日本語の面白い語源・由来(お-⑬)お猪口・親分・お蔵入り・親父

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お猪口

日本語の語源には面白いものがたくさんあります。

前に「国語辞典を読む楽しみ」という記事を書きましたが、語源を知ることは日本語を深く知る手掛かりにもなりますので、ぜひ気楽に楽しんでお読みください。

以前にも散発的に「日本語の面白い語源・由来」の記事をいくつか書きましたが、検索の便宜も考えて前回に引き続き、「50音順」にシリーズで、面白い言葉の意味と語源が何かをご紹介したいと思います。季語のある言葉については、例句もご紹介します。

1.お猪口(おちょこ)

お猪口

お猪口」とは、日本酒を飲むときや、そばを汁につけるときに用いる陶製の小さな器で、口が広く、底がすぼんだ形をしています。

お猪口は、「ちょく(猪口)」が転じた語です。
「ちょく」の語源は、ちょっとしたものを表す「ちょく」や、飾り気がないことや安直を表す「ちょく(直)」と考えられます。

一般には、お猪口の語源が「鍾(しょう)」の呉音・福建音・朝鮮音「チョング・チョンク(chong)」に由来すると言われています。
しかし、「鍾」が器の意味で用いられる場合は、金属で作られた杯や酒壺など重いものを指すことが多いようです。

酒器のみの意味で伝わったとしても、日本では元々、本膳料理に用いる小器を「猪口」と言い、それが小形の杯を示すようになったものであるため、「チョング(チョンク)」が変化したとは、考え難いものです。

また、猪の口に形が似ているからとする俗説もありますが、漢字の「猪口」は当て字なので語源ではありません。(猪の口と全く関係ないチョコレートに、「猪口冷糖」といった当て字がされた例もあります)

余談ですが、「酒飲みの人」のことを「左利き」と言いますが、その由来をご存知でしょうか?「左利き」は、左手は大工が大工道具の「鑿(のみ)」を握る手であることから「鑿手=飲み手」とかけているのです。(「武士が盃を左手で持つことから」という説もあります。)

それに対して「下戸の人」のことを「右利き」とは言いません。「右利き」と言うと、「つち手、かなづち手、げんのう手」などが考えられても「お酒を飲めない人」と掛け言葉にならないからです。

2.親分(おやぶん)

清水の次郎長

「親分」と言えば、、幕末から明治にかけての侠客・博徒・実業家の清水の次郎長(本名:山本 長五郎)(1820年~1893年)(上の写真)を私は思い浮かべます。浪曲や講談でおなじみですね。

清水次郎長

親分」とは、侠客(きょうかく)や博打(ばくち)打ちなどの頭(かしら)のことです。

親分は、縁談・奉公などの時に仮の親の分を務める人を言い、そこから、仮の親として頼りにする人、面倒見が良く頼りになる人を「親分」と言うようになりました。

親のように頼りにする人の意味から転じて、ヤクザや博徒などの首領も「親分」と言うようになり、現在は主にそのような人を指す言葉となりました。

ただし、「親分肌(「肌」は気質や性質)」といった場合は、「ヤクザの親分のような人」ではなく、「面倒見が良く親のように頼りになる人」に対して用いられます。

3.お蔵入り(おくらいり)

お蔵入り

お蔵入り」とは、映画の上映や芝居の上演が取りやめになること、発表・発売が中止になること、計画が取りやめになることです。

お蔵入りの語源は、二説あります。

ひとつは、蔵にしまい込んでしまい、日の目を見ずに終わることからとする説
もうひとつは、芝居の最終公演日を言う「千秋楽」の「らく(楽)」を倒語にして、興行が中止になることを「くら」と言ったことからという説

映画や計画が中止になることの意味で「お蔵入り」が使われるのは、芝居が中止になる意味からの派生で、江戸時代には倒語が流行していたことから、千秋楽の「らく(楽)」の倒語説が有力と考えられます。

ただし、芝居の台本を蔵にしまい込んでしまったことから、芝居用語として用いられたという解釈もでき、文字通り「蔵」を語源とする説が間違いとは言い切れません。

お蔵入りは「お蔵」のみでも使い、「お蔵になる」や「お蔵にする」とも言います。

余談ですが、2019年は芸能人の薬物犯罪などの犯罪や不祥事で、多くの作品が「お蔵入り」して多方面に影響を及ぼしました。

これについては、「沢尻エリカの逮捕で作品お蔵入りや大河ドラマ撮り直しは疑問。作品に罪はない!」「容疑者が出演のDVDを販売中止や発売延期したり、映画を公開延期したりするのは行き過ぎ!」という記事に詳しく書いていますので、ぜひご覧ください。

4.親父(おやじ)
親父
おやじ」とは、父親を親しんで呼ぶ語で、おふくろの対義語です。また集団の長(店などの主人)を親しんでいうこともあります。
おやじの旧かなは「おやぢ」で、「おやちち(親父)」が転じた語です。

上代には男子の敬称として「父」を「ち(ぢ)」と言っていたため、転じなくても「おやぢ(おやじ)」となりますが、男親を「ちち」と呼ぶようになって以降に生じた言葉なので、「おやちち」の転となります。

「おやじ」は漢字で「親父」と書くほか、「親爺」「親仁」とも表記されます。
「親爺」は「おやじ」が老人をいうこともあることからです。

「親仁」は「仁」に「いつくしみ」や「おもいやり」の意味があるため、敬意を表したものと考えられます。

余談ですが、小池一夫原作の劇画「子連れ狼」では、刺客の父親(元・公儀介錯人 拝一刀)のことを息子の大五郎が「ちゃん」と呼んでいました。
大阪人である私は、愛称として「おやじ」という言葉は決して使わず、「お父ちゃん(おとうちゃん)」としか言いません。