日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.擬宝珠/ギボウシ(ぎぼうし)
「ギボウシ」とは、キジカクシ科ギボウシ属の多年草の総称です。山地に自生し、観賞用に庭にも植えます。夏、花茎の上部に漏斗状の花を総状につけます。
ギボウシは「ギボウシュ(擬宝珠)」の転で、つぼみが欄干などの親柱の上端につける「擬宝珠」に似ていることからというのが定説となっています。
しかし、この説には大きな問題があります。
植物の「ギボウシ」は12世紀の『堤中納言物語』に見られますが、欄干の「擬宝珠」が見られるのは14世紀の『太平記』からで、時代が前後してしまうのです。
欄干の「擬宝珠」の語源には、ネギの花の形をした「宝珠」の意味で「ネギボウシュ」、転じて「ギボウシュ」になった説があります。
また、ネギの花は「ギボウシュ」や「ギボウシ」と呼ばれていたことから、この植物の若い葉がネギに似ているため、「ギボウシ」と呼ぶようになったと考えるのが妥当です。
「ギボウシ」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・絶壁に 擬宝珠咲きむれ 岩襖(杉田久女)
・面会や 雨の日筋の 花ぎぼし(本多草明)
・草刈も 影もさやけし 花擬宝珠(藤田湘子)
2.狐(きつね)
「キツネ」とは、イヌ科の哺乳類で、毛色は主に橙褐色、口先は細くとがり、耳が三角で大きく、尾は太いのが特徴です。また、油揚げや、油揚げを使った料理の意味もあります。
「キツネ」は、古名を「キツ」といい、「ネ」は意味なく添えられた語です。
「キツ」は「キツキツ」という鳴き声を表した名と考えられています。
漢字の「狐」の字音「コ」も、鳴き声に由来する擬音語といわれています。
キツネは寝たふりをするため、「けつね(仮之寝・化之寝)」に由来する説もありますが、「キツ」の古名から変化した名のため、「ネ(寝)」を軸に考えるのは正しくありません。
油揚げを「きつね」と呼ぶのは、キツネはネズミの油揚げが好物で、キツネ捕りの餌に使われていたことに由来します。
「狐」は冬の季語で、次のような俳句があります。
・すつくと狐 すつくと狐 日に並ぶ(中村草田男)
・二人よつて 狐がばかす 話をしてる(尾崎放哉)
・山焼けば 狐のすなる 飛火かな(河東碧梧桐)
3.金柑/キンカン(きんかん)
「キンカン」とは、中国原産のミカン科の常緑低木です。果実は球形または楕円形で黄橙色に熟し、果肉は酸味が強いですが果皮は甘いです。観賞用として庭にも植えられます。
キンカンは漢名を「金橘(きんきつ)」と言い、「橘」と同様に柑橘類を表す「柑」を用いて「金柑」としました。
「金」は熟すと黄金色になることに由来し、金柑は「黄金のみかん」を意味します。
「金柑」は秋の季語で、「金柑の花」は夏の季語です。
・金かんや 南天もきる 紙袋(小林一茶)
・金柑は 咳の妙薬 とて甘く(川端茅舍)
・金柑の 花時に多雨 如何にせん(松尾緑富)
4.北窓(きたまど)
「北窓」とは、おはぎ(ぼたもち)の異称です。冬のおはぎ。
おはぎを「北窓」と呼ぶのは、おはぎの作り方に由来します。
おはぎは餅のように杵で搗かずに作ることから、「搗き(つき)入らず」。
北にある窓は月の明かりが入らないため、「月入らず」。
「搗き入らず」と「北窓の月入らず」を掛け、おはぎを「北窓」と呼ぶようになったといわれます。
なお、「北窓塞ぐ(きたまどふさぐ)」は冬の季語で、「北窓開く(きたまどひらく)」は春の季語です。
5.銀杏(ぎんなん)
「銀杏」とは、イチョウの別名で、特に、イチョウの実を指します。内部の核の仁を食用とします。
漢名の「銀杏(ギンキャウ)」の唐音「ぎんあん」の連声で、「ぎん」の「n」が影響して「あん」が「なん」に変わり、「ぎんなん」となりました。
イチョウの学名を「Ginkgo biloba」といいますが、1960年にドイツのエンゲルベルト・ケンペル(1651年~ 1716年)が日本のイチョウを研究した際、「Ginkyo(銀杏)」の綴りを間違えたため、「Ginkgo」になってしまったといわれます。
「biloba」はラテン語による造語で、葉の形が二つの翼からできていることを表します。
「銀杏(いちょう)」は季語ではありませんが、「銀杏の実」や「銀杏(ぎんなん)」は秋の季語で、次のような俳句があります。
・青々と 池持つ寺や 銀杏の実(原石鼎)
・子等に落ちて 黄なる歓喜や 銀杏の実(原石鼎)
・松葉杖 突いて銀杏 拾ふ人(高澤良一)
・銀杏が 落ちたる後の 風の音(中村汀女)
6.ぎっちょ・左ぎっちょ
「ぎっちょ」とは、左利きのことです。
語源については、3つの説があります。
(1)「左器用(ひだりきよう)」説
「左器用」が転じたとするものです。(『日本語源大辞典』引く所の『大言海』、『音幻論(幸田露伴)』、『国語拾遺語源考(久門正雄)』)
『大言海』は、「不器用」が「ぶきっちょう」に転じたと同じように、「左器用」が「ひだりぎっちょう」に転じたとしています。日常的に口にしているうちに変化しそのまま書き言葉として通用するようになり、さらに文字化されたという説です。
1603~1604年に長崎で発行された日本語-ポルトガル語辞書の『日葡辞書』に「ひだりぎっちょう」の項目があり、「卑語」と注記してあります。(以上『新明解語源辞典』)
昔は(団塊世代の私が子供の頃もそうでしたが)、左利きは右利きに矯正され、左利きの人がこの言葉を投げかけられ差別的扱いを受けたことから、近年は差別用語の一種として使用が控えられています。
差別的扱いを受ける一方、左利きの人は頭がいいという話も聞きます。最近、外国の政治家や芸能人・スポーツ選手のほか、日本のタレントやアナウンサーにも左利きの人をよく見かけるようになりました。
右利きへの矯正もされない昨今では、左利きの人も右利き同様の扱いを受けています。
(2)「毬杖(ぎっちょう)」説
「毬杖」とは、木製の槌(つち)をつけた木製の杖を振るい、木製の毬(まり)を相手陣に打ち込むホッケーのような遊び、またはその杖を言います。
平安時代に童子の遊びとして始まり、鎌倉時代以降に新年を祝う行事として庶民の子供の間に広まりました。その後は形骸化し、江戸時代頃まで正月儀式として残りました。
ほとんどの子が右手に毬杖を持つため、左利きの子が左手に持ったものを「左毬杖(ひだりぎっちょう)」と呼んだとする説です。
(3)「左几帳(ひだりきちょう)」説
「左几帳」が転じたとするものです。(『日本語源大辞典』引く所の『語簏(ごろく)』、『俚言集覧(太田全斎)』)
「几帳」とは、公家(くげ)調度で屏障具(へいしょうぐ)の一種です。T形の几に帷(かたびら)とよぶ帳をかけて垂らし、目隠しや風よけ、あるいは間仕切りとして用いました。