漢字発祥の国だけあって、中国の「四字熟語」は、人生訓にもなるような含蓄に富んでおり、数千年の悠久の歴史を背景とした故事に由来するものも多く、人類の叡智の結晶とも言えます。
そこで今回は、「喜怒哀楽」を表す四字熟語のうち、「恨み・驚きと焦り」を表す四字熟語をご紹介したいと思います。
1.恨み
(1)冤家路窄(えんかろさく)
会いたくない人にだけよく出会うことのたとえ。
または、次から次へと悪い出来事が起きることのたとえ。
「冤家」は仇の家。「路窄」は道幅の狭い道。
仇同士が狭い道で出会うと逃げることは出来ないという意味から。
「冤家(えんか)、路(みち)窄(せま)し」と訓読する。
(2)怨気満腹(えんきまんぷく)
恨みの感情が極めて強いこと。
恨みの感情が腹に満ちるという意味から。
「怨気(えんき)腹(はら)に満(み)つ」と訓読する。
(3)睚眥之怨(がいさいのうらみ/がいさいのえん)
ほんのわずかな恨みのこと。
「睚」は、まぶた。また、ぐっとにらむこと。「眥」は、まなじり。「睚眥」は、目を怒らせてぐっとにらむこと。ちょっとにらんだぐらいの恨みという意から。
(4)疑雲猜霧(ぎうんさいむ)
周囲の人の疑ったりねたんだりする気持ちが、雲や霧がかかったように晴れないさま。
重苦しい感じを雲や霧がかかった状態にたとえたことば。「猜」は、ねたむ。
(5)鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)
悲惨な死に方をした者の浮かばれない亡霊の泣き声が、恨めしげに響くさま。転じてものすごい気配が漂い迫りくるさま。
「鬼哭」は浮かばれない霊魂が声を上げて泣き悲しむこと。「啾啾」はしくしくと泣く声の形容。
(6)咬牙切歯(こうがせっし)/切歯咬牙(せっしこうが)
歯をくいしばって、歯軋り(はぎしり)をするほどひどく悔しがること。
「咬牙」は歯をかみ締めること。「切歯」は歯軋りをすること。
(7)嫉視反目(しっしはんもく)/反目嫉視(はんもくしっし)
相手を妬んで対立してにらみ合うこと。
「嫉視」は相手のことを気に入らず、憎らしいと思いながら相手を見ること。
「反目」は互いに向かい合って、にらみ合うこと。
(8)食肉寝皮(しょくにくしんひ)
敵のことをひどく憎むこと。
禽獣などの肉を食べて、皮を剥いだ後にその上で寝るという意味で、それほどに憎らしいということから。
「肉(にく)を食(く)らい皮(かわ)に寝(い)ぬ」と訓読する。
(9)敵愾同仇(てきがいどうきゅう)/同仇敵愾(どうきゅうてきがい)
恨んでいる相手に共に立ち向かうこと。
「同仇」は同じ人物を恨むべき相手とすること。
「敵愾」は怨んでいる相手に向かっていくこと。
(10)不倶戴天(ふぐたいてん)
同じ天の下には一緒にはいない、同じ天の下には生かしておかない意で、それほど恨みや憎しみの深いこと。もとは父の仇(かたき)を言った。
「倶(とも)には天(てん)を戴(いただ)かず」と訓読する。
(11)幽愁暗恨/幽愁闇恨(ゆうしゅうあんこん)
人知れぬ深い憂いや恨み。
「幽愁」は人知れぬ深い憂い。「暗恨」は人知れぬ恨み。
2.驚きと焦り
(1)唖然失笑(あぜんしっしょう)
あっけにとられて、思わず笑ってしまうこと。
「唖然」はあっけにとられるさま。「失笑」は自然と笑いが出てしまうこと。
(2)影駭響震(えいがいきょうしん)
ちょっとした影やささいな物音にもおびえる意から、ひどく驚き怖れること。
「駭」は、驚く。「響」は、ひびき。
(3)危言聳聴/危言悚聴(きげんしょうちょう)
誇張した表現で、聴いている人を驚かして恐れさせること。
「危言」は激しい言葉。「聳聴」は聴いている人を驚かせ、恐れさせること。
「危言(きげん)もて聴(き)くものを聳(おそ)れしむ」と訓読する。
(4)鬼出電入(きしゅつでんにゅう)
現れたり消えたりがすばやく、目にとまらないこと。また、出没が奔放自在で予測できないこと。
鬼神のように足跡がなく自在で、稲妻のように速やかに出没する意から。
(5)吃驚仰天/喫驚仰天(きっきょうぎょうてん)
いきなりの出来事に、激しく驚くこと。
「吃驚」と「仰天」はどちらも驚くという意味で、似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。
(6)驚心動魄(きょうしんどうはく)
人を心の底から深く感動させること。
人の心を動かして、魂を振るわせるという意味から。
「心(こころ)を驚(おどろ)かし魄(たましい)を動(うご)かす」と訓読する。
(7)驚天動地(きょうてんどうち)
世間を非常に驚かせること。世間をあっと驚かせる事件・出来事の形容。
「天(てん)を驚(おどろ)かし、地(ち)を動(うご)かす」と訓読する。
(8)魂飛魄散(こんひはくさん)
激しく驚き、恐れること。
「魂」は死後天に昇る魂。「魄」は死後地上にとどまる魂。
魂が飛んでいって、心が空になるほどに驚くということから。
「魂(こん)飛(と)び魄(はく)散(さん)す」と訓読する。
(9)徙宅忘妻(したくぼうさい)
物忘れが酷いこと。
「徙宅」は家を移すことから引越しのこと。
引越しの時に妻を忘れて置いてきてしまうことから。
(10)疾言遽色(しつげんきょしょく)
早口で喋ったり、慌てている顔色をしたりして落ち着きがないこと。
「疾言」は早口で喋ること。「遽色]は慌てふためいた顔色をしていること。
(11)失魂落魄(しっこんらくはく)
とても驚き、慌てている様子。または、精神が不安定な状態になっていて奇怪な行動をすること。
天から受けた精神を司るたましいの「魂」と、地から受けた肉体を司るたましい「魄」が無くなるという意味。
(12)焦唇乾舌(しょうしんかんぜつ)/乾舌焦唇(かんぜつしょうしん)
唇や舌が乾くほどに辛苦すること。大いに焦燥すること。また、大いに言い争うことのたとえ。大いに焦るさまに用いられることもある。唇が焦げ舌が乾く意から。
「唇(くちびる)を焦(こ)がし舌(した)を乾(かわ)かす」と訓読する。
「唇」は「脣」とも書く。
(13)心慌意乱(しんこういらん)
あわてて心が乱れ、何がなんだか分からなくなってしまう状態。
「心慌」はあせりあわてること。「意乱」は心が入り乱れて混乱すること。
「心(こころ)慌(あわ)ただしく意(い)乱(みだ)る」と訓読する。
(14)震天動地(しんてんどうち)
大事件が起こることの形容。勢いや音などが、人を驚かすほどに激しく大きいさま。天地を震動させる意。また、そのような大音響や大騒動のこと。
「天(てん)を震(ふる)わし地(ち)を動(うご)かす」と訓読する。
(15)青天霹靂(せいてんのへきれき)
急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。
陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意。
なお、「晴天霹靂」と書くのは誤り。
(16)大寒索裘(たいかんさくきゅう)
準備や対策を前もってせずに、何かが起きてから慌てること。
「索」は求める、「裘」は皮の上着のことで、寒くなってから皮の上着を求めるという意味から。
(17)大驚失色(たいきょうしっしょく)
非常に驚き恐れて、顔色が青ざめること。
「大驚」はたいへん驚く意。驚愕すること。「失色」は顔色を失う、顔色が青ざめること。
「大(おお)いに驚(おどろ)きて色(いろ)を失(うしな)う」と訓読する。
(18)胆戦心驚(たんせんしんきょう)
恐怖で恐れおののくこと。また、臆病なこと。
「胆」は肝臓・きも。「心」は心臓のこと。ここでは、ともに心の意。「戦」は恐ろしくて震える、おののくこと。
(19)東行西走(とうこうせいそう)
東に行き、西に走る意から、きわめて慌ただしくあちこち動きまわること。
(20)唐突千万(とうとつせんばん)
急で場違いな様子。
「唐突」はいきなり、突然という意味。「千万」は程度が甚だしいこと。
(21)瞠目結舌(どうもくけつぜつ)
激しく驚いて呆れること。
「瞠目」は大きく目を開いて見るということから、驚くこと。
「結舌」は舌を結ぶという意味から、舌が動かなくなって、声も出ない様子。
(22)咄咄怪事(とつとつかいじ)
きわめて意外で、また恐ろしく奇っ怪な事件。
「咄咄」は、驚いて発する声。「怪事」は、奇怪な事件。
中国晋(しん)の時代、殷浩(いんこう)は、竹馬の友である桓温(かんおん)の讒言によって左遷されたとき、あまりのことに、空に向かって恨みをこめて「咄咄怪事」と無言で書いたことから。
(23)廃忘怪顛(はいもうけでん)
激しく驚き、慌てふためくこと。
「廃忘」と「怪顛」はともに驚いて慌てるという意味。
(24)繁劇紛擾(はんげきふんじょう)
多忙を極めて、混乱すること。
「繁劇」は多忙を極める。「紛擾」はまとまりがなく、わけがわからなくなること。
(25)聞風喪胆(ぶんぷうそうたん)
評判やうわさを聞いて、びっくりして肝をつぶすこと。ひどく恐れることの形容。
「風」は風の音。また、うわさ。「喪胆」は胆を失う、びっくりすること。
「風(ふう)を聞(き)きて胆(きも)を喪(うしな)う」と訓読する。
(26)毛骨悚然/毛骨竦然(もうこつしょうぜん)
非常に恐れおののく形容。髪の毛や骨の中にまで、ひどく恐れを感じるということ。
「悚」は恐れる、ぞっとすること。「悚然」はこわがるさま。
(27)冷汗三斗(れいかんさんと)
強い恐怖感を抱いたり、恥ずかしい思いをして、からだ中から冷や汗が流れること。
「一斗」は約十八リットル。「三斗」は量の多いことを誇張していったもの。