最近ニュースで「1億円の壁」というキーワードがよく出てきますね。これは「1億円の金融資産を目標とするような分厚い中間層を作る」という意味ではありません。
「1億円の壁」とは、「総所得1億円を境に所得税の負担率が下がる現状のこと」です。
10月4日に発足した岸田文雄新内閣で注目される経済政策が、この「1億円の壁の打破」を目指すものです。
具体的方法は「所得税の平均負担率是正」のための「金融所得課税の引き上げ」です。
1.「所得税」の平均負担率
皆さんは、「高額所得者である芸能人やスポーツ選手は、いくら大金を稼いでも半分以上は税金に持っていかれる」という認識があると思います。
それなのに「1億円の所得を境に所得税の負担率が下がる」というのは理解しにくいのではないでしょうか?
確かに所得税率は以下の通りです。
住民税を含めた所得に対する税率は下記の通りで最高税率は55%となっています。
所得税は、所得が増えるほど税率が上がり、これを「累進制」と言います。
税率が上がるわけなので、理屈の上では、所得が増えるにつれて負担率も上がるはずです。
ただ、実態は違うのです。
財務省の調べによると、▽年間の総所得が250万円までの人は所得税の負担率が2.6%、▽500万円までの人は4.6%、▽1000万円までの人は10.6%と、どんどん上がっていきます。
そして、▽年間の総所得が1億円までの人では27.9%に達しますが、ここがピークなのです。
所得税の負担率はだんだん下がっていって、50億円を超える人だと16%台となります。
「1億円の壁」がなぜできるかというと、いわゆる富裕層は、株式を譲り受けたり、取り引きしたりすることによる所得(配当所得や株式売却益)が多いことが背景にあるとされています。
こちらにかかるのが「金融所得課税」で、儲けが大きければ税率が高くなる累進制ではなく、税率は住民税も含めて一律20%に定められています。
このため、「金持ち優遇」の制度になっているという批判が根強いのです。
岸田首相は、自民党総裁選挙にあたっての「政策集」で、この「1億円の壁」の打破を打ち出しました。
背景には、富の分配のしかたを見直すことで、分厚い中間層をつくり、格差の解消につなげようという狙いがあります。
2.「金融所得課税」の引き上げ?
かつて所得税は超累進制で最高税率は75%(1974年~1984年)でしたので、「再び所得税の最高税率をかつてのように75%以上に引き上げる」という方法も考えられます。ただこの場合、高額所得者の猛反発や事業意欲減退を招き日本経済の活力をそぐ恐れがあります。
しかし、岸田首相が考えている具体的方法は「金融所得課税の引き上げ」のようです。
ただし、金融所得課税の見直しにはハードルもあります。その1つが、東京株式市場に悪影響が出ることへの懸念です。
税率が引き上げられれば、株式を売却する動きが広がったり、株式に投資するお金が減ったりして、株価の下落につながるのではないかと市場関係者は警戒しています。
また、政府が掲げる「国際金融都市の確立」や「貯蓄から投資へ」という目標に対してもマイナスになるという声も聞かれます。
「貯蓄から投資へ」という政府の掛け声と「NISA」の開始もあって、個人投資家のすそ野は確実に広がっています。今や株式投資を行っているのは、決して「富裕層」だけではありません。
ですから、もし「金融所得課税」の引き上げを行うとしても、一般の所得税と同様に「累進性」を持たせるようにすべきです。たとえば「金融所得課税を30~40%程度に引き上げる」としても、「年間の金融所得が5~10百万円以下は無税とする(税金を還付する)」というような少額投資家への思い切った優遇策を打ち出さなければ、多くの国民の支持は得られないと思います。
ただ、各国の中央銀行による大規模な金融緩和を背景とした株価の上昇が、コロナ禍の中で格差を広げたという指摘があるのも事実です。
岸田内閣のもとで、今後「1億円の壁」を巡る議論はどう進むのでしょうか?
税の公平性を確保し、多くの人が納得する結論を得られるかにも注目する必要があります。
3.「赤字の中小零細企業」への「外形標準課税」適用も絶対に必要
前に「赤字の中小零細企業の税金逃れを許すな!外形標準課税で負担の公平化を!」という記事を書きました。一般にはよく知られていませんが、日本の約70%を占める赤字企業のうち、資本金1億円以下の「赤字の中小零細企業」は税金を納めていません。今の税制の不公平なポイントの一つです。これこそ私が思う「1億円の壁」です。
岸田新内閣はこれに手を付けることが絶対に必要だと私は思います。そうしないと「無党派層と呼ばれるサラリーマン層」の納得は得られないと思います。
彼らこそ、岸田首相が言う「分厚い中間層」になることが期待されている人々です。
4.「令和版所得倍増計画」には具体的方法の明示が不可欠
池田勇人元首相が掲げた「所得倍増計画」に倣って、岸田首相は「令和版所得倍増計画」を標榜していますが、これを実現するための「具体的方法」(具体的な道筋)を明示することが不可欠です。
今度の衆院選の争点の一つになると思われますので、国民が納得できるような説明をしっかりすべきだと私は思います。