山をテーマにした曲や歌。坊がつる讃歌、フニクリ・フニクラ、白銀は招くよなど

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坊がつる

前に「海や浜辺をテーマにした曲や歌」という記事を書きましたので、今回は「山をテーマにした曲や歌」をご紹介したいと思います。

1.山をテーマにした曲や歌

(1)坊がつる讃歌

坊がつる讃歌  芹洋子

『坊がつる讃歌』は、大分県竹田市の盆地・湿原「坊ガツル」を題材とした愛唱歌で、作詞:神尾明正、補作:松本征夫、作曲:竹山仙史です。

NHK「みんなのうた」で1978年6月に初回放送されました。歌は芹洋子(せり ようこ)(1951年~ )で、同年末のNHK紅白歌合戦において、彼女は同曲で初出場を果たしています。

元歌・原曲は、広島高師山岳部の部歌『雲に消えゆく山男』で、これを九州大学の学生が「坊ガツル」を題材に替え歌にしました。

この替え歌はその後、九州の山岳愛好者の間で広まった。1977年には、歌手の芹洋子が野外コンサートで阿蘇山麓を訪れた際、宿舎で若者たちにこの替え歌を教えてもらったそうです。NHK「みんなのうた」での放送はその翌年のことです。

人みな花に 酔うときも
残雪恋し 山に入り
涙を流す 山男
雪解(ゆきげ)の水に 春を知る

2.
ミヤマキリシマ 咲き誇り
山くれないに 大船(たいせん)の
峰を仰ぎて 山男
花の情(なさけ)を 知る者ぞ

(2)フニクリ・フニクラ

フニクリ・フニクラ Funiculì funiculà

『フニクリ・フニクラ(Funiculì, funiculà)』は、イタリアのヴェスヴィオ火山にかつて存在した登山電車「フニコラーレ」の集客のために、1880年に作曲されたコマーシャルソング(CMソング)です。

「鬼のパンツは いいパンツ」で有名な替え歌『鬼のパンツ』の原曲としても知られています。それとは別に日本語版の歌詞がつけられ、1961年4月にNHK「みんなのうた」で初回放送されました。

曲名の「フニクリ・フニクラ」とは、登山電車「フニコラーレ」の愛称。非常に急勾配なで簡素なケーブルカーだったため、オープン当初はほとんど利用客がなく、慌てて集客のためにCMソングを制作したようです。

なお、フニコラーレは1944年3月22日の大噴火が原因で廃止され、2人用の腰掛けリフトが観光客を火口付近まで運んでいました。その後、多数の観光客に対応するため道路が整備され、リフトも1984年に廃止されました。

1.
赤い火をふくあの山へ
登ろう 登ろう
そこは地獄(じごく)の釜(かま)の中
のぞこう のぞこう

登山電車ができたので
誰でも登れる
流れる煙は招くよ
みんなを みんなを

いこう いこう 火の山へ
いこう いこう 火の山へ
フニクリ フニクラ
フニクリ フニクラ
誰も乗る フニクリ フニクラ

いこう いこう 火の山へ
いこう いこう 山の上
フニクリ フニクラ
フニクリ フニクラ
誰も乗る フニクリ フニクラ

2.
暗い夜空に あかあかと
見えるよ 見えるよ
あれは火の山 ベスビアス
火の山 火の山

登山電車が降りてくる
ふもとへ ふもとへ
燃える焔(ほのお)は 空に映(は)え
輝く 輝く

いこう いこう 火の山へ
いこう いこう 火の山へ
フニクリ フニクラ
フニクリ フニクラ
誰も乗る フニクリ フニクラ

いこう いこう 火の山へ
いこう いこう 山の上
フニクリ フニクラ
フニクリ フニクラ
誰も乗る フニクリ フニクラ

(3)白銀は招くよ

「白銀は招くよ」Ich Bin Der Glucklichste Mensch Ayf Der Welt -Toni Sailer

「雪の山は友達 まねくよ若い夢を」が歌い出しの『白銀は招くよ』(はくぎんはまねくよ)は、1959年10月に公開された西ドイツの映画主題歌で、歌は主演のトニー・ザイラーです。

ちなみにトニー・ザイラー(1935年~2009年)は、オーストリア出身のアルペンスキー選手で、オリンピックや世界選手権で金メダルを獲得した実績もあります。22歳で引退し、美男子ぶりを買われて俳優に転向しました。

日本語の歌詞がつけられ、NHK「みんなのうた」で1963年1月に初回放送されました。ダークダックス、ボニージャックスらがカバーしています。

ドイツ語の原題は『Ich bin der glücklichste Mensch auf der Welt』(イッヒ・ビン・デア・グリュックシュテ・メンシュ・アウフ・デア・ヴェルト)。意味は「私は世界で一番の幸せ者」です。

作詞:ウィリー・デーメル(Willy Dehmel)(1909~1971)、作曲:フランツ・グローテ(Franz Grothe)(1908年~1982年)。

日本語歌詞の作詞者は、「君の行く道は 果てしなく遠い」が歌い出しの『若者たち』を手がけた演出家・作詞家の藤田 敏雄(ふじた としお)(1928年~2020年)です。

雪の山は友達 まねくよ若い夢を
ホーヤッホ ホーヤッホ うた声もまねく
雪の山は友達 走れ若い心よ
ホーヤッホ ホーヤッホ うた声も走る
わきあがる雲 樹氷の林

かがやく 銀のスロープ
あふれる力 とばせスピード
雪けむりを け散らそう
なにか すばらしい ことに
ヤー 今日は出あいそうだ

雪の山は友達 まねくよ若い夢を
ホーヤッホ ホーヤッホ 歌声もまねく
雪の山は友達 走れ若い心よ
ホーヤッホ ホーヤッホ 歌声も走る

けれど いつかは 山におわかれ
雪よ 夢よ さようなら
町のくらしが やがて はじまり
夜の 窓で 思いだす
それは なつかしいうたさ
ヤー 山をしのぶうたさ

(4)遠き山に日は落ちて

遠き山に日は落ちて

『遠き山に日は落ちて(家路)』は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章のメロディに基づき、作詞家・堀内敬三(1897年~1983年)が日本語の歌詞をつけた楽曲です。キャンプファイヤーなどの野外レクリエーションソングとして親しまれています。

堀内敬三は『冬の星座』の作詞者として有名です。

2.山と海の両方を盛り込んだ歌

(1)あざみの歌

あざみの歌(昭和24年)伊藤久男

「山には山の愁いあり 海には海のかなしみや」が歌いだしの『あざみの歌』は、1949年にNHKラジオ歌謡で発表された日本の歌謡曲です。

この歌は流行歌とは言いながら、とても格調高い歌で、メロディーはどこか『美しき天然』に似た雰囲気があります。

作曲は『さくら貝の歌』で知られる八洲秀章(1915年~1985年)。作詞は『さよならはダンスのあとに』、『下町の太陽』などを手掛けた横井弘(1926年~2015年)です。

横井は戦後に転居した長野県下諏訪で、自然散策をしながら15編余りの詩をしたためました。最も気に入った一編が、八島ヶ原湿原で書かれた『あざみの歌』だったということです。

『あざみの歌』が作詞されたという八島ヶ原湿原(八島湿原/やしましつげん)とは、長野県の霧ヶ峰にある標高約1632mの高層湿原です。

霧ヶ峰には、八島ヶ原湿原、車山湿原、踊場湿原の3つの湿原があり、そのすべてが国の天然記念物に指定されています。

山には山の 愁(うれ)いあり
海には海の 悲しみや
ましてこころの 花ぞのに
咲しあざみの 花ならば

高嶺(たかね)の百合の それよりも
秘めたる夢を ひとすじに
くれない燃ゆる その姿
あざみに深き わが想い

いとしき花よ 汝(な)はあざみ
こころの花よ 汝はあざみ
さだめの径(みち)は はてなくも
香れよせめて わが胸に



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