「ヤナギ」と言えば、ほとんどの方は「柳」という漢字を思い浮かべるでしょう。
しかし、「ヤナギ」は漢字では、「柳」のほかに「楊」や「楊柳」とも書くのです。
この違いは何でしょうか?
1.「柳」と「楊」と「楊柳」の違い
(1)ヤナギの種類
ヤナギ(柳・楊・楊柳、英語: Willow)は、ヤナギ科 ・ ヤナギ属 の樹木の総称です。「風見草」、「遊び草」と呼ばれることもあります。世界に約350種あり、主に北半球に分布しています。
日本には約90種ありますが、シダレヤナギ(枝垂れ柳)・コリヤナギ(行李柳)・カワヤナギ(川柳)などが代表的です。
(2)「柳」と「楊」と「楊柳」の区別
「柳」は、ヤナギ科の植物の総称として使われるほか、特にシダレヤナギを指します。
一方「楊」は、コリヤナギやカワヤナギなど、枝が垂れないタイプのヤナギを表します。
中国では、この両方の漢字がともによく使われ、両方をひとまとめにした「楊柳(ようりゅう」という言葉もあるのです。
(3)シダレヤナギ(枝垂れ柳)
シダレヤナギは、ヤナギ科の落葉高木で、樹高は10~20mになります。「イトヤナギ(糸柳)」という別名もあります。
シダレヤナギは、古くから都市の街路樹としてよく用いられました。そのため、単にヤナギと言えば一般にはシダレヤナギを指します。
ヤナギ並木などは、まず確実にこれで、「銀座の柳」はよく知られており、多くの歌謡曲などにも顔を出します。これについては、後ほど『4.「銀座の柳」を織り込んだ歌謡曲』で詳しくご紹介します。
都会の水辺、水路沿いや井戸などに植えられたため、井戸に出る幽霊にはシダレヤナギがつきものです。
柳の木の下には幽霊が出るという迷信は、おそらく、夜間に風で揺れ動く柳の枝を誤認したところから来ていると思われます。陰陽道的には、柳は枝がよく動く=「陽」の性質を強く持つ存在であるから、それを相殺するために、「陰」の存在である幽霊が出ると解釈されます。
しばしばこれと対照的に「桜が陰であるため、その下で陽気に花見をする」という解釈を引き合いに出して説明されます。
(4)コリヤナギ(行李柳)
コリヤナギは、水辺などに植栽されている朝鮮半島原産のヤナギ科の落葉低木で、樹高は2~3mほどです。短い柄のある葉は、対生〜3輪生し、広線形で先は長くとがり、裏面は白っぽい色です。雌雄異株です。
3〜4月に開花し、雄花穂は円柱形・暗赤色で、雌花穂は灰白色です。果実には毛があります。皮をむいた枝は「柳行李(やなぎごうり)」(下の画像)に用いられたのでこの名があります。
(5)カワヤナギ(川柳)
カワヤナギは。ヤナギ科ヤナギ属の落葉低木です。広く川辺に自生するヤナギの一種です。別名ナガバカワヤナギ(長葉川柳)です。
樹高は3~6mほどで、「カワヤナギ」の名は河川敷などの河川沿いに広くみられることに由来します。
2.「柳」を含む言葉
・青柳(あおやぎ):葉が茂り青々として見える柳。
・猫柳(ねこやなぎ):ヤナギ科ヤナギ属の落葉低木。山間部の渓流から町中の小川まで、広く川辺に自生するヤナギの一種。
・花柳界(かりゅうかい):芸者や遊女の社会。遊里・色里。
・柳葉魚(ししゃも):キュウリウオ目キュウリウオ科の小型の魚。北海道の太平洋側でのみ生息し、秋の終わりに河川へ遡上して産卵します。
・川柳(せんりゅう):五・七・五の三句からなる短い詩。季語などの決まりがなく、風刺や滑稽などを主とするもの。
「川柳」という名前は、江戸時代の中頃の俳諧の前句附 (まえくづけ)点者だった柄井川柳 (からいせんりゅう)(1718年~1790年)の名前から来ていると言われています。
・柳腰(りゅうよう/やなぎごし):柳の枝のように細くしなやかな腰。美人の腰の形容。
・柳眉(りゅうび): 柳の葉のように細くて美しい眉。美人の眉にたとえていう語。柳の眉。
・柳家(やなぎや):落語の「亭号」の一つ。「亭号」とは、落語家の芸名(高座名)のうち、苗字にあたる部分のこと。柳家金語楼や柳家小さんなどが有名。
・花街柳巷(かがいりゅうこう):色町のこと。
「花街」は花が咲いている町、「柳巷」は柳の木が多くある街路のことで、遊郭には柳の木が多く植えられていたことと、花の美しさを女性にたとえたと言われています。
・花紅柳緑(かこうりゅうりょく):人が手を加えていない自然のままの美しさのこと。
紅い花と緑の柳ということから、春の美しい景色を言い表す言葉。
禅宗では、花は紅く、柳は緑という自然そのものの姿こそが悟りの境地であることを言います。
・敗柳残花(はいりゅうざんか):容姿の美しい女性が老いて、容姿が衰えたことのたとえ。または、不貞な女性や売春婦のたとえ。
中国では美しい女性のことを、柳葉眉や花顔など柳や花にたとえとして使っていて、枯れた柳と咲き終えた花という意味から来ています。
・柳葉包丁(やなぎばぼうちょう):ブロック状の魚の身を切り分ける際に利用する包丁。 柳の葉のように幅が細く先がとがっている細長い刃が特徴で、刺身包丁とも呼ばれます。
3.「楊」を含む言葉
・楊枝/楊子(ようじ):歯を掃除する用具。現在では歯間用の爪楊枝(妻楊枝)をさす場合がほとんどですが、本来は歯ブラシのように使用する種類も含みます。語源は、中国において楊柳(ようりゅう)でつくられたことに由来します。
・楊貴妃(ようきひ):「世界三大美女」の一人で、玄宗皇帝を虜にし、唐の衰退を招いた傾国の美女です。
・黄楊(つげ):ツゲ科の常緑低木で、関東以西の山地に自生します。葉は対生で密につき小楕円形で堅く、春、淡黄色の小花が群生します。材は緻密で堅く、櫛・印材や将棋の駒などに用いられます。
・白楊(どろのき/どろやなぎ):ヤナギ科の落葉高木。寒い地方に自生する。葉は広楕円形で、材は細工用やマッチの軸木に使用される。
・楊弓(ようきゅう):楊柳で作られた遊戯用の小弓のこと。転じて、楊弓を用いて的を当てる遊戯そのものも指しました。弓の長さは2尺8寸(約85cm)、矢の長さは7寸から9寸2分とされます。中国の唐代で始まったとされ、後に日本にも伝わり、室町時代の公家社会では、「楊弓遊戯」として遊ばれました。
4.「銀座の柳」を織り込んだ歌謡曲
(1)東京行進曲
菊池寛の小説『東京行進曲』を1929年(昭和4年)に溝口健二監督が映画化した作品(無声映画)、および佐藤小夜子の歌った同名の主題歌です。
作詞は西條八十、作曲は中山晋平です。
(2)銀座の柳
1932年(昭和7年)公開の五所平之助監督の松竹映画の題名。また、四家文子の歌った同名の主題歌です。作詞は西條八十、作曲は中山晋平です。
(3)東京ラプソディ
1936年(昭和11年)6月にテイチクから藤山一郎の歌唱によって発売された昭和歌謡です。作詞は門田ゆたか、作曲は古賀政男です。昭和モダン末期の東京を歌った「フォックストロット」(*)調の作品で、35万枚を売り上げヒットしました。藤山主演による同名の映画も制作されています。
(*)「フォックストロット」とは、社交ダンスの一つで、現在もアメリカンスタイル社交ダンスの1種目として踊られています。
(4)夢淡き東京
この「夢淡き東京」は、東宝映画<音楽五人男>(監督:小田基義、出演:高田稔、古川緑波、藤山一郎)の主題歌です。作詞はサトウハチロー、作曲は古関裕而です。
古関裕而は戦争中は戦意高揚の軍歌を沢山作った関係もあり、戦後は反省をして一時謹慎をしていましたが、「雨のオランダ坂」、「長崎の雨」、「長崎の鐘」のいわゆる長崎三部作や「鐘の鳴る丘」などのヒットで完全復活を遂げました。
作詞のサトウハチローも同様で、昭和10年の反戦歌を思わせる「もずが枯木で」から戦時中の翼賛童謡「めんこい仔馬」や翼賛軍歌などを経て、戦後の「りんごの唄」、「長崎の鐘」で完全復活と遂げ、以後は「ちいさい秋みつけた」や数々の童謡に特化してゆきました。