今年（2023年）のNHK大河ドラマ「どうする家康」に登場する人物の中には、一般にはあまり知られていない人物もいます。
北川景子さん（冒頭の画像）が演じることになったお市（お市の方）は、「戦国一の美女」として有名ですが、なぜあのような数奇な運命を辿ることになったのか大変興味があります。
そこで今回は、お市について「おさらい」の意味も込めてわかりやすくご紹介したいと思います。
なお、「どうする家康」の概要については、「NHK大河ドラマ『どうする家康』の主な登場人物･キャストと相関関係をご紹介。」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。
余談ですが、江戸時代の将軍で、正室・継室や側室の数でトップはやはり初代将軍・徳川家康（1543年～1616年）で、合計22人以上いたと言われています。
二番目に多いのが「オットセイ将軍」と呼ばれた11代将軍・徳川家斉（いえなり）で、正室・継室や側室が合計17人以上いたということです。ただし40人以上いたという説もあります。
現代の価値観では、戦国武将達が多くの側室を持っていたことに、ひどく嫌悪感を抱く人も多くいることでしょう。しかし、明日をも知れぬ戦乱の世で、御家を存続させるため、多くの子を儲ける必要があり、ひとりの女性だけでは限界があるので、仕方のないことでもありました。
１．お市とは
お市ことお市の方（おいちのかた）（1547年～1583年）は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。織田信長（1534年～1582年）の妹。一説には信長の従兄弟・織田広良の娘とも、信長の叔父・織田信光の娘という説（これらの説によれば、信長の従姪または従妹）もありますが、いずれも定かではありません。
戦国時代の荒波の中で2度結婚し、2人の夫を亡くすなど数奇な生涯を送った女性です。浅井三姉妹（茶々・お初・お江）に「浅井と織田の血を絶やさぬように」と言い聞かせ、柴田勝家と共に壮絶な最期を迎えました。
初め近江の戦国大名・浅井長政（1545年～1573年）の継室（後妻のこと）で、後に織田家重臣の柴田勝家（1522年？～1583年）の正室となりました。小谷の方（おだにのかた）、小谷殿とも称されます。名は通説では「於市」で、「お市姫」（お市御料人）とも言い、『好古類纂』収録の『織田家系譜』には「秀子」という名が記されています。
江戸時代の書物の『祖父物語』によれば、お市は「天下一の美人の聞へ」と美人の誉れが高く、『賤嶽合戦記』では「天下第一番の御生付（みあれつき）」とあって貴人として尊敬されたということです。
２．お市の生涯
お市の前半生についてはほとんど記録がなく不明です。実名も一次史料には見られず定かではありません。通説では、天文16年（1547年）に尾張那古野城内で生まれたとされています。
戦国大名・織田信長の妹（または従妹）で、信長とは13歳離れています。通説では、父は織田信秀で、五女と伝えられ、通説では母は土田御前とされていますが、生母は不詳です。土田御前を生母とする説では、信行、秀孝、お犬の方は同腹の兄姉になります。
子に茶々（豊臣秀吉側室）、初（京極高次正室）、江（徳川秀忠継室）がいます。孫にあたる人物は豊臣秀頼（茶々の息子）、豊臣完子、千姫、徳川家光、徳川和子（江の娘と息子）など。徳川和子は後水尾天皇の中宮となり、その娘は明正天皇（＊）となりました。
（＊）明正天皇（めいしょうてんのう）は後水尾天皇の第二皇女の女性天皇。将軍徳川家光の姪にあたり、徳川家綱の母方の従姉。徳川将軍家を外戚とした唯一の天皇。
婚姻時期については諸説あります。古くは永禄7年と考えられてきましたが、同8年12月に六角承禎の命を受けた和田惟政が織田・浅井両家の縁組に奔走したものの長政側の賛同を得られずに一度頓挫していて、次の機会であった、永禄10年（1567年）9月または永禄11年（1568年）早々の1月から3月ごろであったとされます。
このとき同10年9月に長政側から急ぎ美濃福束城主・市橋長利を介して信長に同盟を求めてきたとされ、この縁談がまとまって、市は浅井長政に輿入れしたとされます。 この婚姻によって織田家と浅井家は同盟を結びました。
なお、長政は主家である六角家臣・平井定武の娘との婚約がなされていましたが、市との婚姻により破談となっています。
その後、長政との間に3人の娘を儲けます。この時期長政には少なくとも2人の息子が居たことが知られていますが、いずれも市との間に儲けられた子供ではないと考えられています。
元亀元年（1570年）、信長が浅井氏と関係の深い越前国（福井県）の朝倉義景を攻めたため、浅井家と織田家の友好関係は断絶しました。しかし、「政略結婚」ではありましたが、長政とお市の夫婦仲は良かったようです。
永禄13年頃から実家の織田家と浅井家が対立するようになり、緊張関係が生じた時でも、娘を出産したことから夫婦間は円満であったように思えます。一方で、末娘の江に関しては小谷出生説に異論を唱える史料もあり、延宝7年（1679年）に成立した『安土創業録』（蓬左文庫所蔵）では、小谷城を脱出したのはお市と娘2人であり、お市は岐阜で江を出産したとあります。
浅井と朝倉に挟み撃ちにされた織田軍は撤退を開始しました。この時に殿（しんがり）は明智光秀・豊臣秀吉・池田勝正が務め、信長が京に逃げ帰った時には、供の者はわずか10人ほどであったということです。
これが信長最大のピンチと言われる「金ヶ崎の退き口（かねがさきののきくち）」（1570年）です。
長政の裏切りに怒った信長は、帰国してすぐに兵を立て直し、近江の小谷城に迫ります。
朝倉軍の援軍を得た長政は、姉川にて織田信長・徳川家康の連合軍との戦い（姉川の戦い）を開始しますが、信長・家康軍に大敗して戦力を落としてしまいます。
長政がこの「姉川の戦い」（1570年）で敗北した後、天正元年（1573年）に小谷城が陥落し、長政とその父・久政も信長に敗れ自害しました。長政の嫡男・万福丸は捕らえられて豊臣秀吉によって殺害され、次男・万寿丸は出家させられました。
お市は3人の娘「茶々」「初」「江（江与）」と共に藤掛永勝によって救出され織田家に引き取られます。
その後は、従来はお市と三姉妹は伊賀国の兄・信包のもとに預けられて庇護を受けていたとされましたが、近年の研究成果では、お市と三姉妹は信包の庇護ではなく、尾張国守山城主で信長の叔父にあたる織田信次に預けられたという説もでてきています。織田信次が天正2年9月29日に戦死をした後は信長の岐阜城へ転居することになります。
信長死後の天正10年（1582年）、柴田勝家と羽柴秀吉が申し合わせて、清洲会議で承諾を得て、柴田勝家と再婚しました。従来の通説では、神戸信孝の仲介によるものとされてきましたが、勝家の書状に「秀吉と申し合わせ…主筋の者との結婚へ皆の承諾を得た」と書かれたものがあり、勝家のお市への意向を汲んで清州会議の沙汰への勝家の不満を抑える意味もあって、会議後に秀吉が動いたとの説もあります。婚儀は「本能寺の変」の4か月後の8月20日に、信孝の居城岐阜城において行われました。同年、勝家の勧めにより、京都の妙心寺で信長の百箇日法要を営みました。
天正11年（1583年）、羽柴秀吉と対立していた勝家が4月の「賤ヶ岳の戦い」で敗れたため、勝家は敗走して越前北ノ庄城に帰城します。秀吉はこれを急追して城を包囲して激しく攻め立てました。落城の前夜、城を枕に切腹する覚悟を決めた勝家は、お市に城外退去を勧めましたが、お市はこれを拒んで共に自決すると誓いました。三人の娘だけは死出の道連れにするのを憐れんで富永新六郎という武士に預けて秀吉のもとに届けさせ、お市も「主筋であるから大切にしてほしい」との書状を添えました。それから勝家とお市、一族、直臣、女中衆は、夜を徹して酒宴を催して今生の別れをした上で、4月24日、80名余で共に自害しました。享年37。北ノ庄城には火が放たれて焼け落ちました。
辞世は「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 夢路をさそふ 郭公（ほととぎす）かな」（意味：そうでなくても眠る間もないほど短い夏の夜に、この世との別れを急かすのか、ホトトギスよ）です。
現在の墓所は西光寺（福井県福井市）で、菩提寺は如意輪山願応寺自性院（福井県福井市）、幡岳寺（滋賀県高島市）、高野山持明院。戒名は願応寺では自性院殿微妙浄法大姉、東禅院殿直伝貞正大姉、高野山持明院の『江州浅井家之霊簿』によれば照月宗貞禅定尼。また、小谷城跡（滋賀県長浜市）のある小谷山山頂に旧跡があります。
余談ですが、次のような「お市の生存伝説」もあります。
勝家と共に自害したのはお市の方の侍女で、お市の方は浅井治部座左衛門（あさいじぶざえもん）という伊賀忍者によって北ノ庄城の裏手の足羽川から連れ出され、川を下り勝久寺の離れに逃げ込んだ。
そこでしばらく潜伏後、織田家と親しかった三国湊の豪商・森田家に匿われた後に近江へと移り、伊賀の下友田に落ち着き、そこでひっそりと余生を送った。
そして秀吉が亡くなった翌年の慶長4年（1599年）に、53歳で亡くなったという。お市の方は最後まで三姉妹にその存在を知らせなかった。浅井治部左衛門は浅井家に仕えていた伊賀忍者で、「日比」姓を名乗り、亡くなったお市の方の「のど仏」を大切に保管、その子孫は「稲増」姓に改姓し、断崖の近くでひっそりと暮らした。
３．お市の人物像･逸話
・小谷寺には、お市の念持仏と伝えられている愛染明王が納められています。また、戦国一の美女と賞され、さらに聡明だったとも伝えられます。
・長女の淀殿は父・長政の十七回忌、母・お市の七回忌に菩提を弔うために、両親の肖像画を描かせました。この肖像画は高野山の持明院に伝えられており、戦国時代末期から安土桃山時代にかけての貴婦人の正装の典型的なものです。下着を3枚かさね着にし、肩と裾だけに片身替わりの模様のある小袖を着て、その上に白綾の小袖をかさね、一番上の美しい模様の着物を肌ぬぎにしている。平安時代の宮廷の女官が着た十二衣のかさね着などと比べると、同じ正装でも著しく簡略化され、開放的になってきたことがわかります。
・『朝倉家記』によると「金ヶ崎の戦い」の折り、信長に袋の両端を縛った「小豆の袋」を陣中見舞いに送り挟み撃ちの危機を伝えたという広く知られた逸話があります。
元亀元年（1570年）4月、信長は朝倉義景討伐のために進軍しました。長政には「朝倉を攻めない」と約束していたため、長政は信長が裏切ったとして織田軍の背後を突き、織田と浅井の同盟は破綻しました。
この時、お市は手紙では怪しまれるので、小豆入りの袋の両端を縛ったものを陣中見舞いとして信長に送り「袋の中のネズミ」として長政の裏切りを伝えたとされていますが、この話は後世の創作だと考えられています。
もっともその頃の風習から、大名間の「政略結婚」において、女性は実家から婚家へと送り込まれた外交官・間諜としての側面があったため、お市は、両家をとりまく状況の変化を情報として得て、それを実家に伝達をする役割を果たしていたことが窺えます。
・『溪心院文』によれば、37歳の時点で、実年齢よりもはるかに若い22、23歳に見えるほど若作りの体であったということです。
・3人の娘たちの行く末を心配していたお市は、北ノ庄城の落城の際には庇護を受ける羽柴秀吉に直筆の書状を送り、3人の身柄の保障を求めました（『溪心院文』）。また、血統の存続を考えての行動でもありました。
なお、徳川家に嫁ぎ多くの子を成した江（崇源院）により、その血筋は現在に至るまで続いています。
４．「浅井三姉妹」のその後
浅井三姉妹は秀吉の庇護のもとに暮らし、長女・茶々は秀吉の側室（淀殿）となり豊臣秀頼を生み、その後、徳川家康と対立し大坂夏の陣で秀頼と共に自害しました。
次女・お初は京極高次に嫁ぎ、大坂の陣で豊臣方の交渉役として奔走。その後、秀頼の娘・天秀尼の助命嘆願に奔走し江戸屋敷で死去しました。
三女・お江は佐治一成の正室となりましたが、秀吉の命で豊臣秀勝の正室となり、秀勝の死後、後に徳川幕府第2代将軍となる徳川秀忠の正室となり、3代将軍となる徳川家光を生み、多くの子を成し、その血筋は現在に至るまで続いています。