべきであること。

四海兄弟

「四海」は四方の海。転じて、天下、世界中の意。「兄弟」は「きょうだい」とも読みます。

「君子は敬して失う無く、人と恭(うやうや)しくして礼有らば、四海の内、皆兄弟なり」(『論語』顔淵)に由来します。

(2)四角四面(しかくしめん):生真面目で、面白みに欠けること。考え方や態度などが、真面目すぎて、堅苦しいこと。もとは「真四角(ましかく)」のこと。

四角四面

(3)四面楚歌(しめんそか):周囲がすべて敵や反対者で、まったく孤立して、助けや味方がいないこと。また、そのさま。孤立無援。

四面楚歌

中国楚の項羽が、四面を囲む漢の劉邦の軍の中から楚の歌を聞き、楚はすでに漢に降くだったのか、と驚き嘆いた故事(『史記』項羽紀)から。

5.「五」を含む四字熟語

(1)堪忍五両(かんにんごりょう):腹の立つところを我慢してじっとこらえていれば、それが大きい利益になって返ってくるということ。

堪忍五両

(2)五風十雨(ごふうじゅうう):世の中が平穏無事であるたとえ。気候が穏やかで順調なことで、豊作の兆しとされます。五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降る意から。

五風十雨

出典(『論衡ろんこう』是応ぜおう)の「五日にして一(ひと)たび風ふき、十日にして一たび雨ふる」の略。

(3)五里霧中(ごりむちゅう):物事の様子や手掛かりがつかめず、方針や見込みが立たず困ること。また、そうした状態。五里にもわたる深い霧の中にいる意から。

事情などがはっきりしない中、手探りで何かをする意にも用います。

「五里霧」は五里四方に立ち込める深い霧のこと。

五里霧中

中国後漢の張楷(ちょうかい)は仙術をよくし、五里四方に霧を起こした故事(『後漢書ごかんじょ』張楷伝)から。

6.「六」を含む四字熟語

(1)六根清浄(ろっこんしょうじょう):欲や迷いを断ち切って、心身が清らかになること。

「六根」は私欲や煩悩、迷いを引き起こす目・耳・鼻・舌・身・意の六つの器官のこと。「清浄」は煩悩や私欲から遠ざかり、清らかで汚れがない境地。略して「六根浄」とも言います。

六根清浄

7.「七」を含む四字熟語

(1)七転八倒(しちてんばっとう):激しい苦痛などで、ひどく苦しんで転げまわること。転んでは起き、起きては転ぶこと。ひどく混乱している様子。

七転八倒

「七」「八」は数が多いこと。「しってんばっとう」「しちてんはっとう」とも読みます。また「転」は「顛」とも書きます。

8.「八」を含む四字熟語

(1)八方美人(はっぽうびじん):誰に対しても、如才なく振る舞うこと。また、そのような人。どこから見ても欠点のない美人の意から。

「八方」はあらゆる方向。この言葉は、多くは悪い意味で用いられます。

八方美人

(2)八面六臂(はちめんろっぴ):多方面で、めざましい活躍をすること。また、一人で何人分もの活躍をすること。もとは仏像などで八つの顔と六本の腕をもっていること。

「面」は顔、「臂」はひじ・腕。

<類義語>

・三面六臂

(3)岡目八目(おかめはちもく):事の当事者よりも、第三者のほうが情勢や利害得失などを正しく判断できること。囲碁から出た語。

碁をわきから見ていると、実際に打っている人よりも、八目も先まで手を見越すという意から。

「岡目」は他人がしていることをわきで見ていること。「目」は碁盤の目の意。「岡」は「傍」とも書きます。

9.「九」を含む四字熟語

(1)面壁九年(めんぺきくねん):一つのことに忍耐強く専念して、やり遂げることのたとえ。長い間わき目もふらずに努力を続けることのたとえ。

「面壁」は壁に向かって座禅を組むこと。「九年面壁」とも言います。

中国南北朝時代、達磨大師が中国の嵩山(すうざん)の少林寺に籠こもり、九年もの長い間壁に向かって座禅を組み続け、ついに悟りを開いたという故事から。

10.「十」を含む四字熟語

(1)十人十色(じゅうにんといろ):考え・好み・性質などが、人によってそれぞれに異なること。

11.「百」を含む四字熟語

(1)百家争鳴(ひゃっかそうめい):いろいろな立場にある人が自由に議論をたたかわせること。多くの学者や専門家が何の遠慮もなく、自由に自説を発表し、活発に論争し合うこと。

中国共産党のスローガンの一つ。

「百家」はたくさんの学者・専門家。「争鳴」は自由、活発に論争すること。

百家争鳴

古代中国の春秋・戦国時代に、君主に対して政策を提案する論客たちが現れました。さまざまな学派の思想家をまとめて「」と言います。

それから二千年以上経った1956年のこと。成立後間もない中華人民共和国の国家主席・は、国家建設を進める中で、「放(ひゃっかせいほう)、百家争鳴」という政治標語を公表しました。

「百花斉放」とは、多くの花が一斉に開くように芸術運動を活発にすること。そして、「百家争鳴」とは、いろいろな立場の学者が自由に議論することです。この「百家」は、まさしく諸子百家の「百家」と同じです。古代の論客たちのように、存分に議論しなさい、というわけです。
この標語とは裏腹に、中国は間もなく反体制派の弾圧へと進んでいきます。

今日、「百家争鳴」は、政治的な議論に限らず使われる言葉です。テーマは何であれ、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の論戦が行われることを指します。

(2)百鬼夜行(ひゃっきやこう/ひゃっきやぎょう):悪人どもが時を得て、勝手に振る舞うこと。また、多くの人が怪しく醜い行為をすること。

「百鬼」はいろいろな妖怪のこと。「夜行」は暗夜に列をなして歩き回ること。多くの化け物が、夜中に行列をつくって歩き回る意から。

百鬼夜行

12.「三百」を含む四字熟語

(1)三百代言(さんびゃくだいげん):詭弁を弄すること。また、その人。また、弁護士を罵(ののし)っていう語。

明治時代の初期に、資格のない代言人(弁護士)を罵った語から。

「三百」は銭三百文の意で、わずかな金額、価値の低いことを表します。「代言」は代言人で弁護士の旧称。

13.「千」を含む四字熟語

(1)千載一遇(せんざいいちぐう):滅多に訪れそうもない良い機会。二度と来ないかもしれないほど恵まれた状態。

千載一遇

「載」は「年」に同じ。「一遇」は一度出会う。「遇」は思いがけず出くわす。千年に一度偶然訪れるくらいの機会という意味。

(2)千篇一律(せんぺんいちりつ):作られた多くの文章や芸術作品などが、どれも同じ調子や体裁で変わりばえのしないこと。転じて、どのようなことでも機械的に一つのマニュアルに従って処理して、融通がきかないこと。また、平凡で何の特徴もないこと。

「千篇」は数多くの詩文のこと。「一律」はすべて同じ調子で変化がないこと。「篇」は「編」とも書きます。

<類義語>

・一本調子

(3)千差万別(せんさばんべつ):種々様々な相違や差異があること。ひとつとして同じものはないこと。

「千」「万」は数の多いことを示します。「差」「別」は区別・違いの意味。「差」は「しゃ」、「万」は「まん」とも読みます。

13.「万」を含む四字熟語

(1)森羅万象(しんらばんしょう):宇宙に存在する一切の物や現象。世の中のあらゆる物事。

「森羅」の元々の意味は、たくさんの樹木が茂って並ぶさま。そこから無数に繋がることを意味し、転じて、天地に存在する万物を意味するようになりました。

「万象」はさまざまな形、全ての形の意味から、ありとあらゆる物、すべての現象を表します。

この二語が結びついた「森羅万象」は、鎌倉時代から見られます。

「万象」は「まんぞう」や「ばんぞう」とも読み、明治中頃までは「しんらまんぞう」の読み方が一般的でした。

(2)万物流転(ばんぶつるてん):この世にあるすべてのものは、絶え間なく変化してとどまることがないということ。

(3)万里同風(ばんりどうふう):天下がよく統一され、平和に治っていることのたとえ。

万里という広い範囲まで同じ風が吹くという意味から、はるか遠い地域まで風俗や文化が同じになることや、天下が統一されることを意味します。