日本語の語源には面白いものがたくさんあります。
前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。
以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。
1.でんでん虫(でんでんむし)
「でんでんむし」とは、カタツムリの異名です。
でんでんむしは、「出出虫(ででむし)」の変化した語で、「電電虫」や「出ん出ん虫(「出ん」は「出ない」の意)」ではありません。
「ででむし」の「でで」は、「出る」の命令形「出よ」「出ろ」の意味の「出」を繰り返した言葉です。
「ででむし」から「でんでんむし」に転じたのは、童謡『かたつむり』に「でんでんむしむし かたつむり おまえのあたまはどこにある つのだせ やりだせ あたまだせ」とあるように、子ども達が口拍子に「でんでん」と言ったためと思われます。
でんでんむしは「出出虫」の意味に由来しますが、漢字はカタツムリの別名「蝸牛(かぎゅう)」の字が当てられます。
「でんでんむし」「蝸牛」は夏の季語で、次のような俳句があります。
・かたつぶり 角ふりわけよ 須磨明石(松尾芭蕉)
・ころころと 笹こけ落ちし 蝸牛(杉山杉風)
・親と見え 子と見ゆるあり かたつぶり(炭太祗)
・夕月や 大肌ぬいで かたつむり(小林一茶)
2.てんやわんや
「てんやわんや」とは、大勢の人が自分勝手にふるまい、混乱することです。
てんやわんやは、「てんでん」と「わや」の合成語と考えられています。
「てんでん」は「手に手に」もしくは「手々」が転じ、「各自」「銘々」の意味になった語で、「各自が思い思いの行動をする」意味の「てんでんばらばら」に使われます。
「わや」は「無理」「無茶」を意味する関西方言で、「わや」が「わんや」となり、それに語調を合わせる形で「てんでん」が「てんや」となったと考えられます。
その他、「わんや」にはワイワイと騒ぐ意味の「ワヤワヤ」や、主に関西で「私」を意味する「わい」を語源とする説もあります。
銘々がワヤワヤと騒いだり、我先に行こうと「わいやわいや」と叫ぶ姿は、てんやわんやとなった光景からも想像ができ、捨てがたい説です。
獅子文六の新聞小説『てんやわんや』(1948年12月~49年4月)によって流行した言葉ですが、俗語としては江戸時代から見られます。
3.出歯亀(でばがめ)
「出歯亀」とは、のぞきの常習者のことです。変質者。痴漢。
出歯亀は、女湯のぞきの常習者であった植木職人 池田亀太郎のあだ名に由来します。
明治41年(1908年)3月22日、亀太郎は東京の大久保で風呂帰りの女性を襲い、乱暴したあげく殺害する事件を起こしました。
亀太郎のあだ名「出歯亀(でばかめ)」から、この事件が「出齒龜事件(出歯亀事件)」として報じられたため、のぞきをする男や変質者を「出歯亀」と呼ぶようになり、変質行為を表す「出歯る(でばる)」という動詞まで生まれました。
あだ名が「出歯亀」になった由来は、亀太郎が出っ歯だったからというのが通説となっています。
しかし、当時の新聞で紹介された説は、出っ歯のほかに、何事にも口を出したがる出張る性格からや、短気な性質で事あれば妾に出刃三昧を為すことからという説も紹介されています。
本当の由来は明らかではなく、この三説も新聞社の推測に過ぎません。
4.手紙(てがみ)
「手紙」とは、用件などを記して人に送る文書のことです。書簡。書状。郵便はがきに対していう、封書の郵便物。
本来、手紙は「常に手元に置いて使う紙」「半切り紙」のことをいいました。
「書簡」の意味で「手紙」が用いられるのは近世初期以降で、それ以前は学問などでは「文(ふみ)」、動静や様子を知らせる書状は「消息」の語が用いられました。
手紙が「手元に置いて使う紙」の意味から「書簡」の意味に転じた理由は、「手」が「筆跡」や「文書」の意味でも用いられていたことに由来するか、意味が転じた当初、手紙は「簡略な書きつけ」を指しているため、手元に置いてある紙を用いたことに由来すると考えられます。
また、中国語で「手紙」は「トイレットペーパー」を意味し、「手元に置いて使う紙」の意味が転じたといわれます。
5.亭主(ていしゅ)
「亭主」とは、一家の主人や夫のことです。あるじ。
亭主の「亭」の字は、地上にすくっとたった建物や物見やぐらを表し、屋敷や住居の意味として用いられる語です。
亭主はその建物の主人をさし、そこから一家の主人を意味するようになりました。
「亭主」の用例が見られるのは鎌倉時代以降で、平安時代には「いへあるじ」「いへのきみ」と呼ばれていたようです。
夫のことを「亭主」と称する用法は、江戸時代頃から見られます。
6.鉄火巻/鉄火巻き(てっかまき)
「鉄火巻き」とは、マグロの切り身の赤身にわさびをつけて芯にした海苔巻き寿司です。
鉄火巻きの「鉄火」は、もともと真っ赤に熱した鉄をさす語です。
マグロの赤い色とわさびの辛さを「鉄火」にたとえたもので、気質の荒々しい者を「鉄火肌」や「鉄火者」というのと同じです。
鉄火巻きの語源には、賭博場を意味する「鉄火場」に由来し、手に酢飯が付かず、鉄火場で博打をしながらでも手軽に食べられることからとする説もあります。
しかし、「鉄火」の付く食べ物には「鉄火丼」や「鉄火味噌」もあります。
これらに共通するのは「赤い色」と「辛さ」で、「鉄火場」も「手軽さ」も関係ないため、この説は間違いといえます。
また、「鉄火場」の語源も、熱した鉄の「鉄火」に由来し、熱した鉄のように博徒が熱くなるからといわれています。
7.木偶の坊(でくのぼう)
「木偶の坊」とは、役に立たない者や、気の利かない人を罵っていう言葉です。
木偶の坊は、木彫りの操り人形の「木偶(でく)」ことです。
木偶の坊が役立たずの意味となった由来は、「木偶」のみでも役に立たない人を意味するため、木の人形を無能な人にたとえたことによるものか、人形が手足のない木の棒のようなものであったことからとされます。
ただし、「木偶の坊」の「坊(ぼう)」は、親しみや軽い嘲りを表す接尾語として用いられているため、「木偶の棒」と書くのは誤りです。
この人形が「木偶の坊」と呼ばれるようになった由来は、「でくるぼう」とも言われたことから、「出狂坊(でくるひぼう)」を語源とする説。
「手くぐつ」が訛った「でくる(坊)」から「木偶の坊」になったとする説などが有力とされますが、正確な語源は未詳です。
その他、泥人形の「泥偶(でいぐう)」が訛り「でく」になったとする説もありますが、「泥人形」と「木彫りの操り人形」の関連性の薄さや、「でく」から「でくる」になった後「でく」に戻るとは考え難いため、有力とはされていません。
8.手こずる/手子摺る/梃子摺る/梃摺る(てこずる)
「てこずる」とは、もてあます、処置に困ることです。
てこずるは、安永頃(1772年~1781年)から始まった流行語で、語源は以下のとおり諸説あります。
テコ(梃子)で重い物を動かそうとしても、テコがずれてしまうことから「てこずれ」の意味。
手助けをする者のことを「手子(てこ)」と言い、手伝いの手をわずらわせることから、「てこずる」になったとする説。
手の甲を摩るの意味から、「てこずる」になったとする説。
「梃子(てこ)でも動かない」や「テコ入れ」などの言葉があることから、物を動かすための「テコ」の説が妥当と思えます。
ただし、「手子」は土工や石工などの下回りの仕事をする者の意味から、手助けをする者の意味に転じた語で、「梃子」や「梃」とも書きます。
漢字には「梃子摺る」「梃摺る」「手子摺る」があるため、全ての漢字が当て字でないとすれば、手伝いの手をわずらわせる意味からとする説が有力と考えられます。
その他の漢字には、一般的に使われない「手古摺る」もありますが、「手古」は「てんてこまい」の「てこ」を当てただけです。