「氷柱(つらら)」の語源は何か?「連々・列列・熟」(つらつら)との関連は?

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つらら

私が住んでいる大阪府高槻市では、「氷柱(つらら)」を見ることはめったにありません。京都府亀岡市に接する高槻市北部では見られるかもしれませんが、私は生まれてから一度しか見たことがありません。高槻市には珍しい大雪が降り、我が家の北側の屋根の雪が何日も融けなかった時のことです。

地表の土を霜が持ちあげる「霜柱(しもばしら)」(下の画像)は幼い頃に家の裏庭で何度も見た記憶があります。

霜柱霜柱

ところで、皆さんはこの「つらら」の語源は何かご存知でしょうか?

1.氷柱(つらら)の語源

連なるつらら崖下のつらら

語源は「つらつら」の転といい、古来氷など表面がつるつるし光沢のあるものを呼んでいたことからとされています。古くは「たるひ(垂氷)」と言いました。この言葉は東北地方方言の「たろひ」などに残っています。秋田弁では「たろんぺ・タロンぺ」です。

俳句では晩冬の季語です。

なお、「つらら」は漢字では普通「氷柱」と書きますが、「汴」という漢字もあります。

2.『万葉集』に「つらつら」の韻を踏んだ和歌が2首ある

つらつら椿

「つらら」の語源は、「つるつるして光沢のあるもの」という通説だけでは物足りなくて、「連(つら)なる」「連々(つらつら)」「列列(つらつら)」という言葉も関係があるように私は思います。

また「つらつら考える」(熟考。じっくりよく考えること)の「熟(つらつら)」も、「熟成するようにゆっくり出来上がるつらら」と何だか関係がありそうですが・・・

「つらつら考える」の「つらつら」の語源は「連々」で、途絶えず続く意味から転じ、じっと見つめたり、深く考えるさまを表すようになったと考えられています。

『万葉集』に次のような和歌があります。

巨勢山(こせやま)のつらつら椿つらつらに見つつ偲(しの)はな巨勢の春野を

「巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを」という意味です。

「つらつら椿」とは、椿の枝や花が連なって並んで数多く茂っている様子のことです。次の「つらつらに見つつ」に韻を踏んでいます。

「つらつらに」は熟視する様子で、「偲はな」の「偲(しの)ぶ」はある物を媒介として眼前にないものを思い浮かべることです。

この歌が詠まれたのは秋の頃で、椿の花はありませんが、花の咲く春の様子を偲ぼうというものです。

連なるという意味と、じっと見つめるさまの意味の二通りの解釈があるのも、そのためと思われます。

この歌は坂門人足(さかとのひとたり)の作で、大宝元年(701年)の秋、持統天皇が文武天皇とともに紀伊国の「紀の牟婁(むろ)の湯」(白浜温泉)に行幸したとき、同行した坂門人足が詠んだ歌です。

一見、単純に秋に訪れた巨勢山で、春に咲く椿を見てみたいものだと言っているようにも取れますが、この歌は「土地誉め」の要素が強く、巨勢山を賛美することで土地の精霊の加護を受けて旅路の無事を祈る歌のようです。

その証拠に、巻一の(五十六)にはこの歌の元となったといわれている春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)の次のような和歌が収録されています。つまり、上の和歌は下の和歌を「本歌取り」したものなのです。

河の辺(へ)のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は

これは「川のほとりに咲くつらつら椿よ、つらつらに見ても見ても見飽きはしない。椿花咲くこの巨勢の春野は」という意味です。

3.氷柱(つらら)とは

軒先のつらら

氷柱(つらら)とは、建物の軒下や岩場などから棒状に伸びた氷のことです。軒下などに水滴が垂れてできる氷を指しています。

屋根の雪が融けた水が垂れ落ちる時点で寒気に晒され氷結し、上から下へ徐々に成長したものであり、形成過程としては鍾乳洞の鍾乳石と似ています。

一旦融けなければならないため、長い氷柱となるためにはただ極寒なだけでなく、寒暖がある程度繰り返される必要があります。また、蛇口から漏れた水道水や崖から染み出た地下水が寒気によって凍った氷柱や、滝の近くなど水しぶきがかかった枝や突起物などに形成される氷柱もあります。

豪雪地帯では長さが数mにおよび、地面に達するものも見られます。滝が凍り付き、巨大な氷柱群と化すこともありますが、これは「氷瀑」と呼ばれています。

日本においては、滝や渓谷にできる大きな氷柱群は一部で冬の観光名所になっています。埼玉県の秩父地方では、散水して人工的に氷柱を育てることも行われています。



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