面白い「エポニム」の具体例と由来を引き続きご紹介します。
「エポニム」とは、主として人物(場合によっては物や場所)の名前に由来する言葉で、多くは発見者などの名前にちなんで二次的に命名された言葉です。
1.シルエット
西洋人の子供に顔を描かせると、大抵横顔を描くのに対し、日本の子供はほとんどが真正面の顔を描くそうです。日本人は一般に鼻が低いからかもしれませんが・・・
ところで、この「シルエット(silhouette)」という言葉は、「横顔などの輪郭を描いて、中を黒く塗りつぶした絵。影絵」のことですが、これはルイ15世の治世下で国民に極端な倹約策を奨励した18世紀のフランスの財務大臣エティエンヌ・ド・シルエット(1709年~1767年)が由来です。
当時のフランスは、先代のルイ14世が「七年戦争」などの対外戦争と浪費に明け暮れたため、財政危機に陥っていました。彼には特別な財政再建策などはなく、国民に贅沢を戒めるだけで専ら「無能大臣」と呼ばれていました。
しかし、彼自身も節約に励み、「お金のかからない影絵によるシンプルな肖像画」を編み出しました。これが後に「シルエット」と呼ばれる技法です。
2.アルツハイマー病
「アルツハイマー病」は、我々70歳を超えた人間にとっては、いつなってもおかしくない病気です。
脳が萎縮していく病気で、症状が進行すると「認知障害」(記憶障害・見当識障害・学習障害・注意障害・視空間認知障害や問題解決能力の障害など)によって生活に支障が出て来る非常に怖い病気です。
1972年に「恍惚の人」という有吉佐和子の長編小説が発表されましたが、これは「認知症と老年学」をこれはいち早く扱った文学作品でした。
2006年には「明日の記憶」という若年性アルツハイマー病の夫(渡辺謙)と、苦悩や痛みを共有して苦闘する妻(樋口可南子)の物語を描いた映画を見ました。
「アルツハイマー病」の名前は、最初の症例報告を行ったドイツの精神科医アロイス・アルツハイマー(1864年~1915年)に由来します。
3.パーキンソン病
「パーキンソン病」は、手の震え・動作や歩行の困難など、運動障害を示す進行性の神経変性疾患です。進行すると自力歩行も困難となり、車いすや寝たきりになる場合があります。
40歳以上の中高年の発症が多く、特に65歳以上の割合が高くなっています。
元プロボクサーの世界ヘビー級チャンピオンで、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というボクシングスタイルで有名だったモハメド・アリ(1942年~2016年)も、1984年に「パーキンソン病」と診断されて以降、長年にわたってパーキンソン病の闘病生活を送りました。
最近ドイツのメルケル首相が頻繁に震えるのを見かけますが、パーキンソン病ではないかとの噂もあります。
「パーキンソン病」の名前は、1817年にイギリスの外科医ジェームズ・パーキンソン(1755年~1824年)によって初めて報告されたことに由来します。
彼の報告は長い間評価されませんでしたが、1888年にフランスのジャン・マルタン・シャルコーによって再評価され、「パーキンソン病」と命名されました。
4.友禅(ゆうぜん)
「友禅」とは、布に模様を染める技法の一つで日本の代表的な染色法です。澱粉質(米製)の防染剤を用いる手書きの染色法です。
「京友禅」が最も有名ですが。「加賀友禅」や「東京友禅」もあります。
「友禅」の名前は、江戸時代の京の扇絵師・宮崎友禅斎(1654年~1736年)に由来します。
5.ホッチキス(ホチキス)
「ホッチキス(ホチキス)」はおなじみの紙綴じ器ですが、英語では普通、「ステイプラー(stapler)」と呼びます。日本ではマックス(株)の製品が大多数です。
ところで、日本で「ステイプラー」のことを「ホッチキス(ホチキス)」と呼ばれるようになったのは、1903年に伊藤喜商店(現在の株式会社イトーキ)がアメリカから初めて輸入した「ステイプラー」がE.H.ホッチキス社の「Hotchkiss No1」というモデルだったからです。
ホッチキスの発明者は、E.H.ホッチキス社の創業者で銃器設計者のベンジャミン・バークリー・ホッチキス(1826年~1885年)と言われています。
6.レオタード
「レオタード(Leotard)」は、スポーツウェアの一種で、ダンス、体操競技などで着用される、全身にフィットするような衣服のことです。
「レオタード」の名前は、フランス出身の男性曲芸師ジュール・レオタール(1839年~1870年)がパフォーマンス中に体に密着した衣装を着用したことに由来します。
7.金平(きんぴら)
「金平」は、日本食の総菜の一つで、繊切りにした野菜を砂糖・醤油を用いて甘辛く炒めたものです。特に繊切りまたは笹がきにしたゴボウを主に調理したものは「金平ゴボウ」と呼ばれます。
「きんぴら」の語源は、江戸の和泉太夫が語り始めた古浄瑠璃の一つ「金平浄瑠璃(きんぴらじょうるり)」の主人公坂田金平(さかたのきんぴら)の名に由来します。
坂田金平は坂田金時(金太郎)の息子という設定で、非常に強くて勇ましい武勇談として語られていました。
ゴボウの歯ごたえや精が付くところ、また唐辛子の強い辛さが坂田金平の強さに通じることから、「きんぴらごぼう」という料理の名が生まれ、「きんぴらごぼう」と同じ作り方で、レンコンやニンジン、大根の皮などを材料にした料理も「きんぴら」と呼ばれるようになったのです。
8.名倉堂(なぐらどう)
あまり一般的ではありませんが、「名倉堂」「名倉医院」など「名倉」の名が付く「接骨院」や「整骨院」、「整形外科医院」が全国に265軒存在します。
これは、江戸時代中期に活躍した名倉直賢(なぐらなおかた)(1750年~1828年)に由来します。
彼は江戸の千住に「骨接ぎ所」を開設し、多くの患者を治しました。その後、名倉家が代々接骨の名医としての評判が立ちました。
やがて「千住の名倉」「骨接ぎと言えば名倉」と言われるようになって「接骨院の代名詞的存在」となり、類似する多くの医院があやかって「名倉」の名を用いるようになったのです。
余談ですが、名倉家では、第二次世界大戦前までは、)「鳶衆(とびしゅう)」、「芸者」、「相撲取り」、「幇間(ほうかん)」(太鼓持ち)からは治療費を取らないという家訓があったそうです。