人名が植物、楽器や道具等の一般名称になった「エポニム」(その2)虞美人草・川柳・八百長

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イナ・バウアー荒川静香イナバウアー

前にも面白い「エポニム」の具体例と由来をご紹介しましたが、まだまだ面白いものがありますので、引き続きご紹介します。

「エポニム」とは、主として人物(場合によっては物や場所)の名前に由来する言葉で、多くは発見者などの名前にちなんで二次的に命名された言葉です。

1.イナバウアー

「イナバウアー」というのは、「フィギュアスケートの技の一つで、足を前後に開きつま先を180度開いて真横に滑る技」です。

「イナバウアー」と言えば、2006年のトリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香選手を真っ先に思い浮かべますね。荒川静香のイナバウアーは、上半身を大きく反らせる「レイバックイナバウアー」と呼ばれる技です。

この「イナバウアー」は1950年代に活躍した旧西ドイツのイナ・バウアー選手(1941年~2014年)が開発したので、その名が冠されました。

そう言えば、かつて「日本のお家芸」と言われた時代の男子体操で、塚原光男選手の跳馬の「塚原跳び」や、山下治広選手の跳馬の「山下跳び」という懐かしい技がありましたね。最近では白井健三選手の床や跳馬の「シライ」という技があります。

2.虞美人草(ぐびじんそう)

京劇・覇王別姫の虞美人虞美人草ひなげし

「虞美人草」と言うと古めかしい名前なので、どんな花だろうと思う方もおおいかもしれませんが、「ヒナゲシ」のことです。昔アグネス・チャンが歌ってヒットした「ひなげしの花」のことです。夏目漱石の最初の新聞小説の題名も「虞美人草」でした。

「コクリコ坂から」というアニメ映画がありましたが、この「コクリコ(雛罌粟)」も「ヒナゲシ」のことです。このタイトルは原作者の佐山哲郎が歌人で、与謝野晶子の短歌「ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟我も雛罌粟」から取ったそうです。

話がだいぶ脱線しましたが、「虞美人草」という名前は虞美人(?~B.C.202年頃)の伝説に由来します。虞美人は、古代中国の秦末の楚王・項羽(B.C.232年~B.C.202年)の愛妃で、虞姫(ぐき)、楚姫とも呼ばれます。

秦が滅びた後、項羽は漢の劉邦(高祖)と天下の覇権を争っていましたが、愛妃の虞美人も常に軍中に従っていました。しかしB.C.202年、劉邦のために垓下に包囲され(垓下の戦い)、夜漢軍が楚の歌を歌う(四面楚歌)のを聞いた項羽は故郷が漢に占領されてしまったと思い、別れの酒宴を開いて名馬騅(すい)や虞美人に対する辞世の詩を歌うと、彼女も唱和し、皆泣き伏したということです。

彼女は項羽の足手まといにならぬよう自害しました。彼女が自害した時の鮮血が化してこの花になったということです。

3.インゲン(インゲン豆)

隠元インゲン豆

「インゲン(インゲン豆)」は、暖地では1年に三度収穫できるところから「三度豆」とも呼ばれるなじみ深い豆です。

この「インゲン」は、アメリカ原産ですが、コロンブスによってヨーロッパに持ち込まれ、16世紀末にヨーロッパ経由で中国に伝わりました。

日本には1654年に明からの帰化僧・隠元隆琦(1592年~1673年)が持ち込んだことから、この名があります。

4.川柳(せんりゅう)

柄井川柳誹風柳多留

川柳」は、「俳諧(俳諧連歌)から派生した近代文芸で、俳句と同じ五・七・五の音数律を持つ定型詩」です。俳句が発句から独立したのに対し、川柳は連歌の付け句の規則を、逆に下の句に対して行う「前句付け」(前句附)が独立したものです。

江戸中期の俳諧の前句附点者だった柄井川柳(1718年~1790年)が選んだ句の中から、呉陵軒可有が選出した「誹風柳多留」が刊行されて人気を博し、これ以降彼の名前にちなんで「川柳」という名前が定着しました。

5.八百長(やおちょう)

八百長力士八百長

「八百長」とは、「真剣な勝負事と見せかけて、一方が故意に負けるうわべだけの勝負をすること」です。

この「八百長」は、明治時代の八百屋の店主「長兵衛(ちょうべえ)」に由来します。長兵衛は通称「八百長」と言い、相撲の年寄「伊勢海五太夫」の碁仲間でした。

碁の実力は長兵衛が勝っていましたが、商売上の打算から、わざと負けたりして勝敗をうまく調整し、伊勢海五太夫のご機嫌を取っていました。

この話から、勝敗を調整してわざと負けることを相撲界では「八百長」と言うようになったのです。

やがて、事前に示し合わせて勝負することを広く指すようになり、相撲以外の勝負でも、この言葉は使われるようになりました。

6.サックス(サクソフォン)

アドルフ・サックスサックス・サクソフォン

「サックス(sax)」または「サクソフォン(saxophone)」は、人間の声に一番近い楽器です。ムード歌謡のむせび泣くようなテナーサックスの調べは、人の声よりも表現力が豊かなように思えます。

この楽器は、1840年代にベルギーの管楽器製作者アドルフ・サックス(1814年~1894年)が、バスクラリネットの改良中に、円錐管の魅力に注目したのを基に考案されたもので、1846年に特許を取得しています。

クラシック音楽からポップス・ロック・ジャズに至るまで、さまざまな分野の音楽に用いられています。特に吹奏楽やビッグバンドには欠かせない存在となっています。

7.包丁(ほうちょう)

庖丁解牛

「包丁(庖丁)」は「包丁刀(ほうちょうがたな)」の略称で、調理に用いる刃物の総称です。この名前は、荘子の「養生主篇」に出てくる庖丁という料理人の話に由来します。

古代中国の戦国時代の頃、梁(りょう)の「文恵君(ぶんけいくん)」(恵王)のところに、「庖丁(ほうてい)」という料理人がいました。料理人の丁が文恵君のために牛を解体したところ、神業のような見事さで、牛刀の肉を捌(さば)く音が音楽のように響き渡ったということです。

ちなみにこの故事から「熟練者の神業のような技術のたとえ」を「庖丁解牛(ほうていかいぎゅう)」と言います。「庖丁牛を解(と)く」と読み下します。「庖」は料理人のことで、「丁」は人名で、「料理人の丁さん」です。「解牛」は牛を解体することです。

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