漢字発祥の国だけあって、中国の「四字熟語」は、人生訓にもなるような含蓄に富んでおり、数千年の悠久の歴史を背景とした故事に由来するものも多く、人類の叡智の結晶とも言えます。
そこで今回は、「喜怒哀楽」を表す四字熟語のうち、「悲しみ・怒り・嘆き」を表す四字熟語をご紹介したいと思います。
1.悲しみ
(1)盈盈一水(えいえいいっすい)
水が満ちあふれた一筋の川にへだてられた意から、男女が思いを交わしながら会うことのできない苦しみやつらさをいうたとえ。
「盈盈」は、水が満ちあふれるさま。また、女性の容姿がしなやかで美しい形容。「一水」は、一筋の川。天の川でへだてられた牽牛と織女の七夕伝説に由来する言葉。
「盈盈一水の間」の略。また「盈盈たる一水」と訓読する。。
(2)泣血漣如(きゅうけつれんじょ)
深い悲しみで涙が流れ続けること。
「泣血」は涙が出なくなり、血の涙を流すこと。
「漣」は涙が流れること、「如」は様子や状態を表す助字。
(3)九腸寸断(きゅうちょうすんだん)
非常に悲しいことの形容。断腸の思い。
「九腸」の「九」は数の多いことを表す。腸(はらわた)全体。「寸断」はずたずたに断ち切られる意。
腸がずたずたに断ち切られるような非常なつらさ、悲しさをいう言葉。
(4)窮途之哭(きゅうとのこく)
貧しくて、生活に困窮した悲しみのこと。
「窮途」は、行き止まりの道のこと。転じて、苦境や困窮の意。「哭」は、声を上げ、悲しんで泣くこと。
中国晋の時代、阮籍(げんせき)は、車で外出し、道が行き止まりになっているところまで来て、嘆き悲しんで引き返したという故事から。
(5)悽愴流涕/凄愴流涕/淒愴流涕(せいそうりゅうてい)
痛々しいほどに悲しみ、涙を流す様子。
「悽愴」は見ていられないほど悲しむこと。
「流涕」は涙を流すこと。
(6)断腸之思(だんちょうのおもい)
はらわたがずたずたにちぎれるほどの悲しみ。
「腸」は、大腸、また内臓のこと。
中国晋の時代、武将の桓温(かんおん)が船で長江を航行中、一人の従者が小猿を捕らえた。それに気づいた母猿が鳴き声をあげながら岸辺づたいにいつまでも追いかけてきて、ついに追いつき、船に飛び移ってわが子を抱いたとたん、悲しみのあまりに死んでしまった。母猿の腹を裂いてみると、はらわたがずたずたにちぎれていたという故事から。
(7)断編残簡(だんぺんざんかん)
一部が欠けて不完全な書き物。
「断編」はきれぎれの文章。「簡」は竹の札で、古くはこれに文章を書き付けていたことから書物のこと。
(8)椎心泣血(ついしんきゅうけつ)
激しく怒り悲しむこと。
「椎心」は怒りや悲しみのあまりに、自分の胸を拳でたたくこと。
「泣血」は涙が枯れて血が出るほどに、激しく泣き悲しむこと。
「心(むね)を椎(う)ちて泣血(きゅうけつ)す」と訓読する。
(9)悲傷憔悴(ひしょうしょうすい)
酷く悲しんで苦しみやつれること。
「悲傷」は酷く悲しむこと。
「憔悴」は精神的な苦痛や病気でやつれ衰えることから。
2.怒り
(1)一朝之忿(いっちょうのいかり)
少しの間、怒ること。
「一朝」はひと朝ということから、わずかな時間のたとえ。
「忿」は怒りのこと。
(2)喑噁叱咤(いんおしった)
怒って、大声で叱りつけること。
(3)横眉怒目(おうびどもく)
きびしい表情や怒気をみなぎらせた顔つきのこと。
「横眉」は眉を吊り上げること。「怒目」は怒りに満ちた目つきのこと。
(4)叫喚呼号(きょうかんこごう)
大声で叫ぶこと。
「叫喚」と「呼号」はどちらも大声で叫ぶことで、似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。
(5)激憤慷慨(げきふんこうがい)
激しく怒って嘆くこと。
「激憤」は激しく怒ること。または、その怒り。「慷慨」は怒り嘆くこと。
(6)慷慨忠直(こうがいちゅうちょく)
忠義の心から激しく怒り、悲しむこと。
「慷慨」は世の中の不義理や不正に腹を立てること。
「忠直」は国や君主に尽くそうという素直な気持ち、忠義のこと。または、そのような人のこと。
(7)慷慨憤激(こうがいふんげき)
政治や社会など世の中の不正や自分の不運などを激しく憤り嘆くこと。また、そのさま。
「慷慨」は、憤り嘆くこと。「憤激」は、激しく憤ること。怒って心を奮い立たせるさまにもいう。
(8)修羅苦羅(しゅらくら)
怒りや嫉妬で心が激しく揺れ動く様子。または、激しくいらだつこと。
「修羅」は好戦的な神の阿修羅の略称。「苦羅」は意味を強調するための言葉。
怒り狂う阿修羅のように心が揺れ動くという意味から。
(9)眥裂髪指(しれつはっし)
激怒する様子。
「眥裂」は眼を大きく見開くこと。「髪指」は髪の毛が逆立つこと。
(10)人主逆鱗(じんしゅのげきりん)
君主や支配者から怒りを買うことのたとえ。
「人主」は君主や支配者のこと。
「逆鱗」は竜の顎の下に逆さに生えているとされる一枚の鱗のことで、これに触ると竜は激怒して触った人を殺すという伝説から、上の立場の人からの激しい怒りを買うことのたとえ。
(11)切歯痛憤(せっしつうふん)
歯軋りして激しく怒ること。
「切歯」は歯軋りすること。「痛憤」は激しく怒ること。
(12)切歯腐心(せっしふしん)
激しく怒って、思い悩むこと。
「切歯」は歯軋りをするということから、怒った顔のたとえ。
「腐心」は心を悩ますこと。
(13)切歯扼腕(せっしやくわん)
はなはだしく怒り、非常にくやしく思うことの形容。
「切歯」は歯ぎしり、歯をくいしばること。「扼腕」は自分の腕を握りしめること。
(14)張眉怒目(ちょうびどもく)
眉をつりあげて目を怒らせた、荒々しい形相。
「張眉」は、つりあがった眉。「眉(まゆ)を張(は)り目(め)を怒(いか)らす」と訓読する。
(15)頭髪上指(とうはつじょうし)
激怒して髪の毛が逆立つこと。
「上指」は上を指すこと。
(16)突怒偃蹇(とつどえんけん)
怒った人やおごりたかぶった人の顔を言い表す言葉。
または、岩石が角ばっていて突き出た様子を言い表す言葉。
「突怒」は激しく怒っている様子。「偃蹇」はおごりたかぶっている人の様子。
(17)怒髪衝天(どはつしょうてん)
怒りで髪が天を衝つくほど逆立っているさま。激しい怒りの形相。
「怒髪」は、怒りで逆立っている髪。「衝」は、突き上げる。
「怒髪(どはつ)天(てん)を衝(つ)く」と訓読する。
(18)反抗憤怒(はんこうふんぬ)
激しく怒って逆らうこと。
「反抗」は逆らうこと。「憤怒」は激しく怒ること。
(19)悲歌慷慨(ひかこうがい)/慷慨悲歌(こうがいひか)
悲しげに歌い、世を憤り嘆くこと。社会の乱れや自分の不運などを、憤り嘆くこと。壮烈な気概のたとえ。
「悲歌」は悲しげに歌うこと。
(20)悲歌悵飲(ひかちょういん)
悲痛な気持ちで歌い、愚痴をこぼしながら酒を飲むこと。
「悲歌」は悲しい調子の歌を歌うこと。
「悵飲」は悲しみ、愚痴をこぼしながら酒を飲むこと。
(21)忿忿之心(ふんぷんのこころ)
激しく怒っているときの心。
「忿忿」は怒ったり、恨んだりしている時の様子。
(22)憤懣焦燥(ふんまんしょうそう)
苛立ち、怒って焦ること。
「憤懣」は怒りもだえること。「焦燥」は思い通りにならずに苛立ち、焦ること。
世間に自分の意志や意見が認められずに怒り、苛立って焦ること。
(23)偏袒扼腕(へんたんやくわん)
激しく怒ったり悔しがったりして、感情を激しく高ぶらせること。
「偏袒」は片肌を脱ぐこと。意気込む様子。「扼腕」は自分の片手でもう一方の腕を強く握りしめること。怒ったり悔しがったりするさま。「扼」は押さえつける意。
(24)柳眉倒豎(りゅうびとうじゅ)
容姿の美しい女性が怒る様子。
「柳眉」は柳の葉のように細い眉のことで、女性の美しい眉のたとえ。
「倒豎」は横や下を向いているものを上に向ける、逆立てること。
「柳眉を逆立てる」と用いることが多い言葉。
3.嘆き
(1)鶴鳴之嘆/鶴鳴之歎(かくめいのたん)
在野にいる賢人の用いられることなく不遇なことの嘆き。
高貴な鳥である鶴の鳴き声は聞こえても、奥深いところにいてその姿は見えないことから、山林に隠れ住む賢人にたとえたもので、「鶴鳴之士」の類義語。
(2)轗軻不遇(かんかふぐう)
すぐれた才能を持ちながら、世に受け入れられないこと。
または、物事が思い通りにいかず、地位や境遇に恵まれないこと。
「轗軻」は道が悪く車がうまく進めないことから転じて、物事が思い通りにいかないことのたとえ。
(3)驥服塩車(きふくえんしゃ)
「名馬が塩を運ぶ荷車を引く」という意味で、有能な者が能力に見合わない低い地位に就いたり、誰でもできるようなつまらない仕事をさせられること。
「驥、塩車に服す」と訓読する。
古代中国、戦国時代の遊説家の汗明(かんめい)が楚の宰相である春申君(しゅんしんくん)に取り入ろうとし、自分を売り込んだ際の弁説が由来。
(4)仰天長嘆(ぎょうてんちょうたん)
この上なく嘆くこと。
空を見上げて大きなため息をつくという意味から。
「天(てん)を仰(あお)ぎて長嘆(ちょうたん)す」と訓読する。
(5)才難之嘆/才難之歎(さいなんのたん)
すぐれた能力のある人材を得ることは難しいということへの嘆き。
「才難」は能力のある人材を得るのは難しいということ。
(6)沈痛慷慨(ちんつうこうがい)
激しく嘆くこと。
「沈痛」は嘆き悲しむこと。「慷慨」は怒り嘆くこと。
(7)髀肉之嘆/髀肉之歎(ひにくのたん)
実力・手腕を発揮する機会に恵まれないのを嘆くこと。むなしく日々を過ごすことの嘆きをいう。
「髀肉」はももの肉、「嘆」はため息をついて嘆く意。「髀」は「脾」とも書く。