ギリシャ神話は面白い(その21)女神像に恋をした王ピュグマリオーン

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ピュグマリオンとガラテア アンヌ=ルイ・ジロデ=トリオゾン画

<ピュグマリオンとガラテア アンヌ=ルイ・ジロデ=トリオゾン画>

『ギリシャ神話』はもともと口承文学でしたが、紀元前8世紀に詩人のヘーシオドスが文字にして記録しました。古代ギリシャの哲学、思想、宗教、世界観など多方面に影響を与え、ギリシャでは小学校で教えられる基礎教養として親しまれています。

絵画ではしばしばモチーフとして扱われ、多くの画家が名作を残しています。文学作品や映画などにも引用され、ゲーム作品でも題材になっていることがあります。たとえば、ディズニー映画の『ヘラクレス』はギリシャ神話をモデルにしたお話です。

『ギリシャ神話』(およびその影響を受けた『ローマ神話』)は、現在まで欧米人にとって「自分たちの文化の土台となったかけがえのない財産」と考えられて、大切にされ愛好され続けてきました。

欧米の文化や欧米人の物の考え方を理解するためには、欧米の文化の血肉となって今も生き続けている『ギリシャ神話』の知識が不可欠です。

日本神話」は、天皇の権力天皇制を正当化するための「王権神授説」のような神話なので、比較的単純ですが、『ギリシャ神話』は、多くの神々やそれらの神の子である英雄たちが登場し、しかもそれらの神々の系譜や相互関係も複雑でわかりにくいものです。

前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、「オリュンポス12神」およびその他の「ギリシャ神話の女神」「ギリシャ神話の男神」を紹介する記事を書きましたので、今回はシリーズで『ギリシャ神話』の内容について、絵画や彫刻作品とともに具体的にご紹介したいと思います。

原始の神々の系譜

オリュンポス12神

ギリシャ神話・地図

第21回は「女神像に恋をした王ピュグマリオーン」です。

1.ピュグマリオーンとは

ピュグマリオーン(ピュグマリオン)は、ギリシア神話に登場するキプロス島の王で彫刻家でもあります。

2.ピュグマリオーンにまつわる神話

ピグマリオンとガラテア ジャン=レオン・ジェローム画

<ジャン=レオン・ジェローム画>

現実の女性に失望していたピュグマリオーンは、あるとき愛の女神アプロディーテーをモデルに自ら理想の女性・ガラテア(ガラティア)を象牙で彫刻しました。その像を見ているうちにガラテアが服を着ていないことを恥ずかしいと思い始め、服を彫り入れました。

乙女像に心を奪われてしまったピグマリオンは寝食も忘れ、彼女にのめり込んでいきます。やがて彼は食事を用意したり話しかけたりするようになり、それが人間になることを願いました。

ついに彼は自らの彫刻に恋をしてその像と結婚したと思うようになり、愛の女神アプロディーテーに祈りました。

彼は、冷たい乙女像に毎日キスをしていましたが、ある日、その唇が温かい、血の通ったやわらかい唇に変わっていきました。冷たい彫像だった乙女が生身の女性になったのです。ピグマリオンは非常に喜び、また乙女像も自分を創った彫刻家に恋をします。

彼はその彫像から離れないようになり、次第に衰弱していく彼の姿を見かねた(彫像の出来栄えが非常に良いことにアプロディーテーが気分を良くしたことも理由だったようです)アプロディーテーがその願いを容れて彫像に生命を与えたのです。

そしてピュグマリオーンは、生きた人間の女となった彫像のガラテアを妻に迎えました。2人の間には娘も生まれ、名はパフォス(パポス)です。

パフォスは、アプロディーテー信仰で有名なキプロスの都市パフォスの創建に関連する女性であり、キプロスのあらゆる文化の移入者・創始者であるキニラスの母とする説もあります。

またアポロドロスによれば、ピュグマリオーンの娘メタルメの婿がキニラスであるということです。

ピュグマリオーンと彫像の乙女の話は、とくにオウィディウスの『転身譜』で広く知られました。

なお、同名異人にシリアのティロス王ピュグマリオーンがおり、彼は妹ディドの夫を殺して財産を奪ったということです。これはウェルギリウスの『アエネイス』で扱われている伝説です。

3.ピュグマリオーンの神話の後世への影響

(1)ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』

映画『マイ・フェア・レディ』の下敷きになったジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』(*)はこの伝説に材をとったものです。また、和田慎二のファンタジー漫画『ピグマリオ』でも、石になった精霊ガラティアというモチーフが用いられています。

(*)戯曲『ピグマリオン』は、舞台ミュージカル『マイ・フェア・レディ』およびその映画化作品『マイ・フェア・レディ』の原作にもなりました。『マイ・フェア・レディ・イライザ』という日本語の訳題も存在します。

1912年に完成し、1913年にウィーンで初演されました。ロンドンの公演では名女優パトリック・キャンベル夫人が演じて大好評を博し、ショーをイギリスで著名な劇作家に押し上げました。

音声学の教授であるヘンリー・ヒギンズが、強いコックニー訛りを話す花売り娘イライザ・ドゥーリトルを訓練し、大使のガーデン・パーティで公爵夫人として通用するような上品な振る舞いを身につけさせることができるかどうかについて賭けをするという物語です。ヒギンズはこのために最も重要なことは、イライザが完璧な話し方を身につけることであると考えてこれを教授します。

この芝居は初演当時のイギリスにおける厳密な階級社会に対する辛辣な諷刺であり、かつ女性の自立に関するテーマをも扱っています。

(2)ピグマリオン効果

ピグマリオン効果」( pygmalion effect)とは、教育心理学における心理的行動の1つで、教師の期待によって学習者の成績が向上することです。別名、教師期待効果ローゼンタール効果などとも呼ばれています。

なお批判者は心理学用語での「バイアス」である実験者効果(じっけんしゃこうか)の一種とします。ちなみに、教師が期待しないことによって学習者の成績が下がることは「ゴーレム効果」と呼ばれます。

なお「ゴーレム」とは、ユダヤの伝説に登場する「自ら意思を持たず主人の言うままに動く泥人形」のことです。

(3)ピグマリオンコンプレックス

ピグマリオンコンプレックス」は、狭義には人形偏愛症(人形愛)を意味する用語です心のない対象である「人形」を愛するディスコミュニケーションの一種とされますが、より広義では女性を人形のように扱う性癖も意味します

なお、「ピグマリオンコンプレックス」という呼び名は、学術的に認識されている専門用語ではなく、流行語的ニュアンスで広まった和製英語です。