前に「ギリシャ神話・ローマ神話が西洋文明に及ぼした大きな影響」という記事や、ギリシャ神話に登場する「オリュンポス12神」やその他の男神や女神を紹介する記事を書きました。
また、日本人としてはぜひ知っておきたい日本神話である『古事記』や『日本書紀』については、「古事記は日本最古の歴史書で神話・伝説も多い。日本書紀は海外向け公式歴史書」「古事記の天地開闢神話をわかりやすく紹介!ただし荒唐無稽で矛盾も多い!」「大国主命(おおくにぬしのみこと)とは?因幡の白兎と国譲り神話も紹介!」「『古事記』に登場する日本の神々の系譜(その1)別天津神から神世七代まで」「『古事記』に登場する日本の神々の系譜(その2)国生みと神生み」「『古事記』に登場する日本の神々の系譜(その3)ヒノカグツチ殺害で生まれた神々」「『古事記』に登場する日本の神々の系譜(その4)イザナギが生んだ三貴子」という記事も書いています。
しかし、『古事記』の全体像については、なかなかわかりにくいのではないかと思います。
そこで3回にわたって、『古事記』の内容や物語の全体像を簡単にわかりやすくご紹介したいと思います。
最初は「『古事記』とは」です。
1.『古事記』の内容
『古事記』は現存する日本最古の歴史書です。第40代天武天皇が編纂を命じて奈良時代の第43代元明天皇の時代に完成しました。
『古事記』には、日本の国土の成り立ちから建国、天皇の国土支配へと続く壮大な神話、そして第33代推古天皇までの代々の天皇の系譜と伝説が記されています。それらが物語風にまとめられ、文学的価値も高い作品です。
『古事記』は上・中・下の3巻に分かれています。ここではざっとあらすじを解説します。
<上巻(神話)>
天地が分かれた時から神武天皇が誕生するまでの神話です。はるか昔、天と地に分かれ、天の神々が誕生しその最後に生まれたイザナキ・イザナミという男女の神が日本列島を生み出します。続いてこの神々は海や川、火といった様々な神を生み、イザナキからは最後にアマテラス、ツクヨミ、スサノオが生まれました。
スサノオの子孫オオクニヌシは地上で国を造りますが、天の神アマテラスが地上の国は自分の子孫が治めるべきだと宣言。力負けしたオオクニヌシが国を譲ることを承諾し、地上にアマテラスの孫のニニギが降臨します。
<中巻(伝説的)>
ニニギの子孫であるイワレビコが初代・神武天皇となり、以降第15代応神天皇までの物語です。神武天皇が即位するまでの経緯や、ヤマトタケルの遠征物語などが描かれています。神話から歴史へと移る過渡期を描いています。
<下巻(歴史的)>
第16代・仁徳天皇から第33代・推古天皇までの物語。歴代天皇の実績など、歴史的な記録が多く記されています。雄略天皇、継体天皇などヤマト朝廷の混乱期の様子も垣間見えます。
2.『古事記』の編纂目的と作られた経緯
『古事記』を編纂した目的は、天皇が国を支配する正統性を明らかにするためだったとされています。そのため『古事記』は天皇を神聖化し、その皇統を伝える役目を果たしています。
この編纂を命じたのは天皇を中心とした集権国家作りを進めていた天武天皇です。当時、歴史を伝える『帝紀』(天皇の系譜)と『旧辞』(豪族の伝承)は、各豪族によって都合がよいように書き換えられ、その伝承がバラバラになっていました。
天武天皇は天皇のもとで国をまとめるためには歴史は一つであるべきと考え、正しい歴史書を作るべく『古事記』と『日本書紀』の制作を命じたのです。
しかし天武天皇は『古事記』が完成しないうちに崩御します。そのため事業は一時中断しましたが、奈良時代の元明天皇の命で太安万侶(おおのやすまろ)が本にまとめ、和銅5年(712年)に天皇に献上しました。
なお、読み方は当初から「コジキ」と呼ばれていたのかどうかは不明です。
3.『古事記』の作者
『古事記』には特定の作者はいません。古い伝承として伝えられてきた物語を本にまとめたのが古事記なのです。
その編集に関わったのが稗田阿礼(ひえだのあれ)と太安万侶という人物です。『古事記』序文によれば、天武天皇が稗田阿礼に誦み習わせた『帝紀』と『旧辞』を、元明天皇の命を受けた太安万侶が編集して本にまとめ和銅5年(712年)に献上したとあります。
稗田阿礼は一度聞いたことは忘れないという優れた暗記能力の持ち主。そして太安万侶は文才に秀でており、4か月で古事記を完成させています。『古事記』は二人の傑出した才能によって生み出されたものでした。
4.『古事記』の表記法
しかし太安万侶は『古事記』を書くにあたり、日本の伝承は日本の言葉で表現すべきだと考えました。それには日本の音に一文字ずつ漢字を当てていく音読みの方法もありました。
たとえば「ヌナトモモユラニ」は「奴那登母々由良迩」と漢字の意味に関係なく一音に一文字(音読み)をあてることで、玉の音が軽く、ユラユラと揺れる様子をそのまま表現できています。ただしこれは今でいえばすべてをひらがなで書くようなもの。全部これで表記すると無駄に長くなってしまいます。
そこで太安万侶が生み出したのが、訓(漢文)を下書きにしながらも、日本語で伝えたい場面や固有名詞などは音読みにするという音訓両用という変体漢文でした。ただしこの方法を使った場合、音と訓のどちらで読めばよいかわかりません。そこで音、訓という読み方も表記しています。
5.『古事記』と『日本書紀』との違い
天武天皇は『日本書紀』の制作も命じています。『日本書紀』は約40年かけて、『古事記』に遅れること8年後の720年に完成しました。
なぜ歴史書を2種類作ったのかというと、『日本書紀』は外国に向けた日本の正史、『古事記』は国内向けに天皇の正統性を示そうとしたものという目時の違いだったのではないかといわれています。両書の具体的な違いは以下の通りです。
『日本書紀』は10名以上のチームに編纂させた国家の大事業で、当代一流の学者たちも加わったとみられています。一方で『古事記』は2人の天才がまとめたものでした。
気になる内容の違いですが、『古事記』が叙情豊かな物語風にまとめているのに対し、『日本書紀』は淡々と時系列に出来事を並べています。『古事記』は「その人が何をしたか」を、『日本書紀』は「いつ何があったかという出来事」をそれぞれ重視していたようです。
また、それぞれの目的の違いもあるのか、同じ神話でも内容が異なり、片方にしかない部分もあります。また、『日本書紀』は圧倒的に天皇の事績部分が古事記より多いのも特徴です。
6.『古事記』と風土記・万葉集との関わり
風土記は奈良時代の初め、元明天皇が各国の様子(地名、産物、状態、土地の起原、伝承など)をまとめ提出させた各国の地誌です。現存しているのは出雲国、播磨国、常陸国、豊後国、肥前国の5つの国の風土記で、このうち出雲国風土記のみがほぼ完全な形、他の4つは一部が欠けた状態で残されています。
これ以外にも他の書物に引用された形で一部だけが残る「風土記逸文」があります。
『古事記』と風土記は共通する神話であってもその内容が少しずつ違う場合もあり、例えばオオクニヌシの国造り神話は『古事記』と各国の風土記で少しずつ内容が異なっています。このように『古事記』と風土記の物語を比較することで日本の神話の多様性や豊かさを知ることができます。
万葉集は奈良時代後期にまとめられた日本に現存する最古の和歌集です。天皇から庶民、作者不明の歌まであらゆる階層の人々が詠んだ歌が約4500首収録されています。大伴家持が編纂したとされていますが、『古事記』の編纂者でもある太安万侶が関わっていたという説もあります。
『古事記』と風土記、万葉集は直接の関係はありませんが、いずれも奈良時代に成立しており、この時代の歴史や風俗、言語を知る手掛かりになります。
7.『古事記』のその後と本居宣長の『古事記伝』
今では『日本書紀』以上に多くの人に親しまれている『古事記』ですが、じつは江戸時代まで日本の歴史書といえば『日本書紀』で、『古事記』はせいぜいその参考資料といった扱いをされていました。そのため江戸時代には『古事記』は後世に作られたものという偽書説も飛び出します。
一方で、江戸時代に賀茂真淵など『古事記』を研究する人が増えて注目を集めるようになります。そのような中で国学者本居宣長(もとおりのりなが)が『古事記』こそが日本の心を伝えるものと考え、35年間かけて『古事記』の研究に取り組み、全44巻からなる古事記の注釈書『古事記伝』を完成させました。
これは言葉の読み方や意味、日本人の心、『古事記』に登場するワニやイルカはどのような生き物かなど多角的な面から研究をした労作です。この『古事記伝』の刊行により、『古事記』は一躍注目を集めるようになりました。そして『古事記伝』は現代まで『古事記』研究の基本となっています。
なお、『古事記』の原本は残されていません。写本の伊勢本系統と卜部本系統が伝わっており、現在最も古い写本は伊勢本系統に属する14世紀の真福寺本(国宝)です。
8.『古事記』の特徴と魅力
(1)笑いあり、エロスあり個性的な神々の物語
『古事記』は、たんなる歴史書にとどまらず、文学作品として楽しめるのが見どころのひとつです。
日本の成り立ちから神々の活躍する物語を、時折歌謡も交えながら、ドラマチックに描いています。
しかも登場する神々のキャラクターがじつに個性的。神々は人智を超えたパワーを発揮する一方で、人間臭い部分も平気でさらけ出しています。
例えば最初はラブラブだったイザナギとイザナミも、最後はダイナミックな夫婦げんか。死後の国を舞台に、逃げる夫イザナギを妻イザナミが追っかけ、最後にイザナミが「あなたの国の人を1000人殺してやる」と言えば、イザナギは「なら1500人の産屋を建てる(1500人産む)」とヒートアップ、こうして夫婦げんかが生と死の起原を作ってしまうのです。
このほか 世界を暗黒にしてしまうスサノオとアマテラスの大げんか、セクシーに踊り出すアメノウズメ、醜い女は妻にしないと追い返すニニギなど濃いエピソードが続々と登場します。
このように神話部分はスケールの大きい物語が次々と展開し、有名な「ヤマタノオロチ」や「因幡の白兎」もあります。
(2)史実も反映?日本の文化や精神のルーツ
『古事記』は世界の始まりから建国、皇位継承までが描かれた歴史書で、神話から人の歴史へと連続性があるのも特徴です。神話部分では生死および寿命の起源、神楽の起源、昼と夜の始まりなど物語を通して人の営みや文化の起源を語っており、日本の文化や精神の原点を垣間見ることができます。
もちろん神話部分は史実とはいえませんが、まったくの創作ではなく史実を反映しているともいわれています。
たとえば『古事記』で多くを占める出雲神話。オオクニヌシが天の神であるアマテラスに国を譲る話は、ヤマト朝廷が出雲を平定した歴史を反映したものではないかといわれています。
また、有名なヤマタノオロチ伝説も、ヤマタノオロチを氾濫する島根の斐伊川(ひいがわ)に見立て、それを鎮めた伝承を基にしているのではないかという説があります。
このように神話部分も日本の文化や古い歴史、伝承を投影しているかもしれないと考えれば、『古事記』を読む楽しみが広がります。
(3)神道と言霊信仰
『古事記』は、日本に仏教が根付く前から存在していた「神道」という宗教にも関わりが深い書物です。
神道は山、海、川、風といった自然や自然現象を中心に、森羅万象を神に見立てた「八百万の神」を崇敬する多神教の宗教です。
神道は「雷の威力は恐ろしい」といった、古代日本の人々が自然に畏敬の念を抱いた自然崇拝から始まりました。これは自然発生的に始まったため、キリスト教の聖書のように基本的な教えとなる聖典がありません。そのため古事記や風土記など古い伝承が残された書物を信仰の規範としました。
現存する神社で祀られている祭神の多くは、『古事記』や『日本書紀』、風土記などに登場する神様です。
また、当時文字を持たなかった日本では言葉の威力が強く、言葉に魂が宿る言霊信仰(ことだましんこう)も生まれました。つまり良い言葉を発すれば良いことが、不吉な言葉を発すれば悪いことが起こると考えられたのです。これは今でも結婚式には縁起の悪い言葉を使わないという考えなどに息づいています。
語りの文学から発した『古事記』もこの言霊信仰が随所にみられ、ヒトコトヌシという言葉の神様も登場します。『古事記』には敵の名をたずねる場面がありますが、これは先に名を名乗ると言霊を奪われて、服従することを意味したものです。
また、自分の意志を言葉に発する言挙げも、慢心から発した言葉であれば悪いことが起こると考えられました。ヤマトタケルは慢心して神の使いを退治しようと言挙げしたため、神の祟りにあって命を落としています。