「新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)」の感染爆発(オーバーシュート)を起こさないために、安倍首相は「今年はゴールデンウイーク中の都市部から地方への移動を極力控えていただきたい」「ビデオ通話によるオンライン帰省を」と国民に呼びかけました。
今年のゴールデンウイークは、「外出自粛」「行楽のための県外への移動自粛」の要請もあり、「ガマンウィーク」とも揶揄されました。
ところで、NHKは、ニュースなどで「ゴールデンウイーク」という言葉を使わずに、意識的に「大型連休」と言い換えているのをお気づきでしょうか?
今回はこれについて考えてみたいと思います。
1.NHKが「ゴールデンウイーク」という言葉を使わない理由
NHK内部の人間ではありませんので、確かな根拠はわかりませんが、これについてはいくつかの説があるようです。
(1)「和製英語」だから使わない
「ゴールデンウイーク」という言葉は、映画業界が作った和製英語です。NHKの放送方針の中に「外来語やカタカナを極力使わず、正しい日本語で放送する」というものがあり、NHKの方針にそぐわないということのようです。昔は新聞などでは「黄金週間」と書いてあったように記憶しています。
しかし、和製英語は「ベースアップ」「フォアボール」「レベルダウン」「OL」「パン」「サイダー」「ホットケーキ」「プリン」「シュークリーム」など数え上げればきりがありません。
これらを全て日本語に置き換えているわけでもなさそうです。また戦時中のように、「敵性語」である英語は使わず(例:野球でストライクを『よし』、ボールを『だめ』、カーブは『曲球』、ファウルは『邪球』などと言った)全て日本語に置き換えるということでもなさそうです。その意味で、この理由だけでは説得力が弱いようです。
余談ですが、野球用語の日本語への言い換えについては青田昇氏の本に次のようなエピソードが載っています。
野球の用語も、敵性語だから使用はならぬとなり、ストライクは「よーし」、ボールは「だめ」、カーブは「曲球」、ファウルは「邪球」という事になった。
このため、野球の実況中継をするアナウンサー(放送員といった)は苦労した。
「投手、得意のアンダースロー、いや下手投げで投げました。ドまん中に曲球が投げられて、ストライク――ではなかった、”よし”です。バッターの、い、いや打者の青田、見逃して残念そうな顔。第二球、投手投げました。打ちましたが、一塁側にファウル――い、いえ、邪球でした。
投手、捕手サインに、い、いや、信号にうなずくと、大きくワインダップではない投球姿勢に入って、第三球投げました。あっ、青田打ちました。ライト・バック――い、いえ、右翼手後退、けんめいに後退、抜かれました。
ライト・オーバー、いや、右翼越え。打った青田は一塁ベース――いや、一塁版を蹴って二塁へ、二塁版を蹴って、さらに三塁へ。ボールは、いえ、球は右翼手から返球、二塁手がこれを中継して三塁へ。青田、モーレツに三塁ベースへスライディング、セ、セーフです」
アナウンサーは、こう放送してから
「し、失礼しました。ただ今、興奮して三塁ベースにスライディングと申し上げましたが、これは三塁版へ滑りこみと訂正いたします」(「青田昇の空ゆかば戦陣物語」P9~10より)
(2)「商業用語」だから使わない
もともと映画業界が「連休が続くゴールデンウイークに映画を見に行こう」と言い始めた言葉です。NHKは民放と違って受信料をもらって運営している放送局なので、「特定の企業を応援するような表現を避けるようにしている」という理屈です。「中立性の立場上、映画業界が作った宣伝文句を使うのはいかがなものか」というわけです。
しかし、百貨店の「お中元商戦」や「お歳暮商戦」、「バレンタインデー」などのニュースは流れていたように思います。私もNHKの放送をいちいち厳密にチェックしているわけではないので自信はありませんが・・・
ちなみに「バレンタインデー」に「女性から男性にチョコレートを贈る風習」は、日本のお菓子業界(モロゾフ製菓)が作った日本だけのものです。
(3)「連休でない人を考慮」して使わない
「ゴールデンウイーク」は、多くの人にとっては連休ですが、休めない人もいます。NHKには、過去に(オイルショックのあった頃)「不景気で休んでいられないのに、何がゴールデンなんだ」という苦情の電話がかかって来たことがあったそうです。
さまざまな境遇の人がいて、「ゴールデンウイークという言葉に嫌悪感を示す人もいる」ということで、「大型連休」と言い換えたというわけです。
しかし、「ゴールデン」という言葉を外しただけで「連休」という言葉は残っています。ですから連休に休めない人は「連休という言葉自体を使うな」と苦情を言うかもしれませんし、「大型連休の期間中に休めない人がいる事実は変わらない」わけで、根本的には何の解決にもなっていません。「人によっては長い休みになる週(または期間)」とでも言うべきなのでしょうか?何だか国語辞典の語釈のようですね。
(4)「文字数が多く字幕テロップにも入りにくい」という制作上の理由
「ゴールデンウイーク」は、9文字もあって、これを字幕テロップに入れると、他にも入れたい情報が入らなくなってしまうという制作上の理由を挙げる人もいます。
しかし、民放のように「GW」と書いても普通は通じると思うのですが・・・
(5)「一週間以上の休日」の場合もあるのでウィーク(7日)の本来の意味にそぐわない
厳密に言えば確かにそうですが、たとえば「2020年春の交通安全週間」は4/6(月)~4/15(水)の10日間という例もあります。これも理由としては弱いようです。
余談ですが、私が若い頃は、「4/29(天皇誕生日)~5/3(憲法記念日)~5/5(こどもの日)」の期間を「飛び石連休」と呼んでいました。土曜日は休みではなく「半ドン」でした。この期間に日曜日が入って飛び飛びですが4日の休みが取れたわけです。しかし「振替休日」という制度が出来ていませんでしたので、祝日が日曜日だと休みを1つ損したようでがっかりしたものです。
したがって秋の「シルバーウイーク」についても、「大型連休」と言っているようです。私もいちいちチェックしたわけではありませんが、NHKが「ゴールデンウイーク」を「放送禁止用語」並みに使わないようにしていることを考えると、当然だと思います。
結論的には、確たる根拠はわかりませんが、いろいろな事情を斟酌して、NHKでは「ゴールデンウイーク」という言葉を使わないようにしているようです。
しかし、安倍首相も「ゴールデンウイーク中の都市部から地方への人の移動を控えていただき、ビデオ通話を使ったオンライン帰省をお願いしたい」と国民に呼びかけ、その発言のテロップは『ゴールデンウイーク』とそのまま流れました。
これほど一般に普及している言葉なので、使うことを遠慮したり、目くじらを立てたりする必要はないと私は思うのですが・・・
2.ついポロっと「ゴールデンウイーク」と口にしたNHKのキャスターがいた
このように、慎重の上にも慎重を期していたNHKですが、この言葉をついうっかり口にしてしまったニュースキャスターがいます。
2015年4月24日の「ニュースウォッチ9」で、話題が新潟県で行われる「チューリップフェスティバル」に及んだ時、お天気キャスターが「このフェスティバルは5月6日まで行われています」と紹介した後、別のキャスターが「ゴールデンウイークのあいだ、楽しめるということですね」と言ってしまったのです。
すかさず隣の女性キャスターが、「そうですね、大型連休のあいだですね」とフォローしたので一応事なきを得ました。
3.「言葉狩り」「ポリティカル・コレクトネス」の懸念
私は、「ゴールデンウイークと言わずに大型連休と言い換える」このNHKのやり方は、「言葉狩り」のように思えます。
「言葉狩り」とは、「今までは普通に使用されていた言葉などが、一部の人々により不適切だと見なされてタブーとなること」です。
「社会的に正しい言葉に置き換える」という意味で「ポリティカル・コレクトネス」(political correctness)という言葉があります。
これは、1980年代に多民族国家であるアメリカで使われるようになった言葉で、「性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用すること」です。
ただし、これも「ポリティカル・コレクトネス」を使用したからと言って、「人種差別」や「性別による差別」がなくなるわけではありません。病名が差別的だとして、「感染症」「認知症」「統合失調症」「ハンセン病」などに改名することも同様です。
「言葉狩り」も「ポリティカル・コレクトネス」も、表面を取り繕うだけの「偽善者」のようで、的外れな風潮だと私は思います。